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3.ウァサゴ

 ……その頃、一哉は。


「……ようやく到着か」

 俺は学校から歩いて、自分に割り振られた寮に戻っていた。……学校があるのは、ここから見える丘の頂上。対して、俺の寮があるのは、町の端っこだ。ここはかつて、どこにでもあるような普通の町だった。しかし、バアルに襲われたことで町の半分が壊滅し、人が寄り付かなくなってしまった。そのため、町全体をエクソシストが買い取り、「A・ジェイク学園」を建設したのだ。バアルによって破壊された教会を校舎に建て替え、破壊された町は戦闘訓練用のフィールドに。無事だった町は生徒の寮やその他施設に流用したのだ。寮には民家が使われていて、俺の割り当ては町の一番外側。学校からは徒歩四十分ほどの距離だ。

「俺の事情が特殊だからといって、この待遇は酷くないか?」

 俺は諸事情により、他者と生活を共に出来ない。そのため、寮には俺一人だけだ。だが、他者との接触を少なくするためなのか、態々寮も遠くにしてあるのは納得できない。そんなことしなくても、俺と仲良くしようなどと考える物好きはまずいないだろう。単に登下校が面倒なだけだ。

「……まあ、嘆いても仕方ないか」

 しかし、文句を言っても現状はどうにもならない。俺はインスタント食品で軽く食事を済ませると、日課である「勉強」を始めた。

「……それで、今日はこれか」

 取り出したのは、一冊の小説。タイトルは「お兄ちゃんのお世話は妹の役目なんだよ?」。……これは俗に言うライトノベルだ。俺は人間社会について疎いので、こういう書物や資料を基に、人間社会―――特に学校生活について学んでいる。

「ふむ。「妹」というのがどういった存在なのか、気になっていたところだしな」

 そして俺には兄弟が―――というか、親類自体が一人もいない。俺の出自を考えれば当然なのだが、それ故に、家族というものに多少の興味がある。そういう意味でも丁度いいな。

「どれどれ……ふむふむ。なるほど、興味深いな」

 というわけで、俺はラノベを読み始めた。……冒頭のページから、主人公とその妹の掛け合いが描かれていた。それによると、妹の主張では「妹は兄の世話(特に下の)を進んでするのが勤め」らしい。だが、兄のほうは「下の世話は妹の役目に含まれていない」と主張している。どうやら、妹の役目については兄と妹の間で認識差が出るものらしい。

「にしても……下の世話というのは、排尿とかの話なんだろうか?」

 そこで俺は、一つの疑問を抱いた。……ここに出てくる「下の世話」という単語。俺の知識が正しければ、排尿の処理をする、という意味だったと思うのだが……。

「もしもそうだとしたら、こいつ、相当な奉仕精神を持っているのかもしれない」

 他人の排泄物を処理するなど、人の世に出たばかりである俺ですら、出来ることなら遠慮したいと思う。それを自ら進んで買って出るのだ、この妹は。しかも、兄の台詞から察するに、別に家族だからといって平気なものでもないらしい。そうなれば、彼女の奉仕精神はなおのこと褒められるべきだろう。

「というか、今の俺に必要な情報じゃないな」

 内容は大変勉強になるのだが、今の俺が必要としている知識―――俺を弱者と罵る連中への対処法は載っていなかった。まあ、最初から期待していたわけではないが。それでも、このままいけば、今日みたいな連中がよりつけ上がるのは目に見えている。今の内に何らかの対策を講じておきたい。

「……まあ、それは後で考えるか」

 しかし、それはそれで別に対策を考えればいいと思い直し、俺は小説を読み耽る作業に戻った。



  ◇



 ……翌日。


「……というわけで、方術というのは、バアルとの戦闘において不可欠なの。バアルには通常の物理攻撃は通用しないから、方術の加護が乗った攻撃を使わないと駄目なのよ。ま、いくら方術があっても、攻撃を当てるのには自分の身体能力を向上させるしかないんだけど。方術の加護があっても、元が弱いと意味ないからね」

 入学式の翌日、初の授業だ。科目は、担任の望月が担当する方術。方術の概要については、今担任が言った通りだ。つーか、いくら初回の授業とはいえ、台詞が説明的過ぎないか?

「方術の基礎は正教の信仰なんだけど、中には北欧神話とか、仏教とか、他の宗教を元にしたものもあるの。ま、うちは正教の学校だから、そういう外法は教えないんだけどね」

 そして俺は、授業を聞く振りをして、昨日のラノベを読んでいた。結局昨日だけでは読み切れず、授業中に読んでいるのだ。

「……って、織部君。いくら君には必要ない授業だからって、堂々とサボるの止めて」

 しかしそれも、担任にばれてしまう。……彼女の言葉で、クラス中に小さな笑い声が生じた。果たして彼らは、俺が担任から怒られたことに笑ったのか。それとも担任が言った、「君には必要ない」という言葉に笑ったのか。もし後者だとしたら、それは重大な誤解だ。

「……」

 しかし、それを大声で弁解するのも変だろう。俺は黙って、本を仕舞ったのだった。……一体、いつ読もうか?



  ◇



 ……そんな感じで授業が進み、午後になって。


「というわけで、今日はクラス対抗戦ね」

 午後からは座学ではなく、実技訓練。しかも今日は、二クラスの奴らとだ。昨日のうちに出したクラス内順位が同じ者同士で戦うらしい。

「じゃあまずは、一位から八位の人ね。一位から四位の人は私、五位からは如月先生のところでね」

 各クラスの上位陣たちが、一クラス担任の望月と二クラス担任の如月の監督下で、試合を始める。……当然、その中には、あいつもいる。昨日、俺を最初に屠った女―――雛山が。

「ぐっ……!」

 彼女のほうに目を向ければ、もう試合は終わっていた。……相手の男子は身長180センチオーバーの大男なのだが、それを一瞬で下したのだ。両クラスの見学者(順番待ちをしてる奴ら)は驚愕しているようだが、それも無理ないだろう。

「はーい、試合終了ね。じゃあ、次」

 そうして、試合は順調に続いていく。徐々に下位の者達が戦うようになっていくのだが、そうなるにつれて、試合は割とすぐに終わっていく。元が弱い分、僅かな実力差が致命的になるのだろう。

「はーい、じゃあ次、残った人たちね」

 やがて、俺の番がやって来た。俺の相手となるのは、二クラス最弱の女子、斉藤。見るからに気弱で、戦闘には向いていなさそうだ。

「はい、スタート」

 望月の号令で、試合が始まる。俺の得物は、前回と同じ槍。対する相手は竹刀。木刀よりも威力が低い武器だが……もしかしたら、こいつは臆病なのだろうか? さっきから、全然攻撃してこないし。

「え、えっと、その……」

 怯えた様子で、弱々しい声を出しながら、こちらに竹刀を向けてくる斉藤。……仕方ない。こちらから仕掛けるか。

「ふっ……」

「きゃっ……!」

 槍を構えて突進した俺に、斉藤は竹刀を振り下ろした。竹刀は見事に俺の額を直撃し―――俺の体は後方へ吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

「ふぇっ……あ、あれ?」

 そういうわけで、またしても俺は最下位―――最弱だった。

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