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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 1 ■
6/36

1-4

 学校から家屋敷に帰宅し、部屋で着替えをすませ、マンガを読んでいた守田公一は、暫らくするとダイニングに入っていった。

 中には大きな縦長のテーブルに椅子が八つ。小山薫と童顔にポニーテールのよく似合う宍戸瞳子が少し離れたところで座っている。それに、芳ばしい匂い。

 薫の目の前にティーカップが置いてあるのを見て、公一は口を開く。

「なぁんでもうスタンバってるのかなぁ」

 歩むと薫の隣の隣にある椅子を引き、座った。目の前には微笑む瞳子。

「まあ、その辺は薫ですから」

「私だからな」

 真顔で薫にまでそういわれてしまったら公一としては何もいえない。「はいそうですか」と心中呟くしかない。

 三人がここで何をしようとしているかといえば、お茶会だった。瞳子が今日はチョコロールパンを焼くというので、みんなでゆっくりお茶にでもしようということなのだ。

 公一が部屋でお茶に呼ばれたのは二十分ほど前。「あと三十分で焼けるから」、と。

 つまり、まだ焼けていない。なのに薫の目の前にだけティーカップ。しかもすでに飲み干されている。

 甘党でお菓子好きの薫。一体いつからここにいるのか。

 そう考えていたら、その彼女が察したかのように口を開いた。

「いっておくがな、コウイ。私は何も本当にパンだけを待ってここにいるわけじゃないんだぞ」

「……何か用事があったわけ?」

「サーナの家庭教師を買って出てもこずかいアップにはしないと瞳子がいうものだから、その交渉だ」

「……?」

「だって当たり前でしょ? この家の家計あずかっているのは私なのよ? なのにお姉ちゃんと薫との間で勝手にそんな約束がなされていたって効力ないじゃない。お姉ちゃんが真恵の保護者として学校の三者面談に行った時、恥ずかしい思いしたくないっていうのは分かるけど、だからって家のお金使えないわよ。お姉ちゃんのおこずかいから回すっていうなら、別だけどね」

「あの人、そんなことしないだろ」

「でしょうね」

「だから交渉だったんだが……。なんなら、コウイの勉強も一緒にみてやってもいいんだが?」

「なんだよそれっ。俺はいいよぉっ」

「この間の中間テスト、何番目だったんだ?」

「百七十二番っ。サーナよりましだろ!?」

「確かに二百八十六番よりかはいいけど……どっちにしろ、薫。お金は駄目よ」

 ちなみに鷹巣森中学校の一年生の総数は二百九十八人だ。

 三人は一旦口を閉ざした。

 瞳子は、テーブルのお盆の上に伏せた状態で重ねておかれていたティーカップを二つ引っ繰り返すと、ポットからお湯を注ぎ、ティーバッグを入れる。ソーサーにカップを乗せスプーンとレモンをそえると、一つを公一の前に出した。公一は「ありがと」といって紅茶をすする。

