2.アガレス
◇
……結局。俺はその日、敗者逆トーナメントで最下位だった。つまり、俺はこのクラスで最下位、最弱だということだ。そして、最初に俺と戦った雛山ウルスラは勝者トーナメントでトップになった。彼女はこのクラスで、最強の地位を獲得したのだ。
「……はぁ」
予想通りの結果になって、俺は何度目になるか分からない溜息を吐いた。……今の俺は、どの人間よりも弱い。誰が相手であっても、俺は負けてしまうだろう。チェスのような知能ゲームなら勝てるかもしれないが、体を張った戦闘ではまず勝てない。決闘だけでなく、対人競技なら剣道でも柔道でも同じことだろう。
「はーい。各自使った武器を片付けたら、帰っていいからねー」
担任の声に、生徒たちがぞろぞろと、武器置き場へ歩いて行く。……俺も、さっさと帰るか。
「おい」
そんな中、俺の周りに男子生徒が三名ほど集まってきた。確か、敗者逆トーナメントに出ていた奴らだと思うが……少なくとも、友好的な雰囲気ではないな。
「お前、俺らの武器を片付けておけよ」
「何故お前たちの分まで片付けなければならない?」
「うるせぇ、雑魚が」
突然の不条理な命令に、至極真っ当な疑問をぶつけてみたのだが、返ってきたのはそんな罵倒だった。……どうやら、こいつらは自分より格下の相手を、とことん見下す輩らしい。自分たちだってそれほど上位ではないというのに、寧ろ下位のほうだというのに、おめでたい奴らだ。
「……人間というのは、存外醜いものだな」
呟きながら、俺は自分が使った槍だけを片付けて、その場を後にした。怒られるのは俺ではないだろうし、怒られるとしたらクラス全体の連帯責任だろう。別に問題あるまい。
◇
……その後、別の場所では。
「……はぁ」
入学初日の実技訓練が終わって。私―――雛山ウルスラは、帰宅の途に着いていた。胸に渦巻くのは、落胆と失望。要するに、私はがっかりしていたのだ。
「……」
日本全国から、武闘派や格闘技自慢が集まってくる対バアル戦士育成学校。そこでなら、私より強い人間に出会えると思い、ここに入学を決めた。しかし、今日の訓練では誰も私に勝てなかった。勿論、この学校には強者だけが入学するわけでない。信心深い子もいるし、バックアップや研究目当てで入学する人もいる。それに、武闘派といっても、大抵は喧嘩が強いとか、柔道の全国大会で優勝したとか、そういう人たちだ。―――けれど、一人くらいいてもいいのではないか? 私より強い人が、一人くらいいてもいいのではないか? 他のクラスならいるのだろうか? それとも、上級生にならいるのだろうか?
「……はぁ」
それとも、実技担当の先生なら? それとも他の学校なら? それとも―――バアルなら? そこまで視野を広げないと、私は最強のままなのか。そう思うと、溜息だって漏れてくる。
「……そういえば」
そこでふと、私は今日の訓練でのことを思い出した。―――私と最初に戦った、彼。名前は確か、織部一哉。彼は他の生徒と違って、何というか、威圧感があった。この人なら、私より強いのではないか? そう思って全力で挑んだものの、結局は弱かった。それも、私だけでなく、クラス全員の中で一番。
「……でも」
だけど、やっぱり彼はどこか違う。そう思えてならなかった。……もしかしたら、手加減していたのか。そう思えてしまうくらい、彼との試合だけは腑に落ちなかったのだ。
「……まあいいや」
けれど、考えてもどうしようもない。私は思考を打ち切ると、家路を急いだ。今日は実技訓練だけで授業はなし。後は寮に帰るだけだ。……学校と寮は徒歩二十分くらいの距離で、民家を改造したアパートのようなものだ。そして、私の住まう寮はもう目の前だった。
「あ、おかえり~」
「ただいま」
寮の玄関で私を出迎えたのは、同じクラスの天草志摩子。野暮ったいボブショートの女子で、私とは部屋が隣同士だ。私自身はあまり人付き合いが得意ではないけれど、この子は自分から私に話しかけてくる。人付き合いが得意そうで、少し羨ましい。
「ご飯どうする?」
「適当で」
「もう、その答えが一番困るよ」
私の返答に、天草さんは頬を膨らませて抗議する。……寮での食事は、基本的に学生たちの自炊だ。普通は当番を組むなどして用意するらしいのだけれど、天草さんは自分から炊事係を買って出た。本人曰く、料理は得意なので任せて欲しいとのこと。なので、私も彼女の厚意に甘えている。
「じゃあ、カレー」
「またカレー? 昨日もカレーだったじゃない」
「おいしかったから」
昨日は入寮日だった。そのとき、天草さんは挨拶代わりに、手作りカレーを振舞ってくれた。それがとてもおいしかったからリクエストしたんだけど、それでは駄目らしい。
「……もう。昨日の残りがまだ少しあるから、それで良ければ」
「うん」
でも、結局は私の希望に合わせてくれる。……もしかしてこの子、実はとてもいい人なの?
「それにしても、雛山さんって凄いよね。今日のトーナメントでトップだったし」
部屋へと向かう途中、天草さんがそんな言葉を掛けてきた。……そう、やっぱりこの子もなんだ。
「……別に」
「またまたぁ~。謙遜しなくてもいいよ。実際、私だって敵わなかったし」
そう、彼女も私と対戦した一人だ。だからこそ、私の強さがよく分かるのだろう。……けれど、私はそんな言葉なんて要らない。私は、強さとか、そんなものは求めていない。
「……」
「雛山さん? どうしたの? 気分が悪いとか?」
「なんでもない……ご飯が出来たら呼んで」
「う、うん……」
私はそう言って、自室に引っ込んだ。……天草さんは悪い人じゃない。悪気があってあんなことを言ったんじゃない。それくらいは分かってる。けれど、それでも―――
「……強さなんて」
私は小さい頃から、何でも出来た。特に、武術に関しては神童と呼ばれた。どんな武術でも瞬く間にマスターし、その道を極めた大人ですら容易に倒した。更には、自分でオリジナルの武術まで編み出す始末だ。それ故に、私は常に「最強」と呼ばれ―――常に人の上に立ってきた。誰も、私の隣には立ってくれなかった。私が頼れる人なんて、もっといなかった。
「……誰か、いないのかな?」
私と共に歩いてくれる人、私をリードしてくれる人。そんな誰かを夢見て、私はこの学校へ進んだのだ。だけど、少なくとも同じクラスにはいなかった。だったら、他のクラスには、上級生には、先生には。一人くらいはいるはずだ。
「……でも、どこにもいなかったら?」
その場合、私と釣り合うのは、人間ではないということだろうか? そんなことを考えながら、私は着替えを始めた。