銀河鉄道のチョム-チョム編-
ついこの前まで僕はヴィルヘルム・ワトキンソンという碧眼金髪のイケメンで通っていた。銀河鉄道ハヤブサのイケメン車掌と言えば、僕ヴィルヘルム・ワトキンソン以外に名前があがる事などないだろう。そう、僕はヴィルヘルム・ワトキンソンだったのだ。本名登録にしなければならないという労働基準法が改正されるまでは…
僕はヴィルヘルム・ワトキンソンという名が気に入っていた。本名のチョム・ポルムキン・Eなんて、謎が謎を呼ぶような名前を使えるわけがなかった。僕はこの名前で小学生の頃から弄られ続けてきた。地獄の日々だった。中学後半なんてクソ食らえだった。
「なに、あの先輩超イケメン!」
僕はイケメンだから後輩の女の子なんてイチコロだった。当然そうなる。僕はイケメンだから。だが…
「あぁ、あの人の名前はチョムよ」
「え…」
「チョム・ポルムキン・Eよ」
「ダサ…」
同級の神海沙羅がそうやって僕の本名を言いふらしまくって、萎えていく女の子をどれだけ見てきたか!クソッタレが!しかもあいつは女版俺だった。超がつく美人だった。根はクソだったが美人だった。本来なら俺とあいつで美男美女で持ち上げられるスクールライフだったんだ。だがあいつと俺は決定的に違う所があった。
名前だ。
あいつは神の海、海神でこうみだ。まぁリッチな名前だ。沙羅様沙羅様って常に慕われていた。
美しさと神々しさと優しさで万人があいつを好きになった。生徒会長にもすぐなった。だが、あいつは俺に対して
「おはよ、ポチ…あっ、チョムww」
思い出しただけで腹が立つ!
神海なんてイトカワダンゴムシにローリングアタックでもされてズタボロ雑巾のようになればいいのだ!
高校も同じ学校で全く同じ扱いを受けた!いや、前にも増して酷くなった。僕はバスケ部に入った。長身でイケメンだからバスケはよく似合うはずだった。しかしあいつは女子バスケ部に入って全てを持って行きやがった。女子バスの女の子からちやほやされる未来が
「見なさい、あの長身で碧眼金髪の彼がポチよ…あっ、チョムよwww」
あああ!あのクソアマ!
しかも大陸高校大会では…
全大陸の有名バスケ部が集まるんだぞ!そんな中で変な事を言いやがって!
あの時、僕らのチームは圧倒的スコア差で勝っていた。僕は長身をいかした最高のダンクを決めるはずだった!なのに!なのに!
「ポチ!ダンクを決めるのよ!チョムダンク!www」
ガンッ!
その声を聞いた瞬間、僕の中で何かが崩れてボールはネットの中を通るどころか全然別のどこかへと飛んで行ってしまった!
あの声と僕の失態は中継で全世界に流れてしまった!
あの試合以降、僕はダンクを封印した。
そして大学に行った。心理を扱う学科に行ったのだが、隣には神海が座っていた。僕のキャンパスライフは終わった。
最初の飲み会で
「ビール取ってポチ…あっ、チョムww」
鉄板と化したやり取りをされて、チョムダンクの話で花を咲かせ、僕のキャンパスライフは土へと還った。
就職では心療内科系を希望したが
「まずはあなたの精神状態を見つめ直してから来てください」
とかわけのわからん事を言われて失敗した。神海のせいである事は間違いない。あと僕はポチじゃない。
神海があまりにもポチと言うものだから大学生活終盤、僕の名前はポチになっていた。クソッタレが!しかも見た目がいいものだから育ちのいいポチとかいうこれまたクソッタレなあだ名がついた。死ね!
