5.マルバス
◇
……翌日。
「さてと。それじゃあ、昨日教えた方術を実際に使ってみよっか」
今日は方術の授業が、体育館で行われた。方術の概要と初歩的な術を教わったため、今日はそれを、生徒たちが実践するのだ。
「じゃあまず、武器強化からね。みんな、手にした武器に祈りを込めてみて」
望月の指示に、生徒たちは手にした模擬戦用の武器に祈りを捧げる―――というか、武器を握る手に力を込めたり、じっと睨みつけたり、目を閉じて精神を集中させたりしている。……方術の基本は祈りと信仰だ。神を信じ武器に祈りを込めることで、バアルに対抗する力を得られる。無論、一朝一夕で身につく技術ではないが。
「せんせーい」
「どうしたの?」
「どうして織部君は参加してないんですか?」
すると、集中力が続かなかったのか、一人の生徒がそんなことを言い出した。……そう、俺は授業には参加していなかった。体育館の壁に寄りかかって、見学していたのだ。
「ああうん、彼はいいの。織部君は方術の実技を免除されてるから」
「どうしてですか?」
「どうしてって……必要ないからかな?」
望月の答えに、他の生徒たちが失笑を漏らした。……というか、ちゃんと集中しないと習得できないぞ。
「……」
「ん?」
すると、俺へと向けられた侮蔑の視線に、一つだけ違うものが混じっていると気づいた。視線の主は雛山だった。……一体、どうしたのだろうか? 悪意が篭っているようには思えないが。
「……」
しかし、俺と目が合うと、露骨に視線を逸らした。……まあ、いいか。
◇
……放課後、ウルスラは。
「……はぁ」
授業を終えて。私は一人で下校していた。……今日は方術の実技があって、精神がかなり消耗した。武術じゃなくて方術なら時間が掛かると思っていたけど、授業中に武器強化は習得できてしまった。何をやってもすぐに取り込んで強くなってしまう、自分の才能に辟易する。
「……このままだと、駄目かも」
この調子で方術まで完璧になってしまったら、私はエクソシストとしても最強になってしまうかもしれない。さすがに、バアルはそんなに簡単に倒せるわけないのだろうけど。それでも、自分なら出来てしまいそうで、それが怖い。
「……はぁ」
普通の人なら、ただの痛々しい妄想だ。けれど、私ならあり得てしまう。……この学校でも、結局私は変わらないのだろうか。
「……ん?」
そんなとき、私は近くに、妙な気配を感じた。……まるで強い悪意のような、それでいて無邪気な、相反する一つの気配。あらゆる武術に通じていただけではなく、期待や嫉妬、様々な視線を受け続けていたからこそ、気づくことが出来た。
「……」
今までに感じたことのない気配に、私はそちらへと振り返った。……無論、そこには何もなかった。ただ、一本の道が続いているだけだ。あそこは確か、屋外訓練場へ続いているはずだったけど。
「……何なんだろう?」
未知の気配に、私は少しばかりの好奇心を抱いた。そして、その屋外訓練場へと足を運ぶのだった。
……その頃、一哉は。
「……で? 何で俺は、こんなことをさせられているんだ?」
「何でって、あなたが暇そうだったからかな」
学校の外、屋外訓練場にて。俺は担任の望月と一緒に、訓練場の整備をしていた。道路を塞ぐ瓦礫を片付けたり、壊れた車をどかしたりと、主に肉体労働だが。
「別に暇ではないんだが」
「だって、ラノベ読んでるだけでしょ?」
「それも勉強だ」
この担任は、俺がラノベで社会勉強をしていると知っている。俺の特殊な事情もだ。しかも、態々俺に本を寄越したりもしている。だというのに、それを暇そうだなどとは……。
「いいじゃない。ここ、結構バアルが出るから大変なんだよ? 普通の生徒には手伝わせたくないの。特に、一年生はね」
「俺より強い生徒ならいくらでもいるだろ」
「あなたよりバアルに強い人なんて、この世界中のどこにもいないよ?」
「それはそうかもしれんが……」
確かに人間としてならば、俺は最弱だろう。しかし、バアルが相手なら話は別だ。バアルが相手なら、俺はそうそう負けない。そういう星の元に生きているのだ。
「……ん?」
そんなことを言い合っていたとき、俺は妙な気配を感じた。吐き気を催すほどに純粋で、汚らしい悪意。これは―――
「どうしたの?」
「噂をすれば何とやらだな」
「まさか……!?」
そのまさかだった。これは奴ら―――バアルの気配だ。ここまで特徴的な気配を間違えるわけがない。
「大変……! すぐに倒しに行かないと―――」
「あっちは俺が対処する。お前は学校へ報告に行け」
「でも……!」
それを聞いて、いち早く現場へ向かおうとする望月を、俺はそう制した。
「こういう場合、人間は「報・連・相」が大切なのだろう? ここは携帯も通じないしな。それに、万が一俺が対処できないタイプだったら、お前がいても足手纏いだ。それならせめて、増援でも呼んでくれ」
「……分かった。けど、無理はしないでね」
俺の正論に、望月は学校のほうへと走って行った。……俺に勝てないバアルがいるとは思えないが、念には念をという言葉もある。そうでなくとも、足手纏いはいないほうが楽だ。
「……さてと、行くか」
俺は早速、気配がしたほうへと向かう。……その途中、俺は瓦礫の中から、物干し竿を見つけた。この辺りにはかつて民家があったから、そこで使用されていたものだろう。
「……ふむ。丁度いいな」
俺の力は、武器がなければ発揮できない。どこかで武器を調達する必要があったし、折角だからこれを使おう。武器としての形をしていれば、それが日用品であっても問題ないからな。
「物干し竿ならば、槍として使うのがいいか」
塗装が剥げて錆塗れだが、振るうのには問題ない。それに、武器としての性能も求められていない。ただ、武器として振るえればそれでいいのだ。
「相手を見ないうちから決めるのは良くないんだが……まあ、この辺なら大体決まってるからな」
そして俺は、この槍に―――物干し竿だが―――与える名前を決めた。かつてここにあったのは、正教系の教会。それを考えれば、おのずと決まってくるのだ。
「―――ロンギヌス」
俺が物干し竿に与えた名前は、ロンギヌス。聖槍ロンギヌスだ。かつて、神の子の遺体を貫いたとされる槍。その槍の名前を、物干し竿に与えた。
「……さて、今度こそ行くか」
ロンギヌスを携え、俺は気配の発生源へと歩いていった。