ひめだらけ!―アンエイブル改造計画―後篇
「さーて、次はかぐや姫の部屋か。特に不安もないし、見るもんもなさそうだけどな」
王子は、同じく隣を歩く白雪姫に向かって言う。
ゆっくりと歩きながら会話ができるほどに長い廊下を持つというのは、相当に巨大な家屋である必要があるようにも思うが、そのあたりはご想像にお任せする。
「いやいや、案外面白い部屋」
くくく、と白雪姫が小さく笑い声を漏らすのが不安を掻きたてるが、まさかダメ人間二人組よりも部屋が散らかっているというのもにわかに考え難い。
なにを以て面白い部屋と言わしめるのか、王子が首をひねる間に「かぐや姫」とやたら達筆なプレートが掲げられた部屋の前に到着する。
「かぐや姫の部屋だけ和室だったのは分かってたけど、この部屋ってふすまだったか? 純和風とかならともかく、唐突にふすまの和室になってるっておかしくないか?」
「細かいことを気にしてたらこの世界やっていけない」
王子の疑問を捨て置き、白雪姫は無遠慮にふすまを開いた。
スゥーッ、トンッ!
勢いよく開かられたふすまの音に、
「えっ? な、なによっ!?」
綺麗に敷かれた布団の上に寝転がって本を読んでいたかぐや姫は飛び起きる。
そして、部屋に入った王子が最初に目にしたのは、
大量の本、本、本。
古めかしい本棚には、少なくとも百年の単位で年を経ていると思しき和綴じのものが多く並び、その中につい最近買ったのではないかという文庫の小説、さらにはライトノベル、極めつけは『源氏物語 雲隠』とのタイトルの、あってはならない書籍まで、和書を中心としているという傾向はあるものの、かなり幅広く、かつ膨大な本で埋め尽くされていた。
そう、かぐや姫は相当な書痴である。
さすがは日本最古の物語の主人公だ、とでもコメントすれば良いのだろうか。
「うわっ、すげぇ部屋だな」
「でしょ?」
しかし、二人のこの会話は、その大量の本だけに向けられたものではなかった。
「ちょっ、あんたらなに……」
ぱくぱくと口を開けるだけだったかぐや姫は、急いで手に持っていた物を隠すが、その行動にほとんど意味はなかった。
「なんつう、ぬいぐるみの数……」
そう、この部屋に大量に蒐集されているものは本だけではなく、かわいらしいぬいぐるみの数々である。本格的なテディベアの類から、なんとも名状しがたい表情をした、いわゆる「ゆるキャラ」と呼ばれる類のキャラクターグッズまで、様々だ。
ちなみに、つい先ほどかぐや姫が慌てて背中に隠したのは、その中でも特にお気に入りと思われる、和風なちりめんでつくられた、ピンク色のかわいらしいクマのぬいぐるみだった。
「うう、うっさいわね! そ、そもそも、なに人の部屋にノックもしないで入ってきてるのよ!」
「いや、ふすまってノックして開けるもんじゃねぇだろ」
「というか、わたしは良くこの部屋に来てる」
「え、そうなの?」
「ラノベに関してはこの部屋の方が多いし、部屋きれいだし」
「へぇ」
「私の部屋から持ってきて、二人でゲームとかもしちゃう」
「へぇ、お前らそんな仲良かったっけ」
となると、部屋に入ってきたことにやたら怒っていたのは、男性たる自分がついてきたのが原因だったのだろうか。羞恥心というものが全くといっていいほど欠如している他の住人達に比べれば幾分正常な反応というべきだろう。
ぬいぐるみを見られたくなかったというのも、いかにも女の子らしいというものだ。
「な、なにニヤニヤしながらこっち見てんのよ! とっとと出ていきなさいよ!」
かぐや姫の趣味や、何気に白雪姫と仲良く遊んでいることなど、色んな意味合いを込めて向けられていた王子の視線に耐えられなくなったらしい。
「いやいや、そういや用事があって来たんだった」
「そうそう、遠藤さんを……」
「は? 遠藤さん?」
「……あれ? 遠藤さんは?」
「あれ?」
「なに言ってんのよあんたら……」
二人して首をかしげる白雪姫と王子に、かぐや姫が呆れ顔で言うが、本当にここまで忘れていたのだから仕方ない。少し記憶を遡れば、確かに流れで掃除を申し付けていたような気がするし、その時になにかこちらに文句を言いっていたような気もする。
「当初の目的をすっかり忘れてたな……」
「遠藤さんの存在感マジ半端ない。主に悪い意味で」
「仕方ないから、眠り姫の部屋に迎えに行くか」
「仕方ないね」
二人で結論に達し、かぐや姫の部屋を後にしようとする二人。
「ちょっ、あんたらホントに何しに来たのよ!! 辱められ損!!?」
スゥーッ、トンッ!
