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1.バアル

「……何で」

 全身傷だらけ、血塗れの少女が、呆然と呟いた。

「何であなたが、私より……」

 少女が見ているのは、少年。そして、少年が戦っている、人型の黒い塊。身長二メートルオーバーの黒い人影は、体に黒い蛇のようなものを巻きつけている。その蛇が、少年へと飛び掛り、牙を立てた。

「……ふん」

 しかし、少年は鼻を鳴らすと、手にした物干し竿で蛇を切り裂いた。いともあっさりと、障子を切り裂くように、簡単にだ。

「「最弱」のあなたが、どうして私より、強いの……?」

 人からは「最強」と評された少女は、「最弱」の少年に、目を奪われていたのだった。



  ◆



「―――というわけで。あなたたちはここ、「A・ジェイク学園」に入学を認められました」

 講堂に広がる、理事長の声。……ここは「A・ジェイク学園」。今はその入学式だ。壇上には理事長である若い男が立ち、新入生に向けて演説していた。新入生は、男女併せて百名ほど。いずれも真新しい制服に身を包み、並べられたパイプ椅子に座っていた。

「これからあなたたちは、バアルとの戦いに備え、武術の腕を磨き、知識を身につけ、仲間と共に切磋琢磨してください」

 理事長の話と共に、彼の後方にあるスクリーンに映像が映し出された。映っているのは、黒い塊と、それを取り囲む人の群れ。塊は球体状で、表面に凹凸があり、それは人の顔のように見えた。そこから生える一本の腕には、何か本のようなものが見える。……これは、バアル。数十年前、世界中に突如として現れた怪物だ。

「場合によっては、在学中に実戦訓練や実務に関わる生徒もいるでしょう。そう、まるでこの映像のように」

 バアルはその醜い姿と圧倒的破壊力で、人類を苦しめた。彼らがもたらす破壊と殺戮によって、人類は一時、自分たちは滅亡してしまうのではないかとさえ思っていた。無論、人類だって黙ってやられているわけではない。バアルを異教の悪魔として裁き断罪する者―――エクソシストたちが立ち上がり、人類の救世主となったのだ。彼らはバアルたちをいとも容易く退け、更には奴らについて研究も行った。奴らをバアルと名づけたのも、そのエクソシストたちだ。

「ですが、その経験が、あなたたちの糧となります」

 エクソシストたちは、バアルに有効な戦闘手段を体系化し、一般人でもバアルと戦える方法を編み出した。それにより、多くの人々がバアルとの戦いに参加し、世界は一定の平和を得た。そしてその安寧を維持するべく、世界中に専門機関―――対バアル戦士育成学校を建設した。ここ「A・ジェイク学園」もその一つだ。

「ここで正しく学べば、バアルなどには決して負けません」

 映像の中で、人間たちが黒い塊を倒していく様が見て取れた。ある者は剣で、ある者は弓で、ある者は棍棒で。黒い塊を破壊していく。……っていうか、この映像、戦闘中に撮影したのか?

「―――以上で終わります。皆さん、頑張ってくださいね」

 理事長の話が終わり、入学式も殆どの内容が済んだ。後は細々とした連絡事項を伝え、新入生退場へ。

「……」

 思っていた以上に退屈だった入学式を終え、俺―――織部おりべ一哉かずやは、やや落胆したように肩を落とした。いや、実際に落胆している。自分がこれから学生とやらなのだと思っても、感慨など微塵も沸いてこないし、寧ろ後悔のほうが多い。

「……人間というのも、案外大変なんだな」

 最近人間になったばかりの俺は、そんなことをしみじみと思うのだった。



  ◇



 ……入学式が終わり、新入生はそれぞれの教室へと入った。クラスは四つで、一クラス三十名弱。過密すぎず、過疎すぎず、丁度いい密度の教室内。新入生たちは各自席に着き、教壇に立つ担任教師に視線を注いでいた。


「……はい。みんな全員揃っているみたいだね。私はこの一クラスを担当するのになった、望月美奈だよ。担当教科は対バアル戦闘技術と方術、それと一部の神学かしら。これからよろしくね」

 担任となった女教師は、スーツを着こなした「出来る女」という感じだった。「どこかの会社でバリバリ働いている女性」のテンプレかと思ったが、これでも教師―――この学校の場合、エクソシストらしい。とはいえ、担当教科を聞いている限りは、信仰よりも実戦に特化しているようにも思えるが。

「ある程度は聞いているかもしれないけど、ここは普通の学校じゃないの。一年生では座学が多いけど、実戦訓練が徐々に増えていく。それに、座学も戦術とか方術、神学についてが主だから、普通の勉強は殆どしないの。尤も、二年生ではコースが分かれて、後方支援や研究部門に進む子もいるだろうから、一概には言えないけどね」

 担任の説明通り、ここでは実戦のほうに重きが置かれる。座学と実技でテストをして、実技の成績が悪ければ、例え座学が優秀でも、総合成績はかなり低くなる。バアルと戦う戦士を育てているのだから、それは当然なのだろう。……どうでもいいが、見た目の印象よりも喋り方がフランクだな。学生に親近感を持ってもらうためか? それとも素なのか。

「じゃあ、早速だけど、第一体育館に集合ね。……自己紹介代わりに、みんなでトーナメント戦するよ」

 担任はそう言って、教室から出て行く。……事前に聞いていた話によると。この学校では、新入生は入学式の直後に、クラス全員で実技訓練をするらしい。一対一の決闘形式でトーナメントを行い、敗者組は逆トーナメントを行って、クラス内で順位を決めるのだ。本当に戦闘学校らしい。

「……はぁ」

 先の未来を予測して、俺は溜息を吐くしかなかった。



  ◇



 ……体育館に集合して。体育館と言いつつ、ここは実技訓練用の施設なので、決闘用のリングや武器が用意されている。


「さ、まずは第一から第八試合までよ」

 トーナメントの組み合わせは、担任が予め決めてきたようだ。俺が相手をするのは―――目の前にいる、木刀を構える女子生徒。

「……」

 女子生徒の名前は雛山ウルスラ―――金髪の小柄な少女だ。顔立ちは日本人だが、腰まで届く髪だけでなく、化粧を施していない眉も金色なので、恐らくはハーフなのだろう。日本人の血が濃いのか、それとも単純にそういうものなのか、体型は中学生レベル。腰も足も細いが、その分胸も小さい。要するに幼児体型だ。ここは高校と同じ扱いだから、少なくとも十五ではあろうが……これを幼いと感じてしまうのは、俺が世間慣れしていないからか。

「……はぁ」

 俺は制服姿のまま、溜息混じりに槍を握った。……ここの実技訓練は、制服のままで行う。登下校時や、急な出撃でも戦えるように、体操着のようなものには着替えない方針なのだとか。因みに、手にしている武器はここにあったもの。訓練用で殺傷力は低いが、まあ、殺し合いをするわけでもないのだから、問題ないだろう。というか、俺の場合、どんな武器でも大して変わらない。

「よぅい……スタート!」

 担任の号令で、試合が開始された。―――その直後。

「……っ!」

 俺の体は、一瞬のうちに吹き飛ばされていた。床に衝突し、体中に激痛が走る。

「あらら、こっちはもう終わっちゃったのか」

 担任の残念そうな声。……そう、俺は負けたのだ。あの、雛山ウルスラという少女に。彼女は木刀で俺を殴り飛ばし、一発でKOに追い込んだ。

「……」

 雛山は無言で頭を下げ、リングから出ていく。俺はそれを、体を起こしながら眺めていたのだった。

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