そして僕はご想像の通り就職に失敗した。
「ポチ…とうとう放し飼いになったのねww」
神海は僕を馬鹿にしたが、その時の僕は酷く落ち込んでいて怒る気にもならなかった。放し飼いどころか野良犬のポチだった。いや、僕チョムだけど…
「もし、よければ神海グループの子会社にWWRという格安銀河鉄道会社あるんだけど来ない?」
これがこの会社に来た始まりである。
神海は僕の中ではクソ神だったが、初めて救いの神に見えた。
「名前、変えなさいよ。そうね…うーん、直感的にヴィルヘルムよね。」
そうして僕はヴィルヘルム・ワトキンソンとしてWWRの車掌となったのだ。
だが…
「ポチ…ごめんね…法律が変わってあなた明日からチョムだわ…」
そんな電話がかかってきた。
ちなみに友達定額で通話料無料だったのであいつはよく電話をかけてきた。
相変わらずポチだったが…
しかし名前が変わるからと言ってこの仕事をやめるわけにもいかないし、というかそれを神海に言ったら辞めさせてくれるだろうけど、再就職できないように嫌がらせされそうだった。
「仕方ない、ご時世だろうよ…」
こうして僕はチョムになった。
あっ、いや、戻った。
そして今日、通常業務に出たのだが、まぁいつも通りのガラガラ運行だった。とりあえず地球の重力圏を突破したところで見回りに出た。よく何も知らない客が脱出Gで何かが壊れたりしてアクシデントを抱えてる事が多いからだ。
僕が担当の車両には3組の客が座っていた。後方のお客様から声をかけていく。1人目は女性で顔を隠していた。こういう場合はお忍びとかで来ている有名人の可能性があるので、じろじろ見ないように心がけている。
するとその女性はイトカワダンゴムシのペットケースが壊れて困っていた。とりあえず、代わりになるものをというやり取りをしたが、その顔は明らかにウィリアムだわ!チョム?なんで?なんでチョム?ってか普通チョム・E・ポルムキンじゃないの?って目をしてるけど僕はチョムだよ!チョム・ポルムキン・Eだよ!Eの位置間違えるな!
すると奇声が聞こえ、僕は2人目のお客様に声をかける。どうやら弁当がくずれてしまっていたようだった。よくある事の一つである。地球東京駅がコスト削減の為にG耐久パックをやめたのが事の一因だ。今から宇宙行く奴に地球でお召し上がり下さいってあり得ないと誰もが思ってるはず。これに関しては僕にできる事はないので、何かあったらまた呼んでくださいと伝えておく。
あと名前、ヴィルヘルムだとか思ってただろ!チョムだよ。
そして3組目の爺さんとお孫さん。
どうやら爺さんの方は体調が優れないようだった。爺さんは「顔色が悪いのは白人とのクォーターで一日の4分の1は青白いんですよ…」と言っていた。わけわからんが、要は大丈夫だと言いたいのだろう。だが、あのタイプはだいたい大丈夫じゃない。宇宙酔いは多々あるし仕方ない事なので、とりあえず戻ったら酔い止めを渡しておこう。
あと、爺さん出身星を名前のEを見てエルドラド星とか安易な発想しただろ!俺はイーガス星フラストと地球のイギリスのハーフだよ!
見回ったあと僕はまず、イトカワダンゴムシを入れられる物を探したが、お土産用の袋ぐらいしかなく複数枚重ねれば大丈夫だろうかと考えたが、大事なペットをビニル袋にぶちこむとか非常識と言われそうだしで難航した。とりあえず酔い止めは常備なのでこれは大丈夫だった。
チャラララチャララ♪
アップルフォンが鳴った。神海からだ。勤務中だぞあの馬鹿。
と言っても超絶上司にあたるわけで無視もできず電話にでる。
「ポチー、どう初出勤w」
「あ?ポチじゃねーよ。どの客も名札に目が行った瞬間、頭にハテナ浮かばせてるよ」
「くくく…目に浮かぶわww不機嫌な顔してないでしょうね?」
「するわけないだろ!奇跡の大女優もびっくりのポーカーフェイスかましてるよ」
「まぁ、どうでもいいんだけど…あんたイケメンだから今度WWRのCMに起用する事になったわ」
「は?」
「明日、休み取っといたから本社に顔出してね。それじゃ」
ブチッ
ツーツーツー
は?また勝手に好き放題しやがって!