かぐや姫の怒りの声は、襖を閉じる音にかき消された。
○
「おーい、掃除は終わったかー?」
言いながら、王子は眠り姫の部屋を空ける。
「終わったのじゃー」
「終わったよーん」
二人がベットに寝っころがる部屋は、確かに物が片付き、随分と片付いていた。
しかし、問題が一つ。
「シクシクシクシク……」
部屋の隅で、遠藤さんが湿っていた。
「え、遠藤さん?」
「さっきからその調子なのじゃ」
「ねー」
能天気に答える二人。
しかし、心当たりがある王子は、しかたなく遠藤さんをなだめる。
「いや、あの、忘れてたわけじゃなくてな……」
「シクシクシクシク……」
「いや、忘れてたわけだけど」
「シクシクシクシクシク……」
「悪かったって。ほら、あとで白雪姫の部屋見に行こうな」
「うぅ、ですからなんども申し上げましたのに……」
「いや、だから、ほらな」
「しかも、掃除もほとんど私がしていたのです……」
「おいこらお前ら!?」
「zzz……」
「ぐーーーー……」
一瞬でたぬき寝入りに入る眠り姫と人魚姫。怒られ方が堂に入っている。
「分かった分かった。悪かったって。あとでハーゲンダッツ買ってやるから」
「仕方ないのです」
ハーゲンダッツ一つで機嫌が直る遠藤さんに、若干の不安が残らなくもないが。
「そういえば、人魚姫はそもそもなんでこの部屋で寝てたんだ?」
「え゛?」
「……おい」
「い、いやいや、やだなー。たまたまだよたまたま。ほらボク人魚姫と仲良いからさー」
「先週あたり、部屋が汚すぎて寝るところがないとか言って転がり込んできたのじゃ」
「ちょっと!?」
思わぬ仲間内の裏切りにより、あっさりと事情が露見した人魚姫は慌てる。
「おい、こいつの部屋確認しに行くぞ」
「ちょちょちょちょ! それはマズいって! 今はマズいってばよ!」
慌てて立ち上がり、二人の行く手を遮ろうとする人魚姫に
ジュッ。
「あっつぅ!?」
白雪姫がどこからともなくお湯を取り出し、人魚姫に上からかける。
ビチビチビチビチ!!
「ぎゃー! こんなところでボクの設定が活きてもうれしくないよ!」
激しく跳ねる人魚姫を捨て置いて、人魚姫の部屋の前に立つ、王子と白雪姫。
「開けるぞ」
「うむ」
ガチャ――バタン!
一瞬垣間見えた、室内の惨状を確認し。
「お前、いますぐ一人で、自分の部屋なんとかしろ。明日までに片付かなかったら、お前ごと直接焼却炉送りだ」
「ぎゃーーす!!」
王子は、執行猶予付の死刑を申し付けた。
○
そしてようやく、最後の部屋である白雪姫(と親指姫)の部屋を確認しに向かう。今度は遠藤さんも忘れずに連れて来ている。
――連れて来ている。一度後ろを振り返り、確認作業も怠らない。
「で、お前らの部屋はどうなってんだ?」
「いたって普通の部屋」
「びっくりするくらい信用できないのです……」
「あんな生き物飼ってる段階で普通じゃないしな……」
「さぁ、ここが私たちの『城』」
「いやだから意味のない意味ありげな言い回しはやめろ」
白雪姫の部屋には、他の姫君達と同様、ドアに「白雪姫」と書かれたプレートが提げられている。が、唯一違うのは、その下に明らかに後から足されたと見える「おやゆびひめ」の名前があり、連名になっている点である。ひらがなである上に、やたら文字が崩れているのだが、まさかあの小動物が筆を取り、自ら記したのであろうか。親指サイズの姫君が巨大なマジックペンと格闘する様子を観てみたいところだ。
「ところで、だ」
ガラガラガラガラガラ
「部屋の中からなにかが回転運動してる音がするんだけど、部屋の中で怪しげな生産工場とかが運転してたりしないだろうな」
「いやいや、無害かつエコな類の回転運動だから」
キィっ……
「あ、まだ心の準備が……」
なんとなしに自分の部屋のドアに手をかける白雪姫を、何を想像したのか遠藤さんが制止しようとするが、あっけなくその内部が詳らかになる。
ガラガラガラガラガラ
「あ、親指姫さん……?」
部屋に入って最初に目についたのは、大きめのケージの中で回し車の中に入って走る親指姫だった。
「おーー? なんだ、王子と、遠藤かー?」
一度こっちを向きながらも、ハッハッと息を切らし、再び回し車に熱中する親指姫。
「いやまぁ、最初からそんな気はしてたけど、事実だとは信じたくなかった……」
仮にも世界的な童話のヒロインたる姫君が、嬉々として回し車に回転を加える様子は、可能なら目にしたくはなかった。
