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神の嘘とカセットテープ

 今日もまた、残業を片付けた。人間界の仕事はやりがいがあるし、楽しい。しかし、僕の心はどこかポッカリ空いていた。


 邪神に戻りたい。


 そう、僕はもともとは邪悪なる神であったのだ。悪友と共に邪悪の限りを尽くした昔が懐かしい。

 しかし、神々との戦いに敗れて、邪神はあらかた滅ぼされてしまった。そんな中で、邪神として未熟であった僕は、人間界で生活している。人間界の食事も、住居も、スマートフォンなどという道具にも慣れた。


 もう二度と邪神には戻れない。


 そんな諦めを抱き始めたある日に、謎のメールが来た。安物の布団に寝転がっていた時だった。


”『新しいカセットテープを使う時は鉛筆の軸でちょっと回してから』

 これが何の事か分かる方はお返事ください。”


 僕はほくそ笑んだ。カセットテープ。懐かしい響きだ。昭和生まれの邪神の心がくすぐられた。

 僕はさっそくメールを出した。嫌がらせのために、空メールだ。しかし、返事はすぐに来た。


”やはり同年代だった邪神様(笑)”


 やはりとはどういう事か。まさか、僕の素性が知られているのだろうか。嘘と邪悪の化身として、真実を知られるのは許されない。

 僕は返信をした。ピッチピチの十八歳です、と。これで少しは悩ませる事ができるだろう。

 だが、返事は恐ろしく素早かった。


”嘘を吐くと、閻魔様に邪を抜かれますよ。”


 何を言っている。僕は二枚舌だ。一枚くらい舌を抜かれたって……。

 そこまで思考して、改めてメールを見た。抜かれるのは邪。つまり、僕はただの神になるという。

「ありえんな」

 メールをあざけりながら、削除した。この、あまりにも軽率な行動がのちの悲劇につながるとは知らずに。


 メールを削除した翌日の事だ。ビル街の雑踏から、スクランブル交差点を歩く僕のもとへ、少女が抜け出してきた。金髪を肩で切りそろえた、青い瞳の少女だった。

「こんにちは、邪神様。スーツ姿もお似合いですね」

 出勤途中の僕は、思わず足を止めた。

 白いワンピースに輝く笑顔。眩しくて、目がやられてしまいそうだった。

 しかし、僕を邪神と知っているからには、ただの人間ではない。敵かもしれない。憎たらしい神々の手下かもしれない。威厳を保たなければならない。

 僕はふんぞり返った。

「気安く呼ぶな。邪神たるもの、慣れ合うつもりはないぞ」

「そのつもりです。だって私は、あなたの邪を奪いに来たのですから」

 邪を奪う?

 そういえば、昨日は閻魔が邪を抜きに来るといったメールが来た。ならば、目の前にいる少女は閻魔なのだろうか。


「小癪な」


 くっくっくっと低い笑い声が出てしまう。僕から邪を抜き取るなど、あまりにもばかげている。

 だが、閻魔の笑顔は輝くばかりだ。小さな壺を取り出している。

「あなたの邪悪さを自然エネルギーに変換すれば、きっと多くの人間が救われます」

「ほほう、具体的にどうやるのかな」

「うぐっ。それは神様の検討会で話し合われるのです」

 閻魔の表情が曇る。その表情を見て、僕はガッツポーズをした。

「僕の邪悪さを侮るでない」

「あなたの性格が悪いのは認めますが、邪悪とは程遠い気がします。私達の無計画を指摘しただけで……」

「細かい事はどうでもいい。僕は仕事がある。さっさと行かせてもらう」

 日頃から時間に余裕をもって行動をしているのが幸いして、僕の生活リズムは多少の無駄話ではびくともしない。

 しかし、何故か足が重い。いや、全身が重くなっていた。僕の瘴気が、閻魔の持つ壺に吸い込まれている!

「う、ぐぅ」

 僕は倒れこんだ。息が苦しい。胸が締め付けられるようだ。


「言い忘れていましたが、私の姿は人間には見えないので。あなたは他の人達から、独り言をした挙句に倒れこんだと思われています」


 このタイミングでカミングアウトするのはやめてほしい。

 行きかう車のクラクションがうるさい。いろいろな意味で脱力して、身体に力が入らない。

「さあ、メールを削除した事を素直に謝るのです。嘘を吐いた事も懺悔するのです。あなたが十八歳を名乗るなんて大自然への侮辱なのです」

「邪神が自然に逆らうのは当然の理であぶっ」

 閻魔に踏みつけられて、最後まで言えなかった僕。我ながら不憫すぎる。

 会話をしている間にも、僕の瘴気は壺に吸い込まれていた。

 閻魔が勝利を確信した笑みを浮かべる。

「あなたの邪をすべて抜き取って、ただの神になってもらうのです!」

「いやだあああああああ!」

 僕は叫んだ。

 僕から邪悪さを抜いたら、何も残らない。アイデンティティを失うなんて、絶対に嫌だ!


「自分探しの旅はこりごりだあああ!」


 僕は、あらんかぎりに叫んだ。邪神仲間を失って、悪行をやる気も失せた日々。抜けがらのような日々。あてのない自分探しの旅。そんな日々に逆戻りなんて、絶対に嫌だ!

 刹那、力がみなぎるのを感じた。

 その一瞬を逃さずに、僕は自分を勇気づける言葉を唱えた。


「ぱーぴぷーぺぽおおおおおおおぅ!」


 正義のあんこヒーローに仇名す怪人のセリフだ。昭和生まれの僕には、何よりも力になる。

 閻魔の表情が青くなる。

「そんな、あの名作を汚すなんて……! 邪悪さが強すぎて、壺が……!」

 僕の瘴気を吸い続けた壺は、みるみるうちにひび割れていく。

 とどめを刺すなら、今だ。

 僕の両手に黒光りするエネルギー球が集まる。

「はめはめはあぁぁああ!」

 本家本元のスーパー野菜人に怒られるのが怖くて微妙に発音がおかしくなるが、ご愛嬌だ。

 エネルギー球が、壺へと発射される。

「きゃあああああ!」

 閻魔の悲鳴が聞こえると同時に、壺は粉々に破壊された。

 瘴気が霧散する。

「久しぶりに力を振るうのは、骨が折れる」

 だが、自然と笑みがこぼれる。僕は勝利したのだ。

 閻魔が悔しそうに涙を浮かべる。

「うう……次こそは、あなたの邪を奪いきってみせます」

 そう言って、閻魔は走り去っていった。

 ここで一つ、問題がある。

 僕の瘴気は、戻ってきてくれない。僕と同等以上にひねくれていたのだ。命令など聞かない。力づくでかき集めたいのだが、そんな力は残されていなかった。

 瘴気は、おのおの散らばる。集める暇がない。仕事もあるし。せめて、僕の手足となる部下がいれば……!

 そこまで考えて、僕はひらめいた。

「会社で偉くなって、僕の瘴気を手下に集めさせよう」

 さすが邪神、まがりなりにも神と名のつくもの! 信者がいれば、自分で働く必要などみじんもないのだ。

 僕の足取りは軽くなった。

 この時に会社を遅刻する言い訳を考えておかなかった事を後悔するのは、また別の話――

 

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