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訪問

「どうぞ、お入り下さい。お待ちしていました」

 約束の訪問でもあるかのように、ベランダに面した和室に通された。

 座卓と仏壇だけがある。

 純和風だ。

  蘭子の雰囲気と、そぐわない。

 モスグリーンのカーテンが閉じられていて、ベランダは見えない。

 仏壇には、ミチルの遺骨があった。

 飾られている写真はミチルでは無い。

 若い女で、蘭子に似ていた。


「娘なんです」

 ハーブティを運んできた蘭子が、聖の視線に気づいて呟いた。

  ここで四月に自殺したミチルの母親に違いない。

  推測通り、ネグレクトを受けていた子供はミチルなんだ。

  では、蘭子はミチルの祖母だ。

 事故物件のサイトで知った情報に当てはめて考え、


「娘さんに続いてお孫さんも亡くされたんですか」

 と、聖は言ってしまった。


 ただ剥製を届けにきたのではないと早々にバラしてしまったようなものだ。

 案の定、蘭子の目は倍の大きさになって、「えっ」と叫んだ。

 かなりまずい展開だ。

 何しに来たと、怒り出すと思った。

 が、

「動画を見て下さったんですね」

 と、目を潤ませてる。

 ミチル殺しの魔女のような女を想定してたのに、何だか、いい人に見えてしまう。


「手袋をしたままで済みません。見苦しい、老いた手をお見せするのも、自分が見るのも嫌なんです」

  弁解する蘭子は、聖の左手だけの手袋を見ている。

  説明を求められているのは分かったが、気づかぬふりをした。


  軍手は、まずかったかな、と思う。

  かなり不審だ。包帯巻いてる方がましかも。


  客に逢う時は、ベットを亡くした心に合わせて黒のスーツに白いシャツでなければいけないと、

亡き父に教えられた。

  それはきちんと守っている。

  だから余計に、たまたま枕元にあったので、付けてきた薄汚れた軍手は目立った。

  今更考えても仕方ないと、

  白い陶器の茶碗に右手を伸ばした。

  冷たかった。アイスハーブティだ。

  まずは、出されたものに口を付けるのが礼儀だと。

  一口飲んで、とても美味しかったので、

  全部飲んでしまった。

「あの、」

  と蘭子に遠慮がちに声を掛けられるまで、茶碗の中しか見ていなかった。 

  正面にいた蘭子が斜め横に移動していて、名詞を差し出していた。

「参道の占い通りで、十年座っております」

  名詞の肩書きは、祈祷師、だった。

  除霊、悪霊払い、と裏にはある。

  黒のレースのワンピースに黒の、やっぱりレースの手袋という衣装めいた服装から、

タロットか水晶が似合いそうなのに、祈祷師だった。


  石切神社の占い通り、と言うからには、その筋では名のある人なのだ。

  世情に疎い聖でも、それくらいは分かった。


  父が参道の看板が何より怖かったと話していたのを思い出す。

  石切神社は病を治す神様で、参道には漢方薬の店が並んでる。

  いずれも老舗の薬屋の看板が、吐血、発疹、下血、

……ヘタウマ風の線画が、妙にリアルで、寒気がするほど恐ろしかったらしい。

 

  薬屋通りと同じくらい占い道りも古くから存在する。

  病を抱え、すがる思いで、人が集まってきたのだ。

  生半可な占い師ではつとまらない。

  霞蘭子は、プロの祈祷師だ。


  聖は祈祷師に対面するのは初めてだった。

  除霊、悪霊払い、って

  霊が見える人な訳だ。

  素直にそう解釈して、なんでミチルが見えないのかと不思議だった。

  こんなに、はっきり、自分には見えるのに……。 


  また一人で思案していて、

  蘭子が、聖も名詞を出すのを待っているのに、何分か気づかなかった。


「神流剥製工房 神流聖」

  ありきたりな名詞をズボンのポケットの財布から出した。


「……もしかして、娘が自殺したのもご存じですか」

  蘭子に問われた。

  聖は、嘘をつけない性分だ。

「此所で女の人が自殺したのを知っていただけです。偶然、駐車場を捜すのに住所を検索して、それで、」

  蘭子の娘だとは聞くまで知らなかったと答えた。


  沈黙が、二人の間に流れた。

  聖は、これ以上蘭子と話す意味は無いようにも思える。

  実際、何しにわざわざ来たんだっけと落ちつかない。

  蘭子が手袋をしているので、ミチルを殺したか、どうか、分からない。

  でも、マユに何も出来なかったと言えない。


 何とかしてよと、目配せする相手は、隣に座ってるミチルしかいない。


 話の途中で、不自然に黙り込んだ若い剥製屋の端整な横顔を,

所在なく蘭子は眺めているようだった。

 

長いまつげに半分隠れた横に長い大きな目は、また、彼の右肩の下へ、行く。

  隣に何かが居るように。


「私がミチルの死を予言する動画を流して、ミチルを殺したと、貴方も疑ったのでしょう?」

 妙な沈黙の後、ストレートに、蘭子は聞いてきた。


「そうです。人の死が分かる、超能力を捏造するためにミチルちゃんを殺したのでは無いのですか」

 聖も、蘭子に習って短刀直入に聞いた。

 蘭子は、瞬きもせずに聖を見つめた。

 言葉を探してるようだった。

 そのうちに、蘭子の目から大粒の涙が零れ、


「分からないのです」

 と言う。


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