デコイ
ベランダには、カラス達がいた。
ガラスに顔をくっつけるようにして、
一、二、三、四、五、六.
いずれも大きいハシブトカラスが、六羽だ。
カラスらは、急に視界が開けたので、驚いていた。
羽をばたつかせ、身体を浮かせてるのもいる。
「仲間を、私が始末したカラスを探してるんです。ずっとベランダに居て、中を伺ってるんだと思います」
蘭子の推測は多分正しい。
六羽のカラスは剥製になった若いカラスを見つけると、一層羽をばたつかせた。
「外に出ても、後を追ってきます。頭を突かれたり、鞄を奪おうとしたり。私が、どうにかしたと、ちゃんと分かってるんです。おかげで、日が落ちるまで外も歩けないんです」
結束の強いカラスの群れなら、やりかねない。
蘭子が殺したカラスは、ヒナの時期をすぎて間もない、人間に例えれば中学生くらいだ。独り立ちできるよう、餌の取り方やらを父母や暇な叔父叔母に、指導を受けていたのだ。
それを見失ったとあっては、教育係の親族にとっては大問題だ。
簡単に諦めない。
とことん捜し出す。
行方不明になった場所も、
関わった人間も、知っている。
無事な姿を探してるうちはいいが、見つからなくて、コレは殺された、蘭子が殺したと分かった後は……只の威嚇や脅しですまない。
集団で、手加減なしに攻撃を加えるだろう。
……そりゃあ、大変だったろう。
聖は、自分が蒔いた種とはいえ、カラスのターゲットになった蘭子に同情した。
「怖かったんです。そのうちに襲われて殺されるんじゃ無いかと。助かる方法は無いかと探しました。そして鳥を呼びよせるのに、精密な鳥の模型を囮に使うのを知りました」
命の無い人形を仲間と間違えるなら、剥製にして家の中においていけば、殺したのはバレない。危害を加えられないかもしれないと考たのだ。
結局、剥製にした理由は、カラスの復讐を恐れて考えた現実的な対策だった。
「剥製業者を、ネットで検索したら、一番に神流工房に当たりました。偶然知った剥製屋が、人殺しはみれば分かる人だった。この巡り合わせは何かの啓示に違いない……私は自分の術で死んだのが、孫なのか悪霊なのか審判を受けるかもしれない、そう受け止めました」
悪霊もろとも孫のミチルを殺してしまった。
蘭子は、ミチルの死が、いざ現実となったら耐えきれぬほど、悲しかった。
孫に取り憑き娘を殺した悪霊を退治するのが使命と信じていたのが、揺らいだのだ。
やるべきことはやったのに、この苦しみと後悔はなぜだろう?
間違いではなかったかと心の隅で疑っていた。
人殺しは見れば分かる剥製屋と、繋がったのは運命だと、解釈した。
全てを告白し、カミに対するように蘭子はへなへなと座り込み、頭を垂れていた。
「教えてください。私は人殺しでしょうか。私は悪霊の手下に取り込まれ、母親を食べたミチルを殺しました。人でなくなった忌まわしい孫を殺しました。よくよく考えてしたことなのに、今更後悔しているんです。もしミチルが人であったなら、自らを八つ裂きに、せねばと、覚悟しています」
聖は、一人芝居のよう大げさに嘆きを表現しているオバサンより、ベランダのカラスに意識が向いてしまっていた。
六羽のカラスの右端に居る一番大きいのが、聖と目が合って、首を傾げた。
「おや?」
とでも言いたげに。
聖も、意外な場所で知り合いに会ったと、感じた。
カラスは皆、全身真っ黒で、眺めているだけでは個体識別は難しい。
身体の特徴で見分けられないが、仕草や、目つきは一羽ずつ個性があると聖は知っている。
初めて会う感じがしないのは、見慣れた何かを、ソイツに感じたのだ。
無意識に何気なしに視界に入ってるのが当然のような存在に意外な場所で会ったという感覚だ。
「お前、俺を知ってるよな」
聖は聞いてみた。
その太いカラスは嘴を、ちょっと開いた。
啼いているようだけど、ガラス越しでは聞こえない。
聖はガラスの引き戸を開けた。
剥製のカラスを抱えて。