と思ってるのも束の間、通話で時間を食われていたようでワープ走行のアナウンスをしなければならなかった。とりあえずマイクをとりアナウンスをする。
「これよりワープ走行に入ります。ワープ走行中はグラビティシステムが稼働できませんので無重力状態になります。ご注意下さい。ワープに切り変わり次第無重力状態になりますのでシートベルトを着用して下さい。ワープ走行3分前です。」
無重力走行に入ったらイトカワダンゴムシに関してはビニル袋しかない旨を伝えて、あの爺さんには薬を渡そう。
「ワープ走行1分前です。」
無重力になったら、多分あの孫やらは浮いて遊びまわりそうだから危険な事を爺さんに伝えとかなきゃな…ってか爺さんの方が危険な状態になってそうだけど…
「ワープ走行に入ります。」
窓の外が光り始め、カーン!と高い音がした瞬間に体の重みが無くなった。
いつもの無重力走行だ。
とりあえず、ビニル袋数枚と酔い止めを持ってお客様のいる車両に向かう。
無重力状態は無重力状態で何かアクシデントを生むので何もない事を祈るしかない。
「なんじゃこりゃあああ!」
そう、早口で叫んだ!
まぁ、何もないわけないわな。
自動ドアが開いた瞬間そう思った。
目の前に見えたのはハンマーで潰したスライムのような何かがこちら目掛けて飛んできている映像だった。
思い返す、僕はバスケ部だった。
反射神経には人一倍の自信がある。避けれないはずがない。
僕は無重力で体が動かしにくいなか、首だけでもと体を捻らせながら回避を試みる。しかしその中絶望的な何かが見えた。爺さんがきりもみ状態で飛んできているのだ。わけがわからん。すると爺さんの体がダンゴムシの女性にヒットする。爺さんと女性がピンボールよろしくと言わんばかりに跳ね回る。本当わけがわからん。しかし避けなければ大惨事、避けれるか?いや、避けれない。というか避けたら爺さん死ぬんじゃないか?とかそんな事を考えてたら
ベチャ
顔面に何かが当たる。
こいつは…
「やわらか煮込みハンバーグだぁ!」
あのOL食べなかったのか!
僕はとりあえず顔からそれを剥がす。
が、もう目の前には爺さんと女性の姿が!
走馬灯が過った。なぜこうなったのか、そう僕がチョムなんて名前でなければ良かったのだ。チョムでなければ神海に出会ったとしても弄られるどころか神海なんか相手してる暇がない程僕はモテにモテまくったはずだ。
「なんで、僕の名前をチョム・ポルムキンにしたの?」
そう親に聞いた事がある。
「チョムはね、母さんの地方の言葉で勇敢って意味なの」
「ポルムキンは父さんの地方の言葉で勇敢って意味があるのさ」
くそ!意味かぶりしてるじゃねーか!
ドス!
爺さんの蹴りが腹部にあたり耐える。
そう、僕は勇敢なのだ。勇敢な僕がこの状況に耐えられないわけがないんだ!
ゴス!
女性のケツが顔面にあたった。
ぶぉおおおおおおおおおお!!