「いやいや、これ、すげーん、だって! よっと!」
「あ?」
そう主張する親指姫は、走りながら時々、ジャンプをしてみたり、前方にパンチを放ってみたり、謎のアクションをしている。
気になった王子と遠藤さんが近づくと、回し車にはなにか機械装置が付いているのが分かった。親指姫の後ろから覗き込めば、その滑車の進行方向には、携帯電話のそれとほぼ同じサイズのディスプレイが置かれ、さらによく見ればそのディスプレイ上には親指姫と思われるキャラクターが走り、その進行方向からはモンスターだの、車両だの、落とし穴だの障害物だのが流れて来ては、親指姫が動くのに連動して、障害物を破壊したり、回避したりというアクションを繰り広げていた。
「なるほど、回し車がゲームになっているのですね」
「そう、私が開発した」
「なんだその無駄なスキル……」
「いずれこれを大きくして、誰もが楽しめるようにするから待っていてほしい」
「いらんいらん」
ゲームセンターに巨大な回し車が置かれる様子を想像し、王子はかぶりを振った。
「それにしても……」
王子は、二人の部屋を見回す。
そこは、眠り姫や人魚姫のようなごちゃごちゃと(人魚姫に関しては到底そのような表現で足りるものではなかったが)したものではなく、どちらかと言えばかぐや姫の部屋と近いものがあった。
大量の電子機器、特にPC周りに設置された複数のディスプレイやハードディスク、ゲーム機器、綺麗にケースに入れられ陳列しているフィギュアの類や、ポスター、マンガ、アニメのブルーレイディスクなどなど、とにかく恐ろしい物量を誇るものの、全て整然と陳列され、雑然とした印象は無かった。
どうしたことか、同じ間取りであるはずが、他の住人に比べそもそも部屋の空間が広いような気がするが、その点については当面目をつぶることとしよう。
「それにしても、思ったよりは普通でしたね…」
「確かに」
そう、部屋に入る前には散々恐れていたのだが、入ってみれば案外普通で拍子抜けすらしたと言える。
「だから普通の部屋だと言ったのに」
白雪姫はそういうが、この姫君を信じろというのが無理という話だ。
「いやー、楽しかったぜー!」
こっちの話を一切聞かず、ひとり回し車のゲームをしていた親指姫が、回し車から降り、ゲージから外に出る。
見れば画面上に『43stage CLEAR!』と表示されている。一体このゲームはいくつステージがあるのだろうか。
「で、おまえら何しに来たんだ?」
「いや、この部屋をチェックしに来たんだけど、案外普通の部屋だったな」
「ほー。そうなのか。……あれ? そういや白雪姫、あのかくしべ ぎゃっ!?」
そこまで言いかけた親指姫が、突如として倒れた。
「お、おいどうした?」
「どうやら疲れて眠ってしまったよう」
もともと表情が少ない白雪姫が、さらに表情を失って親指姫を手に乗せ、優しくベットの上に下す。同居人を心配してのことだろうか。親指姫が一体何を言おうとしたのかも気になるが、眠ってしまったのなら仕方ない。
「じゃあそろそろ俺達も部屋に戻るか」
「そうしたらいい」
「そうしましょうか」
こうして、姫君達の部屋を見学して回るツアーは、割と普通に幕を閉じたのであった。
○
「いやー、ホントおまえらは部屋ひとつとってもアクが強いのな」
白雪姫の部屋を出たところで、三人集まり本日の総括を行う。
「個性と言ってもらいたい」
「今日見たみなさんの部屋を参考に、私も部屋から個性を磨こうと思うのです」
「人魚姫と親指姫はやめろよ」
「では、私はそろそろ自室に戻りますね」
「お-、また後でな」
そう言って一礼し、廊下を歩いていく遠藤さんを見送りながら、白雪姫がぽつりと言う。
「……ところで、王子は遠藤さんの部屋ってこの家のどこにあるか、覚えてる?」
「何を言ってんだ、そんなもん……あれ? そういやどこだっけ?」
いくら大きさが不詳な家屋であるとはいえ、住人の住む部屋の位置が分からなくなるものだろうか。
「実は私も、遠藤さんの部屋だけは見たことがない。どこにあるのかも、覚えてない」
「お、おい、それって………」
二人は、いままさに立ち去ったはずの遠藤さんに視線を戻すが――
「多分、用事がないから忘れたんだと思う」
「あー、確かにな」
――いつの間にかその姿が消えていた、であるとか、唐突にホラー展開が起こることもなく、遠藤さんが廊下を突き当たって右、かぐや姫の隣の部屋に入っていくのが見えたのであった。
めでたしめでたし。