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公一の眼前に出来上がった大きな光の繭は、時折、光の強さを変化させながらも、全く動じる気配さえ見せずに、そこにあった。
こうして、闇の雑木林を照らし出す光源を目の前にしてから、一体幾許の時が過ぎているのか。
公一のしていることといえば、動く様子のない物体をただ見つめているだけなので、その間には幾度か、楽な姿勢への誘惑があった。
が、甘美な誘いに負けることなく、こうしてずっと立ちつづけていられたのは、ひとえに責任感からくるものだった。
最後の始末の行方は自分にかかっている。
その言葉を、自らを暗示にかけるかのように、何度も心の中で繰り返した。
するとその時、光の繭に微妙な変化が表れた。
最初は錯覚かと思った。でも、そうではない。
光の繭が、徐々に徐々に――ほころんでいる?
いや、ほころんではいない。光の繭自身は変わらず目の前にある。
ただ、繭から飛び出した無数の光の糸が、四方八方に伸びていっているだけなのだ。
糸は、何かを探すように、求めるように、天に向かって、地に這いつくばって、宙を泳いで、広がっていった。
細い細い、光の糸。
そのうちの一本が公一のもとに来た。細い一筋となろうとも、輝きを失うことはない。
揺れながらのびてくる光に、公一は手を当てた。
温度も、感触もない。
単なる光?
だがその瞬間、公一にも変化は訪れていた。
空耳かと思いつつも辺りを見渡した。けれども、四方にのびる光の糸のために、いっそう明るくなった林の中、何一つそれらしいものは見当たらない。
神経を集中させれば、やばりそれは光の糸からもたらされるものだということがわかった。
光の糸から流れ込んでくる――声。
――確かなものなど何もない――
――信じられるものなど何もない――
――ジブンハ、ヒトリ――
レイ、と。思わず呼びかけそうになった。が、声が出かかったときに思いとどまり、次にはサーナ、と呟きそうになり、それも、寸前のところでやめる。
違うのだ。流れてくるそのフレーズの声は、明らかに玲司のものでも真恵のものでもない。
無機質な、感情が欠落したかのような人の声――いや、これは人か? もしかすると、電子音ではないのか?
繰り返し繰り返し届けられるその音を公一は聞いた。
何度も何度も聞くうちに、口元は僅かに歪み始めた。
失笑、だ。
軽く、鼻でも笑う。
そして公一は、十分な嘲りも含めて、優しく呟いたのだ。
「馬鹿だなあ、お前達って……俺って、友達じゃないの? 俺も、そばにいるんじゃないの? それじゃ、ダメなのか――?」
光の糸が、巻き戻されるかのように繭へと吸い込まれていく。
再び公一のもとには沈黙が残る――。
* * *
――見つけた――
玲司は握り締めていた手を引き寄せると、繋いだ手とは逆の腕で真恵の肩を抱いた。
彼女が驚いて口を閉ざした隙に、玲司は乳白色の世界に言葉を投げ入れる。
「彼女には、僕がいる。僕には、彼女がいる。そして僕達には、友達がいる」
玲司の言葉に真恵が視線を向けてきた。やわらかく見返すと、そこには目を真ん丸くする彼女がいた。
「耳を、済ませて」
優しく、一言。
真恵は目を閉じた。
呼吸を整えた。
「……あれは、公一……?」
――ヒトリハサビシイ――
――ヒトリハカナシイ――
――ヒトリハツライ――
――ダカラ、ワタシヲ……――
――サビシイ、サビシイ――
未だ反響する声。
何処かから生まれ、何処かへと去っていく言葉たち。
強いきらめきをその目に宿し、玲司はそれらに告げるのだ。
「僕達は出口を見つけた。だからここを出て行くよ」
――ヒトリハサビシイ――
――ヒトリハカナシイ――
――ヒトリハツライ――
――ダカラ、ワタシヲ……――
――サビシイ、サビシイ……――
「君もすぐに、解き放ってあげる」
――イヤ――
――イヤ――
――イヤ――
――イヤ……――
乳白色の世界が、闇に溶けた。