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朝焼け

「占い師は、人殺しではなかったのね」

 マユが、聖の側に居た。

 

 霞蘭子にカラスの剥製を届けた日から半月経っていた。

 太いカラスが肩に付けた傷がすっかり治るくらい、時が過ぎた。


 毎夜毎夜、マユを待ち続けた。

 夜明けまで、二階の寝室に行かずに、ゲームをしながら待っていた。


 長すぎる空白は聖だけの時間で、

 マユは、前に会った翌日のごとく、語りかけてきた。


「ミチルちゃんの死因は何?」

 幼い時からベランダでカラスと暮らし、カラスから得体の知れない食べ物を貰って、それで、数ある予防

注射を打ってなかったとしたら……。

「多分感染症だと思う。幼児の死亡率が高かった大昔の子供のように、医療面で、あの子はケアされてなかった」

「可哀想だね。無理にでもカラスと引き離せばよかったのに。……避けられない運命だったのかな。結局、占い師の予言は本物だったのね。百日目に死んだんでしょう?」

「いや、死んだのは、もっと前じゃないかと思ったけどね」


 何気なく口に出した後で、聖はなぜそう思ったのか考えた。


「ずっと前なら、轢死に見せかけるのは無理でしょう。死体ってバレちゃう。百日目か、その前日くらいに死んでないと、抱きかかえて電車で移動できない」

 マユの言う通りだ。

 冷凍保存して生解凍しても今死んだばかりには、見えない。


  ……でも、

「あの人はミチルの指が欠けてるのを知らなかった。親指の先だろ、かなり出血するよ。気がつく筈なんだ」

 霞蘭子は、死んでいたミチルをカラスに追われて動物園駅まで抱いて行き、力尽きて線路に落としたと、洗いざらい告白した。


 カラスに指が喰われていたのを隠す理由が無いのだ。


「指が切断されたのに、血が出てなかったってこと?」

「多分、」

 そうとしか、聖は考えられない。


「不思議ね。ていうか、不自然よ」

 と、自然の摂理から外れた霊魂のマユが言う。


「何かの力が、生死の境にミチルを留めて置いたんじゃないかな」


 聖は、マユと、長く話したかった。

 <人殺しは見れば分かる>力のせいで、関わってしまう事件を一人で受け止めるのはキツい。

 話し相手になってくれるのが随分救いになっている。

 幽霊にも、寿命のようなモノがあるのか、別れが近づいているのは分かる。

 少しでも長く、此所に、山にいて欲しい。

 マユを引き留める方法があればいいのにと思う。

 死人を生かしておく力があるなら幽霊を引き留める力もあるかも。


「様子を見に行ったら、死んでたと、言ってた。ベランダに侵入したせいで、異世界が壊れた、っていうのはどうだろう?」

「異世界?」

 マユが推理に乗ってきてくれた。


 異世界、我ながらいい言葉を使ったと思う。

 あの世、とか、死人の世界より、感じが良い。


「この山も異世界かしら」

 マユの、微笑んでいる顔が、ちらっと見えた気がした。


 どうせ、科学的に解明できないことだ。

 自由に、気に入る解釈をしてもいいじゃないか。

「実はね、カラスの中に、顔見知りがいた。そいつが、普通のカラスかどうか怪しいんだ」

「この山に棲んでるカラス?……鳥には縄張りがあるんじゃなかったかしら?」

 ある。

 此所からミチルが居たベランダまで、沢山の縄張りを通過していかなければいけない。余所の縄張りに入ると威嚇、攻撃される。

 カラス同士ならまだいいが。ワシなんかと遭遇したら殺される。


「特別な力を持ったカラスが、ミチルちゃんを気に入って、異世界に取り込んだのかしら」

 それは逆だと聖は思っている。

「懐かれたから、面倒見るようになったんだ」

 ミチルは、赤ん坊の頃からカラスが好きだった。


「何故?」

 普通は怖がる、とマユは言う。

「毎日、身近に見ていたから馴染んで、好きになったんだよ。犬でも猫でも電車でも毎日目に入るモノは愛着を感じる。ただそれだけの理由だよ。相手がカラスだから母親は不気味だと思った。それが不幸のはじまりだと思うよ」

