死期が分かる女
「それで、セイは子供の幽霊が怖くて、大急ぎで剥製を仕上げた。で。爪はどうしたの?」
マユが、……正確にはマユの声が聖に聞く。
お盆が過ぎて、急に涼しくなった。
山の夜は寒いくらいで、夜更けの熱いコーヒーが旨い。
曰くありげな仕事を終わらせて一息付いていた。
……マユが来てくれたらいいのに、という思いが、願いに、欲求に上り詰めた時、
マユの気配を感じた。
「もちろん、カラスの中に元あった場所に戻したよ。一部接着剤が乾燥しきってないけど、明日朝一番に送るんだ」
最短二週間の行程を数日徹夜して十日でやり遂げた。
「カラスの剥製見たい。どこ?」
マユの姿が一瞬見えた。
カラスに執着したみたいだ。
この世の出来事に興味を示すと実体化するのかもと、ふと思う。
「もう梱包しちゃった。子供の幽霊が怖いから、作業室に置いてる」
聖は言ってしまってから、幽霊のマユに失礼だったと、気がついた。
「指くわえてぼーっと立ってるんだ。話しかけても答えてくれないし。なんか怒ってるみたいだし」
と補足した。
「指くわえてる子供、カラスのお腹から出てきた爪。
これって、その子の指をカラスが食べちゃったって事じゃない」
マユはさらりと言った。
でもカラスが子供を襲ったりしないだろうと、聖は思いたかった。
「待って、死んでからなら、不思議じゃ無いでしょ。カラスは死肉を食べるんだから」
それはそうだ。
山本マユの身体は森の生き物に食べ尽くされた。
その中にはカラスもいたのだ。
だけど、マユは自分を食べた獣に憑かずに、ここにいるでは無いか。
「もしかしたら、指だけ食べられたんじゃないのかな。その子にとって一番必要な身体のパーツだったの。親指をしゃぶるのが癖だったのね。だから憑いてきた」
成る程、と聖は納得する。
つまり、あの子はカラスに見つかる場所に一定時間死体でいた。
カラスに指だけ囓られた後で、人間に発見された。
そういう事か。
「発見されたのかどうか、わからないよね。ちょっと調べてみたら。行方不明のサイトに出てるかも」
ええっ、と思わず聖はひるんだ。
だって、あのサイトには山本マユが出てる。
いいのか見ても?
嫌だ、自分が見たくない。
生前のマユの写真を見たくない。
可愛いけど、自分が知ってるマユとは違う。
初めて神流工房に来たマユは肌が透けるように美しく、その身体は白鳥のごとく滑らかな曲線だけで出来ていてた。
この世のモノとは思われない美しさだった。まあ、事実この世の人では無かったが。
最近、姿は滅多に見えない。
もはや声だけの存在だ。それでも聖の目には美しいマユが焼き付いている。
多分淡い恋心を含んでいた。
死後のマユしか知らないから、生前のマユの世界に自分は存在しない。
だから、見たくない。
どうあがいても関わり合えない、生きていたマユに触れたくない。
「それより、まず依頼主を調べてみるよ、カラスの死因が気になるんだ」
依頼主は露蘭子、という。
改めてみたら胡散臭い名前だ。本名ではないのか。
しかし神流聖という名もあるのだから本名かもしれない。
名前を検索したら、霞蘭子はちょっとした有名人だった。
狂人か本物の超能力者かと、話題になっている。
蘭子が配信した動画の再生数は、万を超えていた。
『ワタクシには人がいつ死ぬかが見えるんです』
と、紫のワンピースを着た四十才くらいの女がしゃべり出す。
色白でぽっちゃりしてる。
量の多い黒髪は前髪ぷっつんでストレートのロング。
顔は、アイメークがキツくて素顔がわからないが、口から下が随分長い顔だ。
『養女のミチルです。可哀想な娘です。この子はあと百日で死んでしまうのです』
突如膝の上に女の子が現れた。
そういう風に編集している。
うわあ、と聖は声を上げる。
「その子なのね」
マユの声が大きい。
ミチルは、無表情で右手の親指を吸っていた。
ツインテールは同じ。服は違ってる。
白地に青のドットのTシャツにデニムのミニスカート。普段着っぽい。
蘭子は幼い頃から人の寿命が分かったと言いだした。
『……最初は叔父でした。父の弟です。
叔父は、三月十日で期限が切れる、と話していました。
ワタクシはまだ五歳か六歳。小学校にいく前でした。
父と叔父の話など聞いて居なかったのに、叔父の一言だけが耳に届いたのです。
あれは、とても寒い日でした。
黒い服を着た親戚がうちに集まっていました。
実家は本家と呼ばれ年に数回法事で親戚が集まっていましたので、多分ご先祖の何回忌かであったと思われます。
ワタクシは幼心に叔父は三月十日に死ぬのだと思いました。なぜそう思ったのか、わかりません。
カミが与えて下さった力としか思えません。
実際叔父が、ワタクシが聞いた言葉をくちにしたかどうかも分からないのです。
確かなことは叔父が翌春の三月十日に、
交通事故で亡くなったということだけです。
まだ三十九歳でした』
聖は、死に神が見える山田鈴子が頭に浮かんだ。
鈴子は死が近い人の後ろに黒い人影が見える人だ。
マユは、それは死に神ではないと教えてくれた。
死の間際に身体から何かが逃げていく。普通の人には見えない現象が、鈴子には見えるのだと。
では、カラスの剥製の依頼主、霞蘭子の死の予言は、霊界に通じているマユの目にはどう解釈されたのだろうか?
「うそよ、この女嘘つきか、狂ってるかよ」
マユは怒っていた。
「嘘なんだ」
聖はマユの言葉を信じた。
霞蘭子を一目見て胡散臭い人種と感じた直感とズレはない。