8.バルバトス
……それから俺たちは、勧められるままに椅子へ腰掛け、生徒会長とやらから話を聞くこととなった。
「さてと……君たちを呼び出したのは他でもない。君たちを生徒会に招き入れたいんだ」
「断る」
「……織部君。君は人の話を最後まで聞けないのかい?」
とりあえず用件を聞いて、さっさと答えを返した俺。しかしこの生徒会長は、俺の答えに不満があるらしい。
「面倒だ。他に断る理由がいるのか?」
「……参ったな。それを言われたらどうしようもないじゃないか」
俺が態々、そんな面倒そうな組織に加わるわけがない。今読んでいるラノベはゆるい感じの生徒会がメインだが、普通の生徒会は忙しいものだとも書かれている。それならば、俺の答えはノーしかない。
「……そ、それで、雛山君はどうするんだい?」
「……」
俺の勧誘を諦めたのか、今度は雛山に狙いを変える生徒会長。だが、雛山はうんともすんとも言わない。ただ黙っているだけだ。
「くっ……まさか二人とも、こんなにも反応が薄いだなんて」
「さすがの史絵菜も、この状況は予想外かな?」
「レナ……笑ってないで協力してくれよ。それでも副会長だろ?」
「こういうのは会長がやるべきじゃないのかな? ん?」
「ごめんなさいお願いします私だけだとお手上げだから手伝ってください」
さすがに手詰まりだったのか、生徒会長は傍らの男子生徒―――どうやら副会長らしい―――に助けを求めている。そんなに俺たちを勧誘したいのか? やはり、昨日の一件が効いているのか。
「ふぅ……いくらなんでも、本人たちが乗り気じゃないのに、強引に引き入れるのは難しいだろ」
「う……」
しかしその副会長は、尤もなことを言った。俺は生徒会なんてごめんだし、雛山も同様みたいだ。この状態で無理を言っても、状況は改善しないだろう。
「だからこそ、生徒会に入るメリットを示さないと」
「メリット……?」
けれども、だからといって諦めるわけではないようだ。ただ勧誘するだけでなく、条件を提示して交渉してくるらしい。
「まず、雛山さん。生徒会に入れば、強い人と沢山戦えるよ? 生徒会はバアル討伐能力の高い人のサポートをしているから、その一環として模擬戦もよくやるんだ」
「……」
副会長の言葉に、雛山が反応を示した。……こいつ、強い奴と戦いたいのか?
「僕には、君が強敵を求めているように思えたんだけど、違った?」
「……分かった」
どうやらその通りだったようで、雛山は生徒会入りを了承した。……っていうか、雛山の願望をどうやって知ったんだよ?
「さてと、次は織部君かな」
そして、次なる標的は俺だった。……だが、俺に生徒会のメリットはないはずだ。無駄な足掻きだろう。
「織部君、君はクラスメイトから随分と悪質な嫌がらせを受けているみたいだね。でも―――」
「生徒会に入ればなくなる、とでも言いたいんだろ?」
「……」
聞いているのも手間だし、そろそろ本気で帰りたいので、向こうが言おうとしていることを先回りして言ってやった。
「俺は別に、奴らの低レベルな嫌がらせなど苦にしていない。それより、さっさと帰らせろ」
「何か用事でもあるのかな?」
「……」
これ以上の問答は不要と、俺は立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
「……ふふ、空気の読めない子ね。真理亜」
「ええ、そうね。安奈」
すると、部屋の後方に控えていた双子の女子たちが、そんなことを言い出した。……無視だ、無視。話を続ければ連中の思う壺だ。
「ここで断れば、どうなるのか分かってないのかしらね? 真理亜」
「ええ、そうみたいね。安奈」
……なんか気になることを言っているようだが、聞くだけ無駄だ。無視無視。
「そ、そうだ……! その手があったか……!」
双子の発言に生徒会長が喚いているが、俺はもう扉に手を掛けている。後はこのまま外に出るだけ―――
「織部君……! 君は一般生徒ではないだろ……!?」
「……!」
だが、生徒会長が放った言葉は、さすがに無視できなかった。……どうしてそれを?
