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悪霊憑き

 自分がミチルを殺したか、わからない。

 どういう意味だろう?

 行動が記憶に無い、この人は精神の病なのか。

 隣に座っているミチルの幽霊に聞きそうになった。


 困惑する聖に、蘭子はもっと予想外の行動に出た。

 両手をつき、頭を下げたのだ。

「自分では分からない。だから教えて下さい。神流聖さん。人殺しは見れば分かるのでしょう。貴方は私が人を殺したのかどうか、もう知ってらっしゃるに違いない。どうか、教えて下さい」

 驚いた。

 聖が、人殺しが見れば分かる剥製屋と呼ばれているのを知っている。

 知っていて、剥製を依頼したのか?

 いや、 カラスの剥製は口実で、おびき出されたかも。

 涙に騙されていいのか?

「私は、人間を殺したのですか?」

 蘭子は審判をゆだねるよう手を合わせた。


 ……手袋を外して貰えば、答えられるんだけど。

 人殺しだと判定したら、その後はどうなる? 

観念しましたと、すんなり自首する覚悟なのか。


 蘭子の意図が全く推し量れない。

聖は用心して時間を稼ぐことにした。


「そんな力ありません。知り合いが何かを勘違いしてブログに書いたのが大げさに、広がってしまったんです。貴方がミチルちゃんを殺したのか、どうかって、話題になってるから、野次馬根性で、聞いてみただけです」

 座卓の上に置いている商品、蘭子が触れもしない剥製の包みを開きながら、やんわりと語りかけてみた。

「僕は只の剥製屋です。剥製屋だから、このカラスの死因は気になります。カラスの胃袋には子供の爪がありました。なぜだろうって、理由が知りたくなりました。依頼人が何者なのか知りたかった。動画を見て、もしかしたらカラスもミチルちゃんも貴方が殺したんじゃないかと疑ってます。人殺しは剥製屋が立ち入る領分じゃない。知りたいのはカラスの死因です。この子、なんで死んだんですか?」

 

ガラスケースに入ったハシブトガラスは、小首をかしげてる。

  若くてこんなに可愛らしいのに。

「教えて下さい、この子、なんで死んだのですか?」


「私が始末しました」

 蘭子は全く悪びれずに言った。


「ミチルは、コレに指を食べられていたんですか。全然、知りませんでした」

 忌々しげに剥製を一瞥した。

たかが鳥一羽、殺したのがどうかしたのか、そんな物言いでもあった。


「どうして、殺しちゃったんですか? この子が何をしたんですか」

 まるでカラスの親のように聖は聞いていた。


「追い払っても逃げないのです。家の中から出ていかないんです。ミチルを中に入れたとき、一緒に入ってきてたのに、気がつきませんでした。……火葬場から帰ったらこの部屋に居たのです。私が座れば膝の上に乗ります。動画を撮った後、捕まえて風呂に沈めて殺しました。ミチルが取り憑いたかもしれないと恐れたからです。指を食らったのなら、本当にミチルの化身だったんですね」


 動画では、確かミチルの生まれ変わりだと膝に載せて可愛がってる様子だった。

実際は、ミチルが取り憑いたかも知れないから、すぐに殺したという。

生まれ変わりと、取り憑いたと、同じなのか、違うのか。


「可愛いお孫さんの生まれ変わりなんでしょう。なんで目障りだったんですか?」

 と聞いてみた。


「本当の、孫の生まれ変わりなら、殺したりしません。あれは、ミチルの姿をしていましたが……人間ではありませんでした。あの子には悪霊が、取り憑いていたのです」

「へっ、悪霊?」

 聖の身体は反射的にうしろへ、ずずっと逃げていた。

 この女はヤバイ。

 悪霊が憑いてるという発想は相手が残虐な奴なら理解もできるが。

 いたいけな少女じゃないか。

 悪霊妄想で孫を殺したのだろうか。……過去にも祈祷師が起こした似たような事件はあった。


「娘はね、悪霊に殺されたんですよ」

 また蘭子の目に涙が浮かぶ。

 普通の母親らしく娘を愛していたのはわかる。

 ミチルに悪霊が取り憑いたといい、娘が悪霊に殺されたいう。

 じゃあ、ミチルが自分の母親を殺したというのか


「娘さんは、自殺では無かったのですか? 心を病んでいたんでしょう。育児放棄してミチルちゃんは、ベランダに放置されていたんだ」

 言ってから、育児放棄じゃ無くて、悪霊払いの為の監禁だったんじゃ無いかと思えてきた。


「違います。娘が、ミチルをベランダにやったのでは無かったです。ミチルの意思です。あの子はカラスに懐いていたのです」

 

