旅立ち
よくある冒険ファンタジーです。
意志の弱い主人公がプレッシャーを受け続けてダメになっていきます。
ヒロイン達は主人公の負の部分を刺激して彼を逃がさないようにします。
ネズミ捕りに引っかかったネズミを息絶えるまでじっと見つめているのが好きな方にオススメです。
「勇者よ、魔王を倒してくれないか?」
「え?僕がですか?」
僕は今日、王様の城に呼び出されていた。
心当たりのない僕は、何か間違いをしてしまっただろうかと怯えながら謁見した。
それが一体、どういうことだろう。僕の頭は真っ白になっていた。
「そうだ。君は偉大なる剣聖スヴェートの息子だろう。その技量をもって魔王を討伐するのだ」
「いや、でも・・・・・・」
僕は確かに偉大なる剣聖、スヴェートの息子である。
しかし、剣など一度も握ったことはない。
「既に冒険の準備は出来ている。魔物は刻一刻と我が王国を侵略していっているのだ。
明日には出発してもらおう」
「えっと、あの」
「何か質問があるのかね?」
「いえ、ないです」
つい答えてしまった。僕は年上の人から命令をされれば断れないのだ。
皆からはお人好しだといわれるが、僕はそう思っているわけじゃない。
失望されるのが、怖いのだ。
「いつ帰れるかもわからない。家族には、挨拶をしておきなさい」
「はい、失礼します」
僕は特に逆らうこともせず街に出る。
唐突に告げられた皆との別れ。
きっと僕が生きて帰れることはないだろう。
だから、最後の挨拶だ。
どうしようもない理不尽を突きつけられて。
僕は少しだけ、涙を流した。
「あら、勇者様のご登場ね!」
「若いとは聞いていたが、こんなに子供だったのか」
「勇者様!頑張って魔王を倒してくれよ!」
僕の話は、既に広まっていた。
僕の家はこの王国のはずれにある。
どうやら僕の耳に届くよりも先に、噂は流れているらしかった。
「勇者様!薬草はどうだい、安くしておくよ。今なら干し肉もセットでつけちゃおう! どうだい?」
うるさい、話をかけないでくれ。
僕はこれから、お母さんに会いに行くんだ。
「えーっと、はい。それでは買っていきましょうか・・・・・・」
商人の男に、僕はお金を出してしまう。
断れない。僕は後悔をしながら、笑顔を装った。
「随分おそかったじゃない」
僕が何とか家に着くと、出迎えてくれたのは、小柄な少女だった。
「サクリ? こんな時間にどうしたの?」
サクリの家は街の中だ。
そういえば、街で一度も出くわさなかった。
「どうしたのじゃないわよ。あんたが旅に出るっていうから、あたしが手料理を作ってあげるの」
「そっか、ありがとう!」
「私はいいから。さっさとポグーに餌あげてきなさい」
「うん、最後になるかもしれないからね」
自分の部屋に入る。
荷物の少ない僕の部屋に、うずくまる影が一つ。
「ポグー、いい子にしてたかい」
ぷぎぃっ、と可愛らしい鳴き声をあげる。
存在を主張する豚鼻と、つぶらな瞳が可愛らしい。
その体は白黒の斑点模様で、さながらパンダのようである。
「しっかり食べて大きくなるんだぞ」
「あら、帰ってきたのね」
後ろから声をかけられる。
「母さん。ただいま」
「おかえりなさい」
母さんは悲しさと喜びの入り混じった、不思議な顔をしていた。
僕は、いつも母さんの杖をつく足を見ると悲しくなる。
母さんは怪我が原因で足が不自由になってしまった。
「旅の荷物は受けってるわ。今日はゆっくり休んでいきなさい」
「母さん、ありがとう」
何気ない一言だった。
それは母さんにとっての致命打だったのかもしれない。
母さんは僕を抱きしめながら泣き出した。
「ごめんなさい。母さんは何も出来なかった。本当はこんなことさせたくなんかない!
なのに、私は・・・・・・」
「いいんだ母さん。これは僕がやらなくちゃいけないこと、僕にしか出来ないことなんだから。
必ず、生きて帰ってくるから」
これは僕の本心だ。
死にたくなんかない。
沈黙がしばらく続いた後、口を開いたのは僕でも母さんでもなかった。
「ご飯、できたわよ」
サクリが声をかけてきた。
きっと空気を呼んだのだろう。
振り返りざまの彼女の目元は真っ赤に染まっていた。
それから僕達はゆったりとした時間を過ごした。
幼馴染のサクリが久々に僕の家に来たこともあって、食事はとても賑やかであった。
「もう夜も遅いし、今日は泊まっていくといいわ。出発の時まで、見送ってあげて」
「そのつもりです、パパとママにもそういって出てきましたから」
「うふふ、サクリちゃん。今まで家の息子と仲良くしてくれてありがとうね」
その言葉は案に僕が帰らないことを示唆していた。
当たり前だ。母さんは剣の腕を知っている。
「何いってるんですか。当然のことですよ。コイツは私がいないとダメなんだから」
「そんなぁ」
「どーせすぐに、帰ってきますよ。ね?」
「ど、どうかな」
これは彼女なりの強がりなのだと気付く。
こんな態度をとるが彼女は昔から『僕』を見てきてくれているのだ。
母さんの悲しみに対する精一杯のレスポンスのように思えた。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、ゆっくり休んでね」
「それじゃ、朝も私が作ってあげるから。寝坊するんじゃないわよ」
「うん、又明日」
そうだ。お別れなのだ。
明日にはもう、皆と会うことはない。
辛辣な事実だけが突きつけられる。
でももう迷ってはいられない。
その夜、僕は大切な人の顔を一人一人思い浮かべながら、その全てにさよならを告げて眠りについた。
しかし現実はいつも理不尽である。
僕の別れは少しだけ早く、訪れてしまったんだ。




