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アンウィリング家事対決―後篇

数分後―

「んゃぁ!?」

 早くも、風呂場の方から悲鳴が上がる。すくなくも家事をしていた者の発する声とは思えない。

「どうした!?」

 声の主が不思議生物の人魚姫だっただけに、例えば洗剤をひと箱洗濯機にぶち込んで、家中を泡だらけにするだとか、とんでもなくベタな事故を起こしたのではなかろうかと現場に急行した王子は、


 ピチピチピチピチ


 脱衣所で横たわり、必死に暴れる活きの良い魚類を発見した。

「……おい」

「ごめんごめん。普通に水道水に触れちったー。お湯を、お湯をかけてぇー」

「一番重要な設定を自分であっさり忘れてるんじゃねぇよ。それなかったらお前ただのダラダラしてる人じゃん」

 王子はお湯(熱湯だと熱いらしいのでぬるま湯)をかけてやりながら言う。

「でも、これじゃボクには家事はムリだよねぃ?」

そう返す人魚姫は、見たことの無いような良い笑顔だった。

「ゴム手袋があるじゃねぇか」

「あ……そうか……。その手がありましたね……気づかなかったです……」

 一転、心底残念そうな声を出す人魚姫。

「敬語になっちゃうくらいショックなのかよ。そんなに仕事したくないのか……」

「人が動くと書いて働くと読むんだから、半魚人のボクが働いてもどうせ半分しか働けないよ?」

「自分で半魚人とか言うんだ……。プライドとか無いんだな、お前」

 

 最早人として(人魚だが)行き着くところまで行き着いてしまった人魚姫を、寒々しい気持ちで諦めながらも一応洗濯を続けるよう指示を出してから、かぐや姫の様子を見に行くことにした。担当は料理である。

 途中、眠り姫に掃除を任せた居間を覗いてきたが、当然のように眠りについていた。

 しかも、何故か遠藤さんも一緒に。目から涙の筋らしき跡がみえたところから、おそらく、出番が無いことを憂いて不貞寝したのだろう。どちらも違う意味合いで詮方ないので、見なかったことにして、王子はキッチンへ急いだ。


 「………」

 

 廊下を歩く王子の耳に、なにやらぶつぶつと言う一人事が聞こえた。発生源は目的地のキッチンから。

王子が気づかれないように、陰から覗くと


「まったく、なんで私がこんなことを……とりあえず、ご飯を炊くのよね」

 ザラザラザラザラザラ

 独りごちながら、かぐや姫は米を入れたケースから、炊飯器の金属製のボウルへと米を移す。計量カップなどの計測器を使わず、明らかに目分量だ。いや、そもそも計量という概念がないのかもしれない。

「えっと、次はお米を洗うのよね」

 言いながら、洗剤に手を伸ばすかぐや姫。

「……っ!」

 あまりにも使い古されたベタな間違いに王子は口を開きかけるが、これもなんとか堪える。

「……って、よく考えたら、食材に洗剤なんか使わないわよね」

 今度はおおっ!と歓声を上げたくなるのを我慢した。日本人として当然のことに気づいてくれたようだ。

「そういえば、おこめって『研ぐ』っていうわよね。じゃあもしかして……」

 そういうかぐや姫が取り出したのは

 ――包丁用の研ぎ石だった。

「王子のヤツ、まさか毎日米を一粒ずつ研いでるのかしら……物凄い手間をかけてるのね……!!」

 いいながら、米を一粒を摘み上げ、苦心しながら研ぎ石にかけるかぐや姫。

「お約束で終わらない奴だな……悪い意味で」

「あ、お、王子!? なによ、なにか間違ってた!?」

「違う……何もかも、エブリシング、徹頭徹尾、一から十まで、阿から吽まで全部違う……」

「聞いたことのないレベルで全否定された……」

「大体、お前最初に洗剤入れようとしただろ。お前は『やってTRY』に出てくるギャルかよ。『TRY娘』かよ。いや、最終的にそれよりひどいところに着地したわけだけど」

「なんであんたは昼間にやってるワイドショーの1コーナーを詳しく覚えてるのよ。どんだけ日本に詳しいのよ、外国人」

「おまえは、日本の主食の調理法くらい勉強しておけよ、日本人」

「……私、月人だし……」

「最低な言い訳だ……」

 ついに自分の設定を怠惰の言い訳にしだした、こちらも落ちるところまで落ちた姫君を叱りつけ、事細かに米の炊き方を教えた王子は、キッチンを離れた。


 途中、再び居間を覗いたが、転がっている姫君の中に白雪姫が増えていた。抜け目の無い生き物なので、恐らく適当に掃除を済ませてから昼寝に参加したのだろう、遠藤さんの太腿に頭を乗せて眠りこけている。