 その時、パンは焼き上がった。オーブンが時間の来たことを知らせたのだ。

 瞳子は席を立ち、キッチンに姿を消す。芳ばしい香りが漂ってくる。

「あれ、瞳子。レイとサーナにも声かけてあるの? まだ来ないけど。呼んでこようか?」

 公一が姿の見えない瞳子に向かってそういった。キッチンから、返事。

「二人とも出かけているわよ」

「……二人して?」

「ああ。一緒に出ていくところを見た」

 そう応えるのは薫だ。薫はいつのまにか自分で紅茶を入れなおしていた。レモンがカップの中で浮いている。

 瞳子が焼きたてのパンを乗せた皿を持ってきた。より一層芳しい香りは鼻をくすぐっていく。部屋中に広がっていく。

「玲司くんは出かける前にここにきてパンの耳持っていったしね。どこに行ったのかしら。パン、いい感じに焼けているわ。さあどうぞ。召し上がれ」

 とん、とパンがテーブルの上に置かれる。程よい焼き色のついた、チョコロール。

 さっそく薫の手がのびる。

「……本当になぁ。そうやっていつも一緒にいたら勘違いされるの、当たり前じゃん。あーあ」

 公一がしみじみと呟いた。

 パンを頬張る薫と瞳子が事情が分からないといった顔で公一を見た。公一も今日あったことを二人に話してやろうとする。が、その前にダイニングの扉が勢い良く開いたのだ。

「ほーらぴったり。今焼き上がったところでしょー? 私の鼻ってば性能いいっ。そら、千尋、食べよ食べよっ」

 先に入ってきた、白のトレーナーにブルージーンズと眼鏡をかけたぼさぼさ頭の小柄な女性は、宍戸律子。瞳子の姉でこの家屋敷の主人だ。

「りっちゃん、だからさ、仕事終わってからにしようよ、休憩は。打合せだけ先にやっちゃおうよ」

 律子の後に続いてくるグレーのスーツに眼鏡をかけたやせ形の男性は、五十嵐千尋。家屋敷の事情を知っている人間の一人で、律子の雇い主の息子である。

 時々千尋はこうして「先生」である律子の仕事の状況を伺いに家屋敷にやってくるのだ。

 二人もお茶会に誘われていた。

「瞳子。私にも紅茶。あ、ミルクティーにしてくれる? また上手に焼けたわね。あのオーブン調子いいじゃん」

「ねえ、りっちゃんてば。デザイン決めちゃおうよ。先方、待ってるんだから。先にデザインだけ決めちゃえばさ、後は少々のびても最終期限に間に合えば大して文句いってこないしさあ。あ、瞳子ちゃん。僕にも紅茶。ストレートでいいから。ねえ、りっちゃんてば」

 椅子に座り千尋に背を向けパンを頬張る律子の後ろで、千尋はやはり椅子に腰掛けスケッチブックを手に詰め寄っていた。

 五十嵐千尋の父親はオーダーメイドのアクセサリー屋をやっていた。千尋も高校を出てから仕事を手伝っているが、彼の仕事は営業である。店にやってきた客と会い、注文を聞き、どのようなものにするかを相談し注文内容をまとめ、それをデザイナーに持っていってデザインを決定する。デザイン決定後はデザイナーに全てを任せ、出来上がりしだいアクセサリーを受け取って客に渡すのである。

 そしてそのデザイナーの一人がこの律子。

 家屋敷の家計は、律子のこの仕事の収入と、律子の『司』としての王宮からの給料と、やはり王宮からの『司』候補生たちの奨学金とで成り立っていた。ちなみに王宮からの給料、奨学金は、一対三の割合で三大陸世界での現金と、六大陸世界でも通用する天然石で支払われていた。受け取った天然石を律子が『創造』の力を使って磨き上げ宝石にし、それを千尋が引き取って円にかえるのである。また、デザイナーの仕事でアクセサリーをつくるときも律子は創造の力を最大限に利用していた。

「この二つのデザインのうち、どっちかじゃいけないわけ? 僕はいいと思うんだよ、どっちでも。でも納得いかないの?」

「瞳子、よく焼けてる。うん。おいしい。この間のはちょっとかたすぎたけど、今日のはかたさもちょうどいいし。絶品だねこりゃ」

 律子は千尋を完全無視。背中を向け、紅茶をすする。

 千尋も千尋でめげることなく、スケッチブックを開き、そこに描かれた二つの指輪の絵を見比べ、ぶつぶつと「先生」の背中に愚痴を垂れ流すのだ。

「まあね、りっちゃんが仕事するのは気が乗っている時だけっていうのは僕もよく知っているけどね、だから仕事しない時はとことんしないっていうの、よく知っているんだけどね。期限は期限だしね。約束は守ってこそ約束の意味果たすわけだしね。りっちゃんももういつのまにか二十一だし、僕なんか二十九だし……ってそんなことはどうでもいいんだけど、とにかく、はっきりいってやってもらわなきゃ、僕が困っちゃうわけよ。いや確かにね、りっちゃんにいわせれば……――」

 延々。

 千尋は律子の元に一ヵ月に一つの程度で仕事を持ってきていた。そのたびに家屋敷のどこかでこのようなやりとりが飽きもせずに行なわれているのだ。もちろん、今となっては住人たちは千尋の愚痴など慣れっこである。

「なあ、リーツェ。俺とかさぁ、レイとかサーナって、いつになったら試験やるんだ?」

 公一も、千尋を無視して口を開く。

「いつだろうねぇ」

「なんだよ、それ。いつだろうねって……リーツェ、『司』だろう?」

「『司』っつってもね、私一人で全て決められるわきゃないし、それにまだあんたたちの試験が行なわれない最大の理由は、おあつらえ向きの事件がないってことよ」

 律子が千尋の吐いた愚痴たちを背負いながらいう。

 公一のいったとおり、まだ公一達三人は『司』になるための最終試験を行なっていなかった。他の『司』候補生たちが試験を終えてから二ヵ月が経とうとしているというのに、だ。それまでに、『魔』による事件が六大陸世界、三大陸世界問わずに起きていないわけではない。『司』候補生たちが排除のために駆り出されたこともある。だがそれらは決して試験ではなかった。試験と告げられなかったし、何より試験時に渡されるという『石』を受け取っていないからだ。

