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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 2 ■
8/36

2-1

 意識を失っているところを発見されてから、真恵は家屋敷に連れて戻され、丸一日眠りについた。

 真恵の身に何かが起こったことは、玲司と公一により律子に伝えられ、その後、他の『司』たちにも伝わったようであった。

 だが、『司』たちからは三人に何の報告もなされなかった。真恵が倒れていた現場にも『司』は寄ったらしいが、その場に何かがあったのか、それともその場に行った真恵に何かが襲ったのか、そのようなことは一切、知らされることはなかった。ただ、連絡があるまであの現場には近付くな、との通達だけがあり、そうして数日が過ぎていった。

 その間の真恵の体調はかんばしくなかった。倒れていたところを発見された翌日、眠りから覚めたときはそれほどでもなかった。食事を取っていなかったための衰弱は見られたが、それだけといった感じで、その次の日には学校にも元気に登校していった。

 家屋敷にいる間はもちろん、学校にいる真恵をも出来るかぎり玲司と公一で監視したが、変わったところは見当らなかった。

 なのに、真恵が日をおうごとに衰弱していっていることは明らかだった。

 倒れた翌々日から学校にも通っていたわけだが、三日目には早退し、四日目からは遅刻早退を繰り返した。周囲には貧血といい、実際症状は似ていたが、そうでないのは分かっていた。

 食事はちゃんと取っていた。本当に貧血なのではないかと瞳子が鉄分のたっぷり入った食事を用意したが、改善は見られなかった。

 気力も充分であるようだった。ベッドに横になりながらでも苦しそうな表情は一切見せず、軽口をたたき、憎まれ口をきいた。毎朝の日課である玲司の服の用意も、欠かすことはなかった。

 だが、真恵は確実に衰弱していった。

 体力だけが、日々失われていっていたのだ。

 原因は、分からない。『魔』のせいかとも思われたが、玲司の感知力をもってしても、真恵の周りに『魔』がいるのは見られなかった。

 それに何より問題は、真恵に記憶がないことだった。あの日、倒れた日、なぜあの場に足を運んだのか、その記憶が失われていたのだ。その記憶だけ、失われていたのだ。

 そして、真恵が倒れた日から一週間がたったその日、深川玲司、伊藤真恵、守田公一の三人は、『司』に、三大陸世界に呼びだされていた。




     *  *  *




 三人が行った先は、王宮の会議室の一つ――『司』が勝手に自分たち専用の部屋にしてしまったそこ、であった。

 殺風景な部屋の中に、三人は公一の瞬間移動を利用して入った。

 瞬間移動を利用したといっても王宮内部までは自分たちの足で来ていた。そこからわざわざ公一の瞬間移動の力を利用したのは、真恵に体力がないからであった。

 椅子に腰掛ける三人の目の前には、『霧の司』松山有喜と、『創造の司』宍戸律子、三大名リーツェと、玲司と真恵の師匠である『夜の司』ヌース・マイレス、公一の師匠である『伝令の司』フィル・ユイカ、の四人がいた。

