不器用な犯行
どうも。棒野菜です。ジャンル推理にしようかと思ったけど全然推理しないからやめました。
健二さんを殺そう。最初にそう提案したのは、健二の不倫相手である藤堂美咲だった。
健二と美咲が出会ったのは三年前。美咲が会社の取り引きをした時だった。取り引き相手の健二と何度か会っているうちに、二人は恋人関係になっていた。優秀な会社員である二人。このまま結婚しても、生活には問題はない。美咲がそう考え始めた時、健二には結婚して五年になる妻がいることを知った。そこで健二がいない時を見計らい、家に押しかけたのである。
「あの……」
妻、榊原杏里は突然の提案に驚きながら目をしばたたせた。
「私達、彼に騙されていたんです。何年も。許せない。きっとこの事を彼に話せば、金を持ってどこかへ逃げるに違いありません」
美咲はもう一度杏里を見る。自分の旦那の不倫相手だというのに、怒った表情を一度も見せない。一瞬動揺したようだったが、すぐに諦め、最終的にお茶の準備をし出したくらいだ。健二に強く言える訳がない。彼は口が上手いから、きっと言いくるめられて離婚届にはんを押してしまうに違いない。そう考えて美咲は大きくため息をついた。
「悔しくないんですか?」
「悔しいですけど、殺すなんてそんな。私、すごく不器用なんです。料理だってろくに作れない。ご迷惑をおかけするだけです。私は黙っているので、どうかお一人で」
確かに一人で実行する考えも美咲の中にはあった。さっきから杏里はお茶をこぼし、湯飲みを倒し、何一つ上手く出来ていない。それに時間がかかり過ぎだ。そんな杏里は美咲の計画にとって、足手まといにしかならない。だが、話してしまったからには共犯にさせる必要があった。上手くいけば罪をなすりつけて自分だけ逃げられるかもしれない。そんな考えもあり、美咲はどうにか杏里をこの計画に参加させたかった。
「健二さんを殺せばお金が入ります。準備は全て私がやります。あなたにはいくつか手伝いをしてもらいますが、難しくありません」
「でも……」
「あなたがやらないと言うなら、私もやりません。健二さんに全てを話します。そうすれば彼は私達の元から去るでしょう。彼は一銭もあなたのために払いませんよ? 健二さんがいない、お金もない。あなた、ちゃんと生活出来ますか?」
美咲の言葉に、杏里は黙ったままだった。しばらくして、小さくうなずいた杏里を見て美咲は安堵した。
「それでは、全て任せてください。警察にも言わないように。言えばあなたも罪に問われますからね」
二、三日は何もなかったように過ごすよう、美咲は釘を刺し、誰にも見られないように、裏口から出て行った。
二日後、美咲はまた杏里を訪ねていた。
「事故死に見せかけます。窓がおかしいでもなんでもいいので、健二さんを窓に近づけてください。後は私が後ろから突き落とします」
杏里は力強くうなずいた。美咲は手元の湯飲みに口を付ける。その日のお茶は、美味しい気がした。
そして犯行当日。美咲は杏里達の寝室にある押し入れの中に隠れていた。杏里が、ここならばばれないと言った場所だ。杏里がやったのか、元からあったのか、小さな穴が空いていて中からでも外の様子がよく見えた。
「どこだよ」
「そこの窓よ」
話し声とともに、健二と杏里が寝室に入ってくる。
「大きなハチの巣なの。外からの方がよく見えるわ。少し待ってて」
杏里が階段を下りていく。これは美咲が教えたことだ。これでより、事故だと思われやすくなる。
「窓の上の方よ。よく見て」
杏里の指示通り、健二は窓の上を見る。緊張のせいか、昼間だからなのか、美咲の体が少し汗ばみ始める。
「よく見えないぞ」
「もっと上よ。よく見て」
健二が窓の外に身を乗り出す。今だ! 美咲は素早く押入れから飛び出し、健二の背中を押した。健二の体はそのまま落下し、ぴくりとも動かない。
「やった」
美咲は慌てて階段を駆け下りる。ここで杏里が警察を呼び、そのうちに美咲は裏口から外に出る。そういう計画だった。
「きゃああああああ!」
庭の方から叫び声が上がる。杏里の声だ。叫び声も計画のうちだった。美咲は何食わぬ顔顔で裏口のノブに手をかけた。これで保険金の半分は自分の物だ。その喜びもあり、にやついた顔を必死に抑えながら美咲はノブを回す。
「女の人が突然。きっと裏口から……」
家の中から声が聞こえた。その声に美咲は思わずノブから手を離す。そんな言葉は計画にない。どたどたと後ろから足音がする。その音で美咲は我に帰り、慌ててノブを回した。
「見つけたぞ!」
腕を引っ張られ、その場に組み伏せられる。美咲は驚きで声が出なかった。まだ警察は来ないはず。ならこの手は隣人か誰かだろうか。
「榊原さん、この人は?」
男の質問に、杏里はすぐに答えない。美咲は杏里の顔を見ようと身をよじるが、更に強い力で押さえつけられた。
「いえ、知らない人です」
杏里の言葉に美咲は目を丸くする。美咲が反論しようと口を開いた時、パトカーのサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。
自分が杏里に騙されていた。そう美咲が気づいたのは、警察のこの言葉だった。
「お前だな。ここの主人につきまとっていた女は」
反論しようにも、証拠がいくつもあった。美咲が裏口からこっそり出て行く姿は目撃されていた。そして押し入れの穴。押し入れには美咲の指紋が残されている。言い逃れは出来ない。
警察が美咲をパトカーに乗せる一瞬、美咲は杏里の方を向いた。呆然と美咲を見る杏里は、ストーカーに旦那を殺された哀れな主婦そのものだった。しかし美咲は確かに聞いた。
『あなたの計画は完璧だった。だからさぞ、驚いたでしょうね。でも良かったわ。上手くいって。私、初めてちゃんと出来たみたい』
と、杏里の目が語っているのを。パトカーの中でサイレンの音が繰り返し聞こえてくる。そんな中、杏里のその目が美咲の頭にしっかり焼き付いていた。
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