「あああああ!」
あまりの臭さに意識が飛びそうになる!だけど僕は勇敢なのだ。勇敢な僕がこの状況に耐えられないわけがない…ん…だ…
そこで僕の意識は途絶えた。
僕が目覚めた時はすでにイトカワ駅で介抱を受けていた。お客様3組とも僕に謝ってきた。
「いえいえ、そんな、皆様にお怪我がなくて何よりですよ」
散々な目にあったが、皆さんいい人だった。しかもそのうちの1人は奇跡の大女優と呼ばれるキャシア・ミラグスティンだった。多分、この人が結婚できないのダンゴムシのせいだろうな…
そして別れ際に彼女は、やはり気になっていたのだろう。
「変な事聞くけど、ぶつかってしまった時変な臭いとかしちゃったかしら?」
意識が飛ぶレベルの悪臭でございましたなど言えるはずもなく…
「なにぶん、強烈な出来事でしたので記憶もあやふやで何もなかったと思います…ですけど、いくつになっても美しい大女優さんを見れただけでも感激です、これだけは記憶に留めますよ」
「あら、そう?ありがとう。あとチョムっていい名前ね、これからも頑張って下さいね」
なんか労ってもらえるという事の嬉しさを初めて知った。僕は帰りの運行も頑張ろうと思った。
でも客はいなかった…
翌日、僕は神海と会った。
「ポチ!聞いて、キャシア・ミラグスティンにCM出演のオファーしてたんだけど昨日、快諾してくれたのよ!一大事よ!CMなんて小さい仕事はしないって言ってた大女優がよ!」
「へぇー、じゃあ僕は降板って事で」
「いやね、あの人あんた使うなら出てもいいって条件出したんだけど…あんた…あの人となんかあったの?ポチ、これは飼い主命令だからね、ちゃんと答えなさい」
「知らないよ!たまたま僕の担当した車両に乗ってただけだよ!」
「ふーん…なんでその話、私にしないのよ…」
それからCM撮影まで企業の研修やら旅行などでWWRを利用してくれるようになったり、あの爺さんタカノスケ・アンダーソンという製薬会社の会長で質素な隠居していたのだが彼からの多額の投資が入ったりで驚きの連続だった。
そしてCM撮影があり
「撮影は初めて?気を楽にね」
女優として現れたキャシア・ミラグスティンは以前見た姿よりもまた格段と美しくなっていた。あと何故かメアドと番号を交換した。どうやら気に入られたらしい。後輩の女の子をイチコロどころか大女優も僕のイケメン度の前ではイチコロらしい。
そしてCMが流れてからは銀河で話題大沸騰。あの大女優が格安会社のCMとなればいろんな話が飛び交う。
実は仕事に困ってるのではないか?など良くない話もでた。だけど僕にはわかる。あの人は役者としても格が違う、他の役者が食われるレベルのオーラを持っている。そう思っていたのだが、彼女がインタビューで
「仕事がないんじゃないかって噂ね、よく聞くわ。確かに質素な暮らしは嫌いじゃないし、そういう生活してるけどあのCMに出たのはあの車掌さん目当てよ。本物の車掌さんなんだけど、見てわかる通りすごく綺麗な顔してるでしょ?それに優しいのよ。失礼な話なんだけど、私プライベートで利用したのよ、利用客少ないと思ってね。それでその時にちょっと迷惑をかけてしまってね、恩返しになればと思ったのよ」
とそれに続き、まさかあの車掌に惚れているのか?と下衆なマスコミの質問に対し
「それは秘密ね…けど、連絡先は交換したわ」
と答えたせいで大変な事になった。
主に神海が…
もちろん即電話がかかってきた。
「はぁ?ポチ、なんであんな事になってんのよ!どこで連絡先交換したの?CM撮影の時?私も居たのにどこでしたのよ?なんで私に連絡ないの!ほうれんそう!ほうれんそう!ほうれんそう守りなさいよ!」
「報告連絡相談ってプライベートでもしないといけないのかよ!」
「当たり前でしょ!あんたを幸せにはさせないわ!ポチなんだから!あんた彼女と親密な関係になってるわけじゃないんでしょうね!」
「いや、それはないんじゃないかな…」
「んん?あぁ、私が逆に聞くのも変なんだけど、普通だったら大女優相手なんて大金星でしょ…それがないって…なんでよ?」
「んー、おならが凄く臭いんだよね」
「はっ?」
僕はチョム・ポルムキン・E
格安銀河鉄道会社WWRの車掌をやっている。
まぁ、色々あるけどこの仕事が嫌いなわけじゃないし、きっとこのまま続けていくだろう。
とりあえず、神海を怒らせないようにしながらね…
終わり。




