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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 3 ■
27/36

3-13

 目が、醒めた。

「…………」

 痛みを感じたと思ったが、思い過しのようだった。

 まだどこがぼんやりとしている頭で考える。

 身体は、痛くない。力を込めれば、それぞれの部位は問題なく動くようである。なのに痛いのではないかと思ってしまうほど身体がしっくりこないのは……。

 ああ、そうか。

 そこでサーナは、やっと自分のいる場所を認めた。

 ここは王宮の学校内の医務室。そこのベッドの上に自分は横になっている。医務室には常時、治癒能力保有者がいた。その人が自分の身体の傷をなおしてくれたのだ。だからまだ、癒えた傷口がしっくりと自分の身体に馴染んでいない。

 ここは王宮の学校内の医務室。

 ということは、自分は助かったのだ。『魔』の手から無事逃れることが出来たのだ。

 いつのまにか意識を手放していたようだけど……。

「――――」

 サーナはそこでがばっと起き上がった。自分の置かれている状況と、それに伴う周囲の状態の可能性をすべて把握したのだ。

 自分は今日街に出て、そこでレイと会い彼の後をついて回った。彼に皮肉を浴びせかけ、彼は怒って自分を叩いた。その後彼と分かれ、『魔』が彼を襲い、とっさに自分が助けに入っていた。けれど想像以上に『魔』は強く、死をも覚悟した。そして自分は、力を振り絞ってでも『魔』を倒して生き延びてやると決め、戦ったが、途中で意識をなくしてしまった。

 その後は、結局どうなったのか。

 事態の可能性……自分がこうして無事でいるということは、つまり……。

 うそ!?

「――おい、サーナ?」

「え?」

 真隣から知っている声がした。

 反射的に疑問符を呟き顔を向けると、コウイがそこには立っていた。丸い目で見下ろしている。

「コウイ……?」

 なんで、彼がここに?

 それを尋ねるより先に、コウイが口を開く。

「そんなに勢い良く起き上がって大丈夫かよ、お前」

「……大丈夫」

 本当に。馴染み切っていないだけで、痛みはない。

「大丈夫ってさぁ。あんだけ無茶しといて大丈夫はないよなあ。多分まだ体力は戻っていないんじゃないの? 治癒能力は傷口塞ぐだけだからさ。いくら三刻も寝ていたからって……」

「三刻!?」

 いわれて驚いた。

 コウイの背後に見える、医務室唯一の窓に目を向けると、確かにすっかり陽は暮れていた。

 三刻寝続けていたにしてはすっきりしないが、それはやはり極度の疲労のせいなのか。

「にしてもさあ。よく無事だったよなあ。あんな『魔』、相手にしちゃってさぁ。俺は見てて絶対無理だと思ったよ。本当に死んでしまうんじゃないかって心臓ばくばくしてたさ。ホント、命あって良かったよなあ、二人とも」

「――――」

 二人とも……?

 ということは……。

「あのバカも無事なの!?」

 ベッドの上で身を乗り出し、コウイに突っかからん勢いでサーナは尋ねた。

 それだ。自分の気にかかったことは。

 自分の命を軽んじていたあの馬鹿男。

 自分が気を失ってから死んでしまったのではないかとそう思いついて焦りを感じたのだ。

「…………」

 コウイはサーナの勢いに押され少し身を引きながらも、どこかきょとんとしたような顔をしていた。徐に答えは返ってくる。

「無事なのかって……無事に決まってるじゃん」

 全身から力が抜けた。

 息をついてほっと安堵。

「だってお前の隣にいるし」

 指を差すのは向こう側。首を捻ると隣のベッドの上で身体を起こし、困った表情で自分を見ているレイ少年。

「!?」

 思わず、後退りをしてしまう。

「なななななななななな、なんでそんなところにいるのよぉおおおっっっ!」

「……お前、本当に気付いてなかったの?」

 呆れ返ったコウイの問いに、サーナは応える。

「だってだってだってっ。絶対に絶対に絶対に死んだと思っていたんだもの! だってだってこいつ、死ぬって死ぬって死ぬっていってたから、死んだって死んだった死んだって、思っていたんだものぉっ!」

「……勝手に殺すなよ……」

 コウイの呟き。

 レイに再び視線を向ける。彼は、先程と同じ表情をしつつ、相変わらずの無言。じっとサーナを見ている。

「何よ何よ何よっ。よけいな心配しちゃったじゃないの! 死んでないじゃないのよっ。死んでないんでしょ? なんなのよっ。なんであなたがそんな困ったような顔してるのよっ」

「――え? 困った……?」

 サーナは完全に混乱していた。

 この事態は喜んでもいいはずだった。二人とも生き延びることが出来、コウイの話によれば『魔』も無事排除されたというのだから。

 だが、サーナはレイは死んだという勝手な思い込みの恥ずかしさと、同時になぜ無事だと自分が目覚めたとき真っ先にいわないのかという怒りを同時に抱え込んでしまい、それをどう処理していいのか分からず、コウイの呟きも無視して仕方なくただわめき散らすのである。