「いつやるか気になるわけ?」

 律子が聞いてきた。まだ千尋の愚痴は続いている。

「うーん。早く『石』を使ってみたいかなぁって」

 公一が思わず律子にいつ試験をやるかと尋ねてしまったのは決してその理由だけではなかった。それは自分にもよく分かっていた。が、「なぜ気になるか」と逆に尋ねられたら、公一は明快にはそうとしか答えられなかった。

 明快でなくていいのなら、なんとでもいえるのだが。

「なーんていえばいいのかなぁ。こーさ、もやもやぁっ、うずうずぅっ、どきどきぃっ、ばくばくぅっ、ていうか……、そんな感じなのさ」

「……分かるような分からんような。まあ大丈夫だって。その内ちゃんと時は来るから」

「う~ん」

「――けどさ、仕事は仕事でしょ? 先方の指定してきたイメージが自分のインスピレーションを刺激しないって、そりぁさ、芸術家だったらそれって致命傷だけど、りっちゃんは必ずしも芸術家ではないし、自分でもそうは思っていないんでしょ? だったら職人に撤しない? そうしたらさ……――」

 延々延々、延々延々。

 千尋の愚痴は続いていた。

 いつものことなので誰も口出しはしなかったが、逆にここまで来られるとさすがに耳障りになってくる。

 話をしている公一と律子はそれほどでもないらしいが、じっと見守っていた瞳子には耐えられないものとなっていたのだ。

 困り果てた顔をして口出ししてしまうのである。

「お姉ちゃん。いくら何でも千尋さんかわいそうだよ。もうそろそろ相手してあげたら?」

 その言葉に真っ先に反応したのはその千尋。「ありがとう、さすが瞳子ちゃんだよね。いい奥さんになれるよ」

 瞳子は片眉を顰め、「はあ?」と声を出しそうになった。なのに千尋の顔は至って真面目。だからなのか、その言葉で律子が振り返るのだ。

「何いってんの、馬鹿じゃない? 瞳子がいい奥さんになれるのは当たり前でしょう? 私が仕込んだんだから」

 椅子に座ったままふんぞり返る律子。仕込まれた覚えが全くないために瞳子の顔は益々歪む。

 だが、やはり千尋は真面目顔。

「そうですよ。当たり前です。律子先生が育て上げた妹さんですから、律子先生のようにすばらしいセンスを持ったレディなのは当たり前なのです。ということで先生。右か左、どっちかに決めません? それとも、今すぐ新しい納得のいくデザインでも描きますか?」

 つい、とふんぞり返っていた律子の目前にスケッチブックとスケッチブックから破った紙を並べて掲げる。

 律子は暫らく真剣な顔でその二つを見比べた。

 他の人の口まで閉ざさしてしまうような雰囲気。それを律子は頭の天辺からかもしだしていた。

 千尋の緊張も空気に乗る。場がぴんと張り詰め、その一瞬をただ待ち受ける――が。

「――ちっがうんだよなぁっ」

 頭をうな垂れ髪をかきむしる律子。

 髪のぼさぼさは悪化し、眼鏡までがずれてしまう。

 千尋は落胆した面持ちで絵を掲げていた両手を膝の上にゆっくりと置いた。

「違うんだよなぁっ。なんか違うんだよっ。『春の風』っ。違うんだよぉっ。でもさぁっ、なんでイメージが『春の風』なわけ? 『春の風』っ。これ注文したお客、今いつだと思ってんの? 十月だよ、十月下旬。秋だよ秋っ。秋真っ盛りっ。これから冬になろうとしてんのっ。なのになんで春!? 頭おかしいんじゃないの!?」

 勢い良くいい切る。

 顔にはでかでかと「ふざけるな」の文字。

 律子が今回の仕事を気に入らない理由はここにあるのだ。インスピレーションがわかないというのも季節のせい。

 確かに、秋に春のイメージのアクセサリーを要求するのは酷なのかもしれない。だが、そうはいっていられないのがプロの宿命。

「仕方ないでしょうが。春生まれの彼女に春にプロポーズするつもりって話なんだから。大切なエンゲージリングだし、早めに用意しておきたいっていうの、分かるでしょ?」

 そして渋る「先生」を宥めその気にさせて尻を叩くのは「担当」の役目。

「…………。ごちそうさま」

 かたん、と薫が立ち上がった。それを見て、公一と瞳子も徐に動きだす。

「……マンガの続きでも読もお」

「……今日の夕飯はどうしようかしら」

 薫と公一は自室へ、瞳子は飲み終えられたティーカップとポットを手にキッチンへ。

「あーん、イメージ沸かないよー」

「さっさとどうにかしてよ!」

 律子の嘆きと千尋の叱咤の中、「みんなでゆっくりお茶でも」という瞳子の取り計らいで開かれたお茶会は、こうして幕を閉じたのである。

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