 ミチルは、産まれてすぐからベランダが見える場所に寝かされていた。

 母親は抱き上げたり、あやしたり、しなかった。

 ミチルは退屈で寂しかった。

 慰みに自分の指を吸い、カラスを目で追った。

 毎日毎日、ミチルが見える世界にはカラスしか無かったのだ。


「剥製にした、殺されたカラスは仲良しだったのかしら」

「子供同士だから気が合ったかも。指を喰ったのは、いつも口の中に入れてるのを見てたから、美味しい食べ物に見えて、真っ先に囓ったんだろうな」


「ミチルちゃんの霊は指への執着心を捨てて、カラスたちに付いて行った。カラスたちは二度とやって来ないのかしら」

 聖は、蘭子にカラスの剥製をベランダから見える位置に飾って置くようにアドバイスしてきた。

 しばらくの間は、仲間が様子を見に来る。

 小首を傾げて、くつろいでいる姿を見たら安心する。すぐに去って行く。


「悪霊って、最後まで言ってた。カラスは悪霊の手下だと思い込んでる。悪霊を追っ払ったと感謝されたよ」


「人の死期がわかるのは、妄想?」

 ミチルの幽霊が全く見えてなかったのは間違いない。


 動画で叔父の死を予言したと喋っていた。

会うまでは、胡散臭い詐欺師で人殺しと決め受けていたが、実際は、違っていた。

 蘭子は、思い込みは激しいけれど、嘘つきではなさそうだった。


「叔父さん自身の口から死ぬ日を聞いたのよね」

「うん。期限が切れる……そう聞こえたって」

「何か重要な事の期限だったとしたら? 真剣な様子だったから、子供の印象に残った」

 マユの推理が始まった。

 死者には不謹慎だけど、聖はちょっと嬉しかった。

「法事の時だったわね。一番有りそうなのは、借金の返済期限じゃないかしら。兄弟親戚にすがったけど、拒まれた。期限の日はやってくる。叔父さんは追い詰められる。切羽詰まって、とうとう……」

「自殺か」

「子供には事故と話すでしょ。辻褄が合う」


 マユの推理通りなら、蘭子は嘘をついていない。妄想でも無い。

 子供だから真実が見えなかった。自分に予言の力があると、誤解しただけだ。

「誤解が始まりで、自分は霊能者と思い込んだのか」


 蘭子のハンドパワーを思い出して、笑ってしまった。

「特別な力はなかったのね」

 そうだとも、聖は言えない。

「霊が見える人では無かった。死の予言も怪しい。娘の死は予測出来なかったみたいだし。だけど別の力はあったかもしれない」

 鳥の言葉が分かる能力、と閃いた。

 それはミチルが生まれついて持っていた能力で、遺伝かもしれない。

 蘭子は全く気づいてないが。

「カラスの思惑が分かったから、余計に恐れたんだ。ミチルみたいに友好的な関係になれたかも知れない。だけど、あの人は娘の死肉を食べていたのがショックで、悪霊の使いにしか見えなかったんだろうな」


 何気なく回想して、聖はマズイ、と思った。

 マユの身体はカラスも食べている。

 そこに触れてはいけなかった。


「鳥に食べられるのが残酷じゃない文化もあるじゃない」

 マユは、異国には鳥葬という習慣があると言った。

「火葬が残酷な文化もあるでしょ。………焼かれるより、食べられる方がいいかも。動物でも人でも、食べてくれた命の一部になれる気がするじゃない」


 ミチルの母親が我が子に喰われて、良かったかもしれないのか。

 悲惨な出来事が、まるで違って見えてくる。


 可哀想なミチルの短すぎる人生が、不幸づくめとも限らない。

 そんな気までしてきた。


 マユの気配が笑顔を最後に、消えた。


 呼びかけても答えない寂しさを、クリアしたゲームの世界を漂うことで紛らわした。隻眼の戦士、隻眼の犬。アンドロイドの美女。

 愛着のあるキャラクターと、マユは架空エリアに居ると、そろそろ諦め無ければいけないのか。


 明け方、温度が急に下がった。

 足下で寝ていたシロと密着している左足だけが温かい。

「うわ、五時半なのに真っ暗だ」

 今日から、秋なのだ。


 山では、季節の移りに要する時間は数時間だ。

 最低気温が十度、明日から下がる。

 そんな身が引き締まるような朝は大抵、川面に霧がかかっている。


 やがて窓からオレンジの光が工房の中に入ってきた。

 見事な朝焼けだ。

 聖は、森の番人のごとく、特別な朝の見回りに出る。

 シロと、吊り橋を渡る

 真ん中で立ち止まり天を仰ぐ。

 空はオレンジからコバルトブルーに、変わっていく。

 川上を見れば、鹿が居た。

 夜明けに水を飲みに来て、さっさと棲み家に戻らずに、空を見上げている。

 聖と同じように、季節が移る瞬間に立ち止まってしまったのだ。

 

 カッコー、サギ、ヒヨドリ、山の鳥たちも、今朝は鳴き声に力が入っている。


 山に棲む鳥のうち、カラスは少数派だ。

 

 川下を見れば、岩の上に黒いのが固まっている。

 カラスたちの指定席だ。


 一際太い一羽が

 肩をいからせて三百六十度安全確認してる。


「あいつだ」

 聖はシロの耳元に囁き、指さして教えた。

「ふうう」

 と、シロが人間くさいため息を吐いた。


 太いカラスは、余りこっちを気にしていない。


 側に、もっと気にかける、新しい仲間が有るようだ。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


仙堂 ルリコ

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