告白
「百日目に、ベランダに出たら、ミチルは死んでいました」
やはり、そうか。ミチルの死に場所は地下鉄の線路では無くベランダだった。
「轢死は偽装工作だったんですね。貴方はミチルちゃんの亡骸を生きているように装って連れ回し、地下鉄の駅から線路に落としたんですね」
人殺しの自白が始まったのなら、事実を聞き取る義務がある。
とても嫌な展開だけど、聖は全て聞く覚悟だった。
「結果的には、その通りです。動画で話したことは嘘です。後からこしらえた話です。本当のことを話します。私は悪霊が去れば取り憑かれていたミチルも死んでしまうだろうと分かっていたのに、実際にあの子が倒れているのを見ると、怖くて震えました。氷のように冷たい身体で、息をしていないし、鼓動も止まっていました。可哀想で錯乱しました。いやだ、死なないでと、泣き叫びました……何とかしなければ、早く助けなければと、それだけしか頭にありませんでした」
無我夢中でミチルを抱いて、近くの病院に向かって走った。
ところが、
大きなカラスが一羽追ってきた。
頭を突かれたという。
髪も捕まれた。
「ミチルを食べようとして、着いてきたんです。カラスは悪霊の手下なんです。恐ろしくて、逃げ込んだのが石切駅でした」
そこからは記憶が曖昧だという。
丁度来た電車に乗って、車窓から、まだカラスが追ってくるのが見えた。
怖くて、一度乗り換えたが、それでもまだ追ってくる。
とっさに地下鉄に乗り換えた。
終着駅が、たまたま動物園駅だった。
「わざと落としたんじゃないんです。ミチルを抱いていたから、足下が見えなくて、ホームの端まで行って、私自身が足を滑らせ、転落しかけました」
身体のバランスが崩れた瞬間、ミチルが腕から抜け落ちてしまった。
ずっと抱きかかえていたから腕は痺れ、感覚が、無くなっていた。
「そのあと何が、起こったか、見ていません。私はホームに座り込んで、目を閉じ、狂ったように叫び続けていたと、どなたかもわからない人に聞きました」
その後は、駅員や警察官に名前や住所、ミチルのことを、問われるままに答えたという。
蘭子の言葉が真実なら、その場に目撃者がいたとしても事故だと証言しただろう。
轢死したのが死体だと、まさか疑わない。
「警察病院から、斎場に運んで貰いました。葬儀をあげるのなら、バラバラの遺体を修復するかと聞かれました。とても時間が掛かると教えてくれたので、早々に火葬しました。私一人で見送りました。……骨を抱いて此所に帰ってきたら、このカラスが居たんです。白いフンが、そこらじゅうにありました。追い出そうとしても出ていきません。寄ってくるのです」
蘭子はカラスも始末しようと決めて、
また動画を流した。
「なんで、いちいち、また動画に流したんですか?」
聖には、そこのところが理解出来ない。
「迷いを吹っ切るためです。カラスとはいえ、殺生を好んでするんじゃないですから。それと、生きている姿を残してやりたいと思ったんです。ミチルの動画を流した時も、その思いがありました」
動画を流してカラスを殺して……それで、終わらせなかった。
わざわざ剥製にしたのはなぜだ。
その時点で自分に会おうとしたのか?
いや、それはない。
本当に会いたければ工房に来た筈だ。
車で一時間、電車とバスでも二時間はかからない距離だ。
マユに言われて自分で届けに来たが、通常なら宅配で、顔を合わせることもなかった。
聖は蘭子の言葉を鵜呑みにできない。
祈祷師か霊能者か知らないが、カラスの剥製は自分の存在と力を宣伝する為の新たな小道具ではないのか。
剥製を膝の上に載せて、たとえば、ミチルの後を追うようにカラスも死んでしまった。愛する孫が宿ったカラスを永遠に変わらぬ姿にした、とか、なんとか。
作った剥製師が霊能者なら、より世間にアピールできる。
のこのこやってきた自分も、蘭子の霊能者としてのイメージ作りに利用されるんじゃないか。
実際、従姉妹の加奈に<人殺しは見れば分かる剥製屋>と拡散されてから仕事の依頼は増えている。
自己演出で知名度を上げ、収入増加に繋げたい気持ちは、とても理解出来る。
が、人の道を外れてまで、走る道では無い。それをしたら、外道だ。
聖は疑いと非難を隠さずに、蘭子に聞いた。
「殺したカラスをなぜ、剥製にしたんですか?」
涙に濡れた蘭子の目が真っ直ぐに聖を見つめる。
やがて口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと僅かな音もたてずに立ち上がった。
「これを見て下さい」
蘭子は低い声でつぶやくと、
聖を見たまま後ろに、ベランダに通じるガラス戸までいき、後手にカーテンを開いた。