事故物件
そうまで言われて、嫌だといえない。
不甲斐ない男とマユに思われたくない。
仕方なく、霞蘭子の住所を検索した。
「セイの車、ナビが付いてないの?」
一応古いナビが備えてある。
スマホにだってナビはある。
一番近い駐車場を先に確認しておきたかった。
幽霊のミチルを連れて、人混みを歩くのは気が重いから。
何となく、地図から調べずに、住所をそのまま入力していたのだが、
……事故物件サイトに、霞蘭子の住所が載っていた。
「マンションなんだ。ベランダで、首つり自殺、だって。今年の四月だ」
聖はますます気が重くなった。
「こんなサイトがあるのね。知らなかった。占い師は事故物件と知って借りたのかしら?」
「いや、此所に載ってるのは、人殺しか自殺のあった家で、空き屋とは限らないみたいだ」
ユーザーが事件のあった家の情報を投稿するシステムらしい。
「報道されたかも知れない。調べてみたら?」
自殺だけではニュースにならないだろうと思いながら、住所に自殺を付けて検索した。
沢山ヒットした。
自殺したのは若い母親で、発見されたのが死後二週間経ってからだった。
「最上階の部屋でベランダは山に面していた。物干しにぶら下がってる死体は、どこからも見えなかったんだ。でもカラスが集まってるのは分かった。毎日、あんまりカラスが、そのベランダに出入りしてるから不審に思って近所の人が通報したんだって」
「……カラス、ね」
聖はカラスが何の為に首つり死体のあるベランダに通ってたか、わざわざ口にする気もしなかった。マユも、分かってると思う。
遺体の発見が遅れただけでは、大きく報道されない。
死んだ母親の側には、子供が居た。
母親が死んでから、側にいたのだろうと最初に発見した大家は思った。
しかし警察の調べで、子供は、その前からベランダにいたのがわかった。
ベランダには段ボール箱が置いてあり、毛布が入れてあった。
子供はその中で眠り、排泄もベランダでしていた。
「ネグレクト、ね。ベランダなんて、酷すぎる」
マユが涙声になっている。
聖は、これはミチルの事だと思った。
「実の母親に受けた仕打ちだけでも充分不幸なのに、養母に殺されたのだとしたら悲惨すぎる」
マユも、他の子だとは考えていないようだ。
聖は、マユがみていない幽霊のミチルを知っている。
欠けた指を吸っていて、話しかけても答えてくれない、とマユに説明した。
これだけ聞けばネグレクトされて、殺された子のイメージがするだろう。
生前のミチルの画像も死後と変わりなく生気が無い。これもネグレクトで異常な環境に置かれたからだと、見るモノを納得させる。
生き生きとした子供らしい生命力を備えていない子供。
……それが、なぜ、母親の死後二週間、何も無いベランダで生き延びたんだ?
聖はその疑問をマユには言わなかった。
翌朝、聖は愛車のロッキーの助手席に、梱包したケース入りのカラスを載せて、蘭子のマンションに向かった。
もちろんミチルも付いてきた。助手席の足を伸ばす空間にしゃがんでる。
こっちを向いてるので、返事はしてくれないけど、
「県道に出るまで、揺れるよ」
とか、
「コンビニだよ。缶コーヒー買って、すぐ戻るからね」
とか、話しかけずにはいられなかった。
蘭子のマンションから二百メートルほど離れたコインパーキングに駐車して、
蘭子に電話を架けた。
宅配時間を平日の午前九時から十二時と指定していたから、多分いる。
「……じゃあ、神流さんが持ってきて下さったんですね」
明るい、喜んでいるような応対が意外だ。
十四階建ての白いマンションは、築三十年は経っていそうでオートロックでは無かった。
開かれたドアの奥から線香の香りがした。
霞蘭子は、柔らかい笑顔で聖を迎えた。
黒いレースのワンピースに、そろいの黒い手袋を付けていた。
蘭子にはミチルが見えていないようだ。
四十才くらいだと動画で推測していたが、間近で見た顔は、もっと上、五十台後半らしかった。