 ちなみに、眠り姫も遠藤さんの腹を枕にしている。遠藤さんがなにやら苦悶の表情を浮かべてうなされているのはそのせいだろう。もう一つついでに言うと、眠り姫の額に『肉』の文字があるのは白雪姫の仕業だろうか。先刻のあいさつといい、いつの間にキン肉マンブームが起きたのだろう。矢張り、あらゆる意味で打つ手がないので、再び見なかったことにして、一応洗濯を続ける人魚姫の元に向かった。


「んぎゃぁぁあああっ!?」


 すると、突如、というか狙いすましたタイミングで、風呂場の方から大きな悲鳴が聞こえた。

 今度は洗濯機でも壊したか、まだ新しいのに……などと、半ばあきらめながら人魚姫の元に急ぐ。

「おい、今度は一体なにがっ……」 


ビチビチビチ


 今度は活きのいい魚が洗濯機の中に頭を突っ込んでいた。しかも今度は魚部分しか見えない上になにやら必死である。王子は黙って引き上げる。

「し、死ぬかと思ったー」

「ボタン押してたら死んでたかな。惜しいことしたな」

「それじゃすり身ができちゃうってー」

「つくねにして鍋で食ってやろうか」

「王子がボクを食ったらカニバリズムって言うのかねぇ?」

「心底どうでもいい……」

 そもそも、人魚を殺すと殺人罪が適用されるのだろうか。ただ、ペットを殺した場合でも現行法上少なくとも器物損壊罪には問われるはずで、こんな不思議生物のために人生を棒に振るのは御免だった。


「ああ、結局我が家の住人はどいつもこいつも役に立たなかったわけだな……」

 ダイニングから、居間に転がる遠藤さんと眠り姫、そして席に着くかぐや姫と白雪姫を眺めながら、お茶をすすり、王子はため息をつく。

「これまで通り遠藤さんと家事をやれということ」

「少しは悪びれる様子を見せろ」

「というか、私たちは役にたったじゃないのよ」

「どの口で言うんだ、お前は。白雪はまだしも」

「……ところで、ねぇ王子」

「あ?」

「……親指姫は?」

「……あ」


 ガラガラガラガラ!!


けたたましい音が、表から聞こえる。

「な、なんだ?」


『よーしお前ら、ご苦労! 各自解散していいぞっ!』


 さらに、どこかで聞いたようなキンキン声。その持ち主は、世界最小の姫君だ。

 慌てて表に出た王子はその一声と共に解散していく無数の小動物と、L字台車の取っ手部分に乗って偉そうにふんぞり返る親指姫を見た。

「……え、え? なにこれどういう事態?」

「買い物を済ませてきてやったぞ!!」


「――え?」


「だから! お前がオレに任せたお使いを、済ませてきてやったんだ!」

 その一声で、王子は思い出す。

「そういや、お前には買い物割り振ってたんだった……」

「なんだよその態度!? お前が言うからしっかり役目を果たしてきたのにっ!」

「いや、ぶっちゃけお前に家事とかどうせ無理だと思ってた……。なんも期待してなかった……」

「ひでぇ!!??」

「それより、さっきの動物群はなんだ?」

「家来だっ!」

「あー、そう。分かった」

「あいつらは『小さき者共』って言って……」

「分かってるっつったろ。思いつきの設定を掘り返すな」

「それより、とっとと命を果たしたオレを讃えろ!さぁ讃えろ!そんでひれ伏せ!」

「はいはい、えらいえらい」


 促されるままに、指の腹で親指姫の頭をさする王子。親指姫は目を細めた。

「だが、ご近所の小動物借り出したら飼い主とか店側に迷惑がかかるから禁止な」

 野ネズミやらモグラやらツバメやらハムスターが親指姫の乗るカートを引っ張り、スーパーを回る光景を想像し、王子は眉間を押さえるのだった。


 こうして、王子の長い一日が幕を落とした。

 ちなみに、この日の夕飯はかぐや姫に詳細な指示を出したにもかかわらず若干固かった米と、台車の振動でぐちゃぐちゃになった食材を王子と遠藤さんが調理したものだったとさ。


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