 状況から、三人はなぜ自分たちが呼び出されたのか分かっていた。

 『司』になるための最終試験の通達、だ。

 だから自然と三人の表情は強ばってしまう。

 有喜が口を開くのをじっと待ってしまう。

「――まあ、分かっているとは思うが」

 有喜の話はそう始まり、

「三人に来てもらったのは他でもない。最終試験を始めようと思ってね」

 すぐ、核心に触れた。

 一度言葉を切ると彼は律子を呼んだ。律子が前に出て一人ずつに手渡していくのは、ペンダント。そのペンダントヘッドは雫の形をした石――そう、『石』。

 『司』に与えられる、武器にも変容する、一種、『精霊』の力と『浄化力』の増幅器、その、練習用。

 他の『司』候補生たちはすでにもらっているというそれを、三人は手にした。

 『石』は何色ともいいがたい、七色、いや、それ以上の色の光を放って、煌めく。

「聞いてはいるだろう。『石』を渡すと同時に最終試験の開始だ。この試験を乗り越えれば、君たちは正式に『司』の後継者として扱われることになる」

 今の肩書きは『司』候補生。

 飽くまでも『司』になる要素を兼ね備えた候補者ということであって、絶対に『司』になれるという保障があったわけではない。

 だが、この試験をパスすれば、違う。

 『司』の後継者となる。次期の『司』、と正式に呼ばれることになる。よほどのことがないかぎり、次の『司』になる、という立場に立つ。

 『司』になるために通らなければならない道だ。

「……それで、試験内容は?」

 痺れを切らして口を開いたのは公一だった。彼はぎゅっと右手でペンダントを握り締めている。

「試験内容は……そう。君たちの周りで今、不穏な動きがある。その正体を探り、もしそれが『魔』であれば、排除すること。以上」

「以上って……?」

 自分たちの周りで不穏な動き? 与えられる情報はそれだけ?

 漠然としすぎている、三人はそう思った。

 なぜなら、家屋敷のある辺りというのは、特に『魔』が頻繁に出没する場なのだ。そのために家屋敷はそこに建っているのだ。なのに、そこで不穏な動き? いってしまえば全てが不穏ではないか。

 ほんの小さな『魔』。そんなものにはしょっちゅう出くわしている。それも不穏といえば不穏であろう。

 なのに、与えられる情報はたったのそれだけ? 「自分たちの周りの不穏な動き」、それだけ?

「わざわざ試験として当たらせるんだ。それなりにやっかいなものと考えてもらっていい。なんて顔しているんだ、公一。安心しろ。お前たちの手の届く範囲にいる『魔』を徹底的に、しらみ潰しに排除するのが試験、などとはいわないよ。大丈夫。何がそうなのか、すぐに分かるさ」

 有喜は三人の心を読みとっていった。

 かといって三人の不安が消え去るわけはない。そんなこと有喜は百も承知だ。承知の上で、いっているのだ。

「今回の試験には条件がある。基本的にはこの件は三人だけで片付けるように。けれど、一度だけなら、俺を呼んでもかまわない」

「有喜さんを?」

 公一が確認すると、有喜はただ頷いた。

 そして、頷くだけで、すぐに彼は告げてしまう。

「以上。解散」

 これ以上質問は受け付けないといった雰囲気を醸し出した。三人に背を向け、さっさと部屋の奥にいき、テーブルの上に置いてあったお茶を口に含むのである。

 三人は他の『司』にも目を向けた。彼女等もみな、口を開こうとはしない。

「……どうしろっていうんだよ」

 公一が茫然として呟く。

 もはや焦点はあっていない。それ以上口を開くこともない。

「……ま、仕方ないでしょうね。これ以上は何も教えてくれないっていうのなら。今のところ諦めるしかないわね。時を待つしか、ないでしょ」

 そういい放ってくれたのは真恵だった。

 彼女の口調はしっかりしていた。双眸の光も衰えてはいない。

 しかし彼女は椅子から立ち上がろうとし、ふらついた。隣にいた玲司が咄嗟に体を支える。

 口と目からは想像がつかないほどに、真恵の足元は覚束なかった。

「帰りましょ、レイ」

 真恵も玲司の肩にしがみつく。そうして二人は伴だって部屋を出ていこうとする。

「ああ、そう、一ついい忘れたことがあった」

 そんな時に、再び有喜が部屋の奥から声をかけてきた。玲司と真恵の歩みが止まる。有喜の言葉に耳を傾ける。

「真恵が倒れていた現場、もう行ってもいいよ。それだけだ。真恵、体は労われよ」

「…………」

 何もなかったかのように有喜は再びお茶をすすっていた。

 他の『司』も、有喜に倣うように、三人と目を合わせようとはしない。

「…………」

 だから、玲司と真恵はしばしの間の後、ゆっくりと部屋を出ていくのだ。

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