7.アモン
◇
「……あらら。急いで駆けつけたのに、もう終わってる」
俺がアンドロマリウスのバアルを倒してから数分後。望月が増援を連れてやって来た。二クラス担任の如月、三クラス担任の卯月、四クラス担任の葉月と、一年生担任が勢揃いだ。
「おい、こいつの治療、頼む」
「あ、雛山さん……もしかして、巻き込まれた?」
「素手でバアルと戦おうとして、この有様だ。俺が割り込まなかったら、死んでたかもな」
「うわぁ、それはちょっと笑えないかな……最近、お偉いさんがうるさいんだよね。「我が日本の大切な国民を危険な目に遭わせるな」って。先に徴兵制を復活させたのはそっちなのにね」
「その辺の話をされても困る」
状況報告をしていたはずなのに、何故か政治の話になっていた。……俺は人の世に馴染めておらず、そもそもエクソシストに関する政治的な事情も全く知らない。そんな奴に言われても困るだけだ。
「あはは、それもそっか。とりあえず、葉月先生は雛山さんの手当てをお願いね」
「はい」
望月は笑いながら、葉月に指示を出した。……っていうか、血塗れの生徒を放置して政治話するなよ。それでも教師なのか?
「ああ、それと。あなたにはこのまま学校まで来てもらうからね」
「何故だ……?」
これでお役御免、さっさと帰ろうとしたら、望月がそんなことを言い出した。
「バアルとの戦闘があったら、戦った生徒は報告書を纏めないといけないの。尤も、生徒は報告するだけで、実際に書くのは私の仕事なんだけどね」
「面倒だな……あんたが倒したことにしてくれよ」
「だーめ。一応、少なくない単位や特別ボーナスも支給されるから、簡単なバイトだと思って諦めて。実質一人でバアルを倒したんだから、一年で必要な単位を全部取れるかもね」
融通の利かない担任教師はそう言うが、俺はいくつかの授業が免除されている上に、単位が足りていても必修教科は必ず履修しなければならない。それに、私生活でもラノベ以外に金を殆ど使わないので、ボーナスにも興味がない。その金でラノベを買い足しても、どうせ読み終えるのに時間が掛かるのだから、全く旨味がない。
「さ、来て頂戴。男は諦めが肝心だよ?」
「……はぁ」
こんなことなら余計なことに首を突っ込まなければ良かった。そう思いながら、俺は望月に連行されるのだった。
◇
……翌朝、校内は一時騒然となっていた。「織部一哉がバアルを倒した」という情報が、生徒たちの間で出回っていたのだ。
「……この学園は、情報管理とやらが杜撰なんだな」
「そんなことを言いに、態々教官室まで来たの?」
そして放課後、俺は望月の教官室を訪ねていた。理由は、文句を言うためが一つ。……朝から生徒の間で、先のことが噂になり、教室の空気が気まずかった。それだけなら実害がないのでいいのだが、問題は午後の実技訓練。対戦相手に選ばれたのは俺より数段順位が上だったのだが、噂のせいで怖気づいたのか、全然攻めて来なかった。故に渋々こちらから仕掛けて、咄嗟の反撃で吹き飛ばされ、調子に乗った相手から執拗にボコられるという、何とも形容し難い結果になったのだ。別に痛みも怪我も構わないのだが、それでも理不尽ではある。その原因を作った学園の体制にクレームの一つもつけたくなるだろう。
「それは前にも言ったと思うけど、あなたの存在は色々と都合がいいの。……人間としては最弱だけど、バアルを単独で撃破できる実力の持ち主。そういう子がいると、自分の力を過信したり、逆に非力を嘆いたりする生徒が減るの」
「そのために、俺の学園生活を犠牲にするのかよ?」
「あなたが学園生活を送れるだけでも、かなり譲歩したほうだと思うけど?」
望月の述べた理由に俺は不満を漏らすが、逆に痛いところを突かれてしまった。……本来、俺は学生になんてなれない。そもそも、人間として生活できていること自体が奇跡のようなものだ。それなのに、平穏な学園生活を望むのは、さすがに無茶だったのか。
「まあ、あなたがそれだけ人間生活を気に入ってるってことなら、寧ろ喜ぶべきかもだけどね」
「だったら、俺の学園生活のために、一つ教えろ」
「なあに?」
そして、俺がここまでやって来た、もう一つの理由。それは、望月に聞かなければならないことがあったからだ。いや、別に望月である必要はない。だが、この女に聞くのが一番いい。何せ、一応は俺の担任なのだから。
「生徒会室ってどこにあるんだ?」
「……どうしたの? 急に」
俺の質問に、望月は変な顔をしやがった。……生徒が教師に、学校設備のことを尋ねるのは普通じゃないのか?
「呼び出されたんだよ。生徒会長とやらからな」
「……あー。あの子達なら、あなたに興味を持つかもね」
どうやら望月は、生徒会長とやらと面識があるらしい。納得したように頷いた後、俺に生徒会室の場所教えてくれた。
「ふむ。では行って来る」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
俺は望月に見送られながら、生徒会室へと向かった。
「……ここか」
校舎の片隅、人気のない場所で。目的地である生徒会室に辿り着き、俺はドアに手を掛けた。
「失礼する」
望月から習った最低限の礼儀を尽くし、部屋に入る。……部屋は、普通の教室より幾分狭い。そしてその部屋には、六人の人間がいた。そして、そのうち一人については、俺も知っている人物だった。
「……雛山か」
「あ、織部君……」
その一人とは、金髪の華奢な女子生徒、雛山ウルスラ。昨日の一件以来、こいつとはまともに会話していない(そもそも普通に話すような間柄でもないが)。どうしてこいつがここに……?
「ふむ、揃ったようだな」
そして、雛山と向かい合って座っているのは、別の女子生徒だった。肩に届くほどまで伸ばした黒髪と、バランスの取れた体型。別に大柄なわけではないが、小柄な雛山と並ぶと、大女に見えてくる。
「織部一哉君だな? とりあえず、こちらへ来るといい」
「……」
俺は言われた通り、そいつの前までやって来る。雛山の隣に立って、そのまま周囲を確認する。……眼前の女子生徒以外には、四人の生徒がいる。女子生徒の隣に男子生徒が一人。俺の後ろには女子生徒が三人。その三人のうち、二人は全く同じ顔をしていた。双子という奴だろうか?
「ようこそ、生徒会へ。私が生徒会長の刀屋史絵菜だ」
堂々とした口調に態度。凛とした声。……なるほど、これが噂の生徒会長とやらか。