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カラスの子

  神流剥製工房にはエアコンがあるが冷房は使った事がない。

 それが、この夏は八月に入ってから日中は使わずに居られない。

 異常な暑さ、だけが理由では無い。仕事の依頼が多すぎる。

  去年の夏は川に降りて膝下を足に付けて、愛犬シロとぼーっとしていたのに、と思う。

  剥製依頼の注文はメールでくるのだが、既に発送したというのがあって、断りようが無い。


八月十六日、世間ではお盆休みであろうに、

山奥までクール便を運んできた宅急便の人に、申し訳ないと思った。


軽トラックは殆ど吊り橋を渡らない。

重量的に可能だけど、見た目が不安らしい。

不在を避けたいから、必ず電話をくれる。聖は吊り橋の上で到着を持つのだ。


初めて見る若い男が、なんと歩いて木立の間に姿を現せた。

大きな車で山道を降りられなかったのだ。

県道に車を駐車して徒歩で来たらしい。


さらに気の毒な事に、幼い女の子を連れている。

ピンクのノースリーブのワンピースに素足に赤いサンダル。

ツインテールが可愛い。


 けど、山歩きには適さない。柔肌に蚊が群がっただろうと可哀想で申し訳ない。

 きっと、お盆休みで父親が連れ歩いてるのだろかと思う。

 

工房に招いてアイスクリームでも食べさせたくなったが、愛犬のシロが隣で吠えるので話も出来ない。

 それに発砲スチロールケースの中身が、この暑さで解凍してないかと気にかかった。

 子連れの配達だからこそ、時間を取らせない方がいいのだと、さっさと荷物を受け取った。


 鳥の剥製、とだけ依頼主からのメールにあった。

 冷凍室にとりあえずは保管したい、でも、解凍が進んでいたら優先順位を替える。


 箱の大きさから小さな鳥では無い。珍しい鳥かもしれない。

 わくわくして開けた。


 ……カラスだった。

 博物館や大学からの依頼でカラス、雀、鳩、見慣れた鳥の剥製を作ったことはある。

 だけど個人での依頼は初めてだ。


「ペットだったのかな。ヒナから育てたのかな」

 カラスのヒナの毛玉のような可愛いらしさを思い浮かべてしまった。

 依頼主が羨ましい気がした。

 だが冷たい真っ黒な身体に触れたとたん、聖は酷くいやな気分になった。

 まだ若い鳥で、胃が膨らんでる。

 死の直前まで、この子は食べていた。

 病で弱って死んだのではない。

 急死だ。

 考えられるのは事故死。それなら外傷があるはず。

 でも、ない。


 目は開いたまま、嘴は、少し開いている……。

 心臓発作や脳の血管が切れたのなら瞬間でも苦しいはず。

 固く瞼を閉じる。人と同じだ。痛みに歯を食いしばるように、嘴は閉じている筈だ。

 作業台の上に横たえたカラスを凝視して、聖は考え込んでしまった。

 

 ワンワン、と足下でシロが短く吠える。

 どうした? と聞くように。


「この子、普通の死に方じゃあ、ないんだよ、もしかしたら、殺されたかも」

 口に出した言葉にぞっとして、身を屈めて愛犬の頭を抱きかかえた。

 同時に、もっとぞっとするモノを見てしまった。

 

 作業台の下に、子供がいた。

 さっきの、宅配便の人が連れてた……。

 女の子は作業台の下に立っている。

 なのに、眼から上がない。

 子供の身長は台より高い。

 入れるはずの無いところに入り込んでいる。

 はみ出た部分は作業台の一センチ幅の板に溶け込んで、消えている。

 ……人間では無かった。

 

 ツインテールの色白で小さい鼻と唇……その子は眼を伏せて右手の親指を咥えていた。


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