とんとんとん
美しいものを見よう
それだけを見ていよう
紅い夕焼け、静かに寄せる海の波
それらのなんと美しいことか
せめても 美しいものを見ていよう
見ていることしかできないけれど
この胸は、変わらず苦しがっているけれど
世界は 美しいものであふれているのに
その美しい造形も
音色も 光も
なに一つ
それらは 私のものじゃない
例えば、そう。
私は生まれてこなかった
それでも変わらず
寄せては返し、泡を立てては命を育む
例えば、そう。
私が目を回すほど忙しく この光景には気付かない
それでも変わらず
日は沈み、あらゆる色で辺りを焦がす
世界は 輝くものであふれているのに
その美しい造形も
音色も 光も
なに一つ
それらは 私のものじゃない
「さびしいよ……」と
胸の内のこの子は言う
死にたがりのこの子が珍しく
いつもと違うことを言う
私はつい、いつもの調子で
赤子をあやすようにして
とんとんとん
と胸を押さえた