爪
「カラスに憑いてきちゃったの?」
怖々聞いてみたが女の子は答えてくれない。
子供の幽霊を、見たのは初めてだと思う。
でも、こんなに鮮やかに実体として目に映ってる、
ということは今までにも見えてても、気がつかなかっただけかも……と不安になる。
コミュニケーションの取れない子供の幽霊が家にいるのは怖い。困る。
「カラスと一緒に、すぐに、おうちへ帰れるからさ。良い子にしてて」
聖はすぐにカラスの処理を始めた。
まず、腹を割いて、内蔵を取り出す。
肺が異常に膨らんでるのを見て、また驚かされた。
「水が溜まってる。おいシロ、どういうこどだ? 溺れたってわけか。利口なカラスがそんなドジするか?」
普段は入れない作業室にシロが居る。
なぜ居るのか心当たりはないけど、今は心強い。
聖は一瞬躊躇ったが肺にメスを入れた。
小さな肺から薄紫の水が溢れ出た。
臭いを嗅いでみて、ジャスミン系の入浴剤だと推測した。
「風呂で溺れたのか」
いや、そんな馬鹿なカラスはいないだろう。
視線を下げれば、机の下にいる子供の足が見えた。
こっちに、聖に寄ってきている。
子供の幽霊を連れてきたカラス。
ワケありにちがいない。もっと情報が欲しい。
消化器の中身も確かめるべきだ。
ちっちゃい胃と腸も開いた。
ぐちゃっと出てきた中に貝殻のようなモノがある。
基本は雑食だから、何を拾い食いしても不思議じゃ無いけど……
半透明のピンクががった白い貝殻……じゃない。
爪、だった。
小さい子供の、縦より横幅が広い、足の指か、手の親指だ。
「待てよ、」
机の下の子は、親指を咥えていた。多分そうだった。
覗いて確かめるのは怖いが。
風呂場で溺れ死んだカラス、子供の爪、子供の幽霊。
全部が、不可解で気味悪い。
脂汗が滲んで作業の手が止まってしまった。
「ちょっと、休憩しようか」
パニクった頭を落ち着かせるために聖はシロと作業室を出た。
すると、幽霊の子供もついてきた。
「なんで?」
思わず聞いて、自分の指が、小さな爪を摘まんだままなのに気がついた。
聖はカラスの身体の上に爪を戻してみた。
子供はそっちへ行く。
「カラスに憑いてきたんじゃなかったんだ。腹の中の爪だったんだ」