「入学時の体力テストでは平均的な数値を記録しているのに、対人戦では全敗。それも、手を抜いているようには思えない。―――加えて、先日のバアル討伐だ。織部君、君は実質一人でバアルを倒した。入学して間もないというのに、だ。これは異例のことなんだよ」
どうして俺の成績を知っているのか……という疑問が沸くも、生徒会なら何でもありかと思い直した。それよりも、現実に迫った問題がある。
「テストは平均的で、実技訓練は最低で、実戦は優秀。……矛盾するこの要素は、君の特異性を示す何よりの証拠だ。そして、このことから、君の正体もある程度推測できる。―――しかも察するに、君はそれが公になると困るだろう?」
なんと勘のいい生徒会長だ……。恐らく、こいつが立てた仮説は、真実とは異なる。もしかしたら、そもそも仮説ですらないのかもしれない。だが、「俺が特別な学生である」という噂が立つだけでも、俺にとっては困ったことになる。自己保身に走る必要はないのだが、今読んでいる「暁の夜空と嫁と愛人」の最新刊が明日発売なのだ。それを読むまでは、大事になるのは避けたい。
「……さて、織部君。もう一度聞こう。君を生徒会に招き入れたい」
「……生徒会長が生徒を脅すなんて、どうなんだよ?」
「それは、事実上の敗北宣言と受け取っていいんだな?」
俺のせめてもの負け惜しみも、生徒会長は余裕の表情でそう返すのだった。……ったく、後で望月に抗議してやるか。あいつが余計なことを漏らしたせいで、こんなことになったんだからな。
◇
……一哉とウルスラが帰り、生徒会室には生徒会メンバーが残った。
「ふぅ……どうにか二人とも勧誘できたか」
「うん。―――織部君のほうはスマートじゃなかったけどね。仕方ないかな」
新入生二人を勧誘して。生徒会長史絵菜と副会長レナは、先程の反省をしていた。……尤も、一哉を勧誘した方法についてはあまり反省していないようだが。
「ふふ。会長ったら、あんなに慌てて、見ているこちらが冷や冷やしましたよ。ねぇ、真理亜?」
「ええ。副会長でも駄目だったときはもう諦めましたけど、手助けして正解でしたわ。ねぇ、安奈?」
「……それについては感謝してる」
史絵菜をなじるのは、双子の姉妹。史絵菜よりも小柄で起伏の乏しい体型は、ウルスラほどではないが、幼い印象を与えてくる。やや茶色の髪をツインテールにしているのも、それを助長していた。……そして、彼女たちの容姿は、顔も髪型も体型も、全て同じだった。双子だからといえばそれまでだが、敢えて同じ格好をしているようにも思えた。
「え、えっと、でも、ちゃんと勧誘できたんだし……」
「里奈。後輩が出来て嬉しいのは分かるけど、反省するべき点は明確にしないと。ねぇ、真理亜?」
「ええ。そうでないと、この時間に意味がないわ。ねぇ、安奈?」
「うぅ……」
里奈と呼ばれた女子生徒は、史絵菜のフォローをしようとしたものの、双子に軽く論破されていた。……ショートカットの髪型に、史絵菜より高い身長。大柄な体格の割に、自信のないオドオドとした態度が気になる女子生徒だ。
「ともかく、明日からは新人も入るし、里奈も、真理亜と安奈も、しっかりしてよ」
そんな三人に、レナがそう言う。……ロン毛を脱色した、チャラい感じの男子。言動もどことなく軽薄だが、先程の交渉では割と策士のようにも思えた。
「は、はい……」
「分かってますわ。ねぇ、真理亜?」
「ええ。勿論よ、安奈」
「……明日から、忙しくなりそうだな」