 とんでもない答えに、返す言葉が無い。


「ミチルは、ベランダでカラスと生活を共にしてたんです。赤ちゃんの頃からカラスにしか関心を示さない変わった子だとは聞いていました。ベランダに出さないと、暴れて泣きわめく、それが自分を傷つけるくらい激しいと、娘は言っていました。……私はあまり熱心に話を聞いてやらなかったのです。娘は育児ノイローゼになり、一年前に亭主は逃げいったようです。幼稚園に通う年になってもミチルは人間に心を開かなかった。娘はなすすべも無く、自分を殺すしか無かったのだと思います」 

 本当の話なのか、と聖は、隣に座っているミチルの幽霊に小声で聞いた。

 むろん答えは期待していなかった。

 でも、ミチルは、反応を見せた。

 こくんと、頷いたのだ。

 それで、聖は蘭子の話をちゃんと聞く気になった。


 ……結局、長い話に付き合う流れになってしまった。

 

 蘭子が、プロの祈祷師になったのは大企業に勤めていた夫が五十で急死した後らしい。

 娘の自殺後、ミチルを養育するために、このマンションに越してきたのだが、それまでは占い業を営んでいる店の二階に住んでいた。 

 徒歩十分の距離ではあるが、娘一家と殆ど交流は無かったという。

 娘の夫となった男は、最初から不吉な気配がした。

 結婚に反対したのが疎遠になった理由だそうだ。

色々弁解めいた説明をしていたが、近所に住んでいながら、孫の奇行と娘の苦しみを知らなかった、らしい。 


「可愛い孫娘に悪霊が取り憑いてるなんて、とんでもない妄想と人は思うでしょう。それは事実を知らないからです。娘はベランダの物干しの金具にヒモをかけて首をつりました。発見されたのは二週間後です。娘の身体はカラスに食べられてぼろぼろでした。二週間、ミチルもベランダに居たのです。わかりますか? ミチルはカラスと一緒に母親の死肉を食べて生きながらえて居たのですよ」

 蘭子は声を震わし、おぞましい光景から逃れるように目を閉じて語った。

 聖はミチルがベランダで二週間生き延びた謎が解けたと思った。


「そうか、かあちゃん食べさせて貰ったのか」

 ミチルに聞くと、また、しっかりと頷いた。


「人肉を、しかも母親を食べたのです。人間のすることではありません」


 馴染みのない、懐かない孫娘を、いきなり養育することになった。


「どうしようも無いのです。おもちゃや、ケーキや、考えられる全てを与えても、あのこは、ベランダに、カラスの元に帰っていくんです。私の作った料理も、お菓子も食べないんです。嘘じゃないんです。あの子は、カラスから何か貰って食べていたんです。いくらなんでも、異常です。発達の問題とかと次元が違うと思いました」

 ミチルと暮らし始めてから、ミチルには悪霊が付いていると確信するまで、そう長い時間は必要ではなかった。

 母親の自殺が四月で、最初の動画は五月だ。


「百日で悪霊を退治すると決めたとき、百日でミチルは死ぬとカミの声を聞いたのです」

 ミチルに取り憑いた悪霊とミチルは運命共同体だと知った。

 それでも、決心は変わらなかった、

「あと百日しか生きられない」

 言霊の力を増殖できると考え動画を流した。

 多くの人が自分の言葉を信じれば信じるほど、術は成功すると。


「百日目に、ミチルは死にました」


 殺したと、蘭子は言わなかった。



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