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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 4 ■
28/36

4-1

「……四年……」

 静寂の暗闇の中。

 玲司は一人、自室の絨毯の上に座っていた。

 小さく呟いてみると、その、時の重さが、ひしと心にのしかかってきた。

 四年前。

 その時から、自分の人生は再出発した。

 自分と共に『司』になるという真恵の意図は嫌というほど分かっていた。彼女は生に対する希望を失っていた自分を助けようとしていた。

 差し伸べられた彼女の手を振り払うことは簡単だった。だが、不思議なことにそうする気は微塵も起こらず、結局、自分はそうされることを望んでいたのだとその時気が付いた。

 出来るかぎり自分と共にいようとする真恵に、最初の頃は正直、戸惑った。一緒にいるということはどういうことなのか、その要領を得ることがなかなか出来なかったのだ。真恵は、そんな自分を見捨てることはなかった。必死に自分に語りかけ、隣にいてくれた。

 自分の、隣に。



 ――知らないわよ、悪口なんて。どうして私がレイと一緒にいるだけでそんなこといわれなきゃいけないのよ。そんなの気にしなきゃいいのよ――。



 ――じゃあ、あなたにもお父さんとお母さんがいないというわけね? あら、それって私と同じだわ――。



 ――あなた、自分の誕生日知らないの? 分かったわ。だったら、私が決めてあげる。レイの誕生日はね……今日! そうよ、今日。十年前の今日、あなたは生まれたのよ。お誕生日おめでとう、レイ――!



 いつからだろう。

 自分の隣にいる彼女が当たり前になったのは。

「…………」

 静夜の中、軽く部屋の扉をノックする音が虚しく響いた。

 目を向けると、扉は開かれ、公一が顔をのぞかせている。

「レイ。サーナ出たよ」

 告げる声から一呼吸置いて、玲司は徐に立ち上がった。

 公一に近寄り扉の際に手をかける。

「……行こうか」

 そうして二人は共だって家屋敷を出ていく。

 望ヶ丘山は深い闇に包まれていた。

 音は、何もない。風も息をひそめているのか、草木が囁くこともなかった。

 夜空では星々が瞬き、半月が輝いていた。

 暗闇の中、月光だけが異様なほど明るく感じられていた。

 玲司と公一は、二日前と同じように、真恵の後を追い、足を進めていた。彼女が向かう場所も二日前と変わりはないはず。あの、白うさぎのマスコットが落ちている所。

 ――玲司は昨日、有喜の力をかり、『霧』で自分と真恵が初めて出逢った時の過去を見てから、ずっと一人でいた。

 食事をとることもせず、公一をはじめ家屋敷の住人が心配しかける声にも耳をかさず、一人、玲司は部屋にこもっていた。

 玲司は一人で、『霧』で見たことを思い出し、今までの自分を思い出し、真恵とのことを思い出し、どうすれば良いのかを考えていたのだ。どうすれば真恵を救うことが出来るのか、その方法を求めていたのだ。

 真恵の体調が最早危ないことは明らかだった。表面上はやつれただけであっても、彼女の発する空気までもが衰え始めているのを玲司は感じ取っていた。

 時間がない。リミットが迫っている。

 一日も無駄にしたくはないと、玲司は思った。これ以上、元気のない真恵を見ていることは辛かった。

 パジャマ姿に裸足で遠く前を行く真恵の背は、彼女のものとは思えないほどになっていた。

 変わったのは姿形ではない。それが纏う空気が、である。空気はいつも彼女が纏っているような清々しいものではなく、忌ま忌ましさに充ち溢れたものなになり果てている。

 あれは間違いなく真恵。しかし、あれは真恵じゃない。

 感覚の鋭い玲司の中で、そのような争いが知らず知らずのうちに行なわれていたのも事実であった。

 真恵は迷わずに進んでいく。月の光を浴び、闇の中を泳ぐように行く。

 玲司と公一は、口を開くことなく後を追った。

 以前と同じ所から彼女は木々の中に入っていき、そこで玲司も『光の精霊』を呼ぶ。

 優しい光を伴だって二人がうさぎのマスコットの置かれているポイントに辿り着いた時には、すでに真恵は『魔』と共にいた。

 虚ろな目で人形のように大木の元に佇み、『魔』に自らの力を喰わせている。

 その光景は、改めて目にしたところで、異様としかいいようのないもの。

「……もう一度、確認するけどさ、」

 徐に公一が口を開いていた。

 玲司が視線を移すと、どこか不安そうな目を彼は真恵に向けていた。だが、声に迷いはない。

「本当に俺が『浄化』するんだな?」

 真恵を、見る。

 自分の知らない真恵。

「ああ」

 返事をし、玲司は一歩を踏み出した。

 自らの意思で力を喰わせ、自分の命さえ危うくしている真恵に近寄っていく。

 自分の隣にいつもいた真恵。

 なのに、自分の知らない真恵。

 自分が知ることのなかった真恵。

 しかしそれを、玲司は知った。

「…………」

 知ることが出来た。

「――――」

 だから、彼女を救えるのは自分だけなのだ。自分しか、いないのだ。

「サーナ」

 名を呼ぶ。

 応答は望めないと分かってはいても。

 呼ばざるをえない。

「サーナ」

 目の前に、立つ。

 彼女を守ろうとする『光の精霊』に触れる直前で、佇む。

「……サーナ」

 彼女の空虚な両眼を覗き込んだまま、玲司は名を唱える。

「わが名は、レイ。我名を刻印す『光の精霊』よ、わが声を聞け。その力を以て、僕と彼女を守れ」

 途端、辺りを照らし出していた光が散り、玲司と真恵を包み込んだ。

 光の粉はゆっくりと二人の周りをめぐり、真恵を守っていた光と同化していく。溶け込んでいく。

 二人を、幻想の世界へと連れ立っていく。

 ――そうして、時は進む。

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