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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 4 ■
33/36

4-6

 光の粉が、暗闇に散った。

 途端、

「コウイ!」

 光が四散していく中から、声。

 先程まで両目を閉じ僅かにも動かなかった玲司が公一に目を向けていた。その前では、真恵の体が力なく崩れ落ちていこうとしている。

 二人が還ってきた!

「わが名はコウイ。我に従う『風の精霊』よ、わが声を聞け。その力を以て、わが意に従え!」

 風が地を走った。

 呪縛から解放された真恵に、なおもまとわりつこうとしていた『魔』を捕獲する。

 玲司が真恵の体を抱き留めた。が、足元は覚束なく、バランスを崩し、二人諸共、地に落ちる。

「そのまま離れて!」

 公一は『風の精霊』によって動きが封じ込められている『魔』に駆け寄る途中叫んだ。

 玲司と真恵は地面を転がり、『魔』から距離を取る。

「上出来!」

 口にすると同時に公一は首のペンダントを右手で引き千切る。

 『石』、だ。

 握り締めると、手の中に銀色の剣が現われた。それを確認し、動けないでいる『魔』との距離を確認し、公一は跳んだ。

 『魔』の、すぐ脇。

 白うさぎのマスコットの、真上から。

 剣の刃先を突き立てる。

「――――」

 形をなくす、うさぎ。

「『浄化』!」

 瞬間、うさぎの内部から光は放たれる。

 両目をかたく閉じた。

 と、空間に流れ出したのは、数々の、言の葉――。



 ――ひとりは寂しい――。



 ――ひとりは悲しい――。



 ――ひとりはつらい――。



 ――ひとりは恐い――。



 ――だから、お願い――。



 ――そばにいて――。



 ――私のそばに――。



 ――ずっと、ずっと、私のそばに――。



 ――お願い――。



 ――わたしを――。



 ――ヒトリニシナイデ――。



「…………」

 うさぎから放たれた光は、酷く刹那のものであった。

 すぐに全てを覆い尽くしてゆく闇と静寂が、無情にすら思われた。

 だからではないのだろうが、玲司が『光の精霊』を呼んだ。

 辺りが照らされる。

 剣先にある、無残に砕け散ったうさぎの人形も、目にすることが出来た。

「……酷すぎたかな……?」

 地面にまで差し込まれていた剣を引き抜き、その形を『石』に戻しながら公一は呟く。

「……仕方なかった……」

 真恵を抱き、地面に座ったまま上半身を起し、玲司は答える。

「……でも、あの『魔』は、こんなことしなくても充分に『浄化』できた。素手の俺でも絶対に『浄化』出来るぐらいの力しか持っていなかった。……それぐらいの力しか、残っていなかった」

「…………」

「やっぱり、あの『魔』がサーナを操っていたわけじゃなかったんだな。あんなちっぽけな力で、サーナを操れる訳がない」

「……ああ。操っていたのはあの『魔』ではなかった」

 玲司は静かに言葉を紡いでいた。

 自分がその感覚の鋭さゆえに、読み取った人形の思いを伝える。

「あの『魔』も操られていた方なんだ。『魔』を操り、『魔』の力を利用してサーナまでをも操っていたのは、その人形自身だよ」

「……人形……」

「人形が宿した思い、の方が正しいかな」

「……思い……?」

「――そばにいて――」

 そう答えたのは真恵だった。

 『魔』から解放され、気を失っていると思われたが、そうではなかったらしい。

 玲司に寄り添ったまま、それ以上体勢を立てようともせずに、彼女はそっと口を開くのだ。

「そばにいて、そばにいてほしい。……そう、あのうさぎは思っていたの。強く、ずっと」

「…………」

「……ねえ、レイ。あの人形に思いを宿した人の願いは、叶えられたの? 願いは、届いたの……?」

 祈りにも似た真恵の言葉。

 玲司は優しくこたえを返す。

「……それは、僕にも分からない。この人形がここにいた理由も、分からない。僕が読み取れたのは、この人形に強い思いが宿されていたこと、それに『魔』がひかれたということ……」

「その思いに、私もひかれた……」

 そして、とらわれた。

 一つの小さうさぎマスコットに宿った思い。その思いにとらわれた、消滅寸前の『魔』、真恵。

 その取り合せは偶然でしかなかった。

 出逢ったか出逢わなかったか。ただ、それだけで、

「……じゃあ、それって、引っ掛かったのが俺の可能性もあったってことか……?」

「……僕という可能性も……」

 偶然でしか、なかった。

 全ては。

 誰かにそばにいてほしいという願いは、万人の願いであるから。

 人は、その願いを宿すものだから――。

「……コウイ、ありがとう。助かった」

 どう助かったのか、何が助かったのか。

 それ以上は語らない。ただ、公一は、頷いた。

「……さあ。帰ろう」

 玲司が真恵と共にゆっくりと立ち上がる。

 公一は破壊されたうさぎから視線を起こし、二人の元に歩み寄る。

 そばに立つと両手をそれぞれ二人の肩に乗せ、そして三人は――消える。



 暗闇に覆われた静寂の林の中を、半月の光だけが、淡く照らしだしていた。

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