「ああ! もうやだやだやだやだっ。やだったらいやっ。気持ち悪いわ! なんなのよこのもやもやはっ。もっと達成感とか安心感とかあっていいはずだわ! なのに落ち付かないったら! あなたたちがいけないのよ。そうよ、絶対にそう! あなたたち見ていると落ち着かないのよ! レイは相変わらずわけ分かんなくてイライラするし、コウイは変な服着ているしっ。コウイ! 本当にあんた、なんてかっこうしているのよ! 美的感覚っていうのあるわけ!?」

 苛立ちの矛先をコウイに向けるのは筋が違うとは分かっていた。しかし、一度口の外に出てしまった言葉は引っ込めようがなく、どうしようもない。この際、彼に悪役を引き受けてもらうしかあるまい。

「なんだよ、それー。あるに決まってるじゃん。いいだろ、この服。安かったんだぜー。どこの店か教えてほしいか? うーんどうしようかなー。サーナの望みとあってもなー。んー、人気でちゃうと困っちゃうしなー」

「……誰も教えてほしくなんかないわよ!! ああ、本当に嫌になる! 気持ち悪いわ! あんたがそんなにセンス悪いなんて知らなかったわ最低だわ!」

「ひでぇ。ひどすぎるー」

「大体、なんであんたがここにいるのよ! なんであんたがここでこうしているわけ!? あー、もうわけ分かんないったら!」

「俺はヌースのいい付けでお前たちの様子ずっと見ててやったんだよ。なのに、なんでそんなこと……!」

「ヌース!? ヌースって、ヌース・マイレス!? なんであの人が!」

 『夜の司』。

 他人を拒絶しているわけではないのに、外からでは感情を読み取ることの出来ない人。

 強さと優しさと冷たさを持ち合わせているという人。

 かっこいい、女性。

 そんな彼女のいい付けで? なぜ、彼女が出てくる? 彼女とコウイが知り合いなのは知っているけれど、それと自分たちとは関係がない。学校の関係者でも知り合いでもない『司』が、なぜそこで出てくるのだ?

 サーナには分からない。

 考えても、接点は見つからない。

 だからまあ、どうでもいいかと見切りを付け、再びコウイに向かって悪態付こうかと思った。その時に。

「どうだ、容態は?」

 その彼女が姿を見せたのだ。

 褐色の肌に黒い目と髪。すらっとした長身の彼女が。『夜の司』、ヌース=マイレスが。

 なぜ、彼女がここに……?

 ヌースはゆっくり歩んだ。近寄っていくのはレイのベッドの方。その脇に、彼女は佇む。

「少しは元気になったようだな。後遺症もなさそうで何よりだ」

 なぜ、彼女が……?

 『土の大陸』の重鎮が、わざわざ一介の研修生の元に……?

 ヌースの顔をぼんやりと見つめていると、彼女と目があった。ふっと、やわらかく微笑まれる。

「…………」

「君は、レイ、だね?」

 ヌースはサーナから視線を外すとレイに向かって口を開いていた。彼を見るヌースの眼差しがやけに優しいと思われるのは気のせいだろうか。

 レイは彼女を見上げ、首肯く。

「レイ。『精霊』と契約を結んだ今の気分はどうだ?」

 その言葉にサーナは驚愕していた。彼は『精霊』との契約を拒んでいたのではなかったのか!?

 コウイに事情の説明を求めると、

「さっき契約したの。それでお前も助かったんだぜ?」

 と、簡単にコウイは説明を済ませる。それ以上は何もいおうとはしない。彼はヌースの動言が気になるらしい。だから、サーナもそれ以上尋ねることはやめ、再びヌースとレイを見た。

「……別に、変わったところはありません」

 静かにレイは答えていた。彼は、真直ぐなヌースの眼差しから視線を反らしたがっていた。が、ヌースはそれをさせないのか、結局、目を動かせないでいる。

「変わらない。そうだろうな。『精霊』自体は人に悪影響を及ぼすことは決してないからな。『精霊』と契約を結び『精霊使い』になったところで本来何も変わりはしないのだよ。君は君、個人は個人だ。……ただ、周囲は違う。『精霊使い』を特別視する。『精霊使い』という存在を時には喜び時には恐れる。彼らが喜び恐れる対象は『精霊』だ。自分たちには理解できない存在に対してだ。なのに、人々は『精霊』と『精霊使い』を混同する。『精霊』は『精霊』であって、『精霊使い』は自分たちと同じ人間であるのにね。特別なものでは決してないのだよ。『精霊使い』も、『精霊使い』の持つ力も」

「…………」

「しかし、ね。『精霊使い』が人を生かすことが出来るのは、また一方の事実なんだ。普通の人間といいながら、他の人間より人を生かすことの出来る確率がほんの少しだけ高い。それは、分かるだろう? そうすることが『精霊使い』の使命だとは私はいわない。『精霊』はそうすることを望んでいるかもしれないが、それは結果であってしかるべきだと思う。わざわざ、人を救いに自分が死にいく必要はないだろう。『精霊使い』は人間だ。人間は、生きたいと願うものなんだからね」

 ヌースはそこで一度言葉を切った。

 レイは、動かない。

 僅かな沈黙の後、再び、彼女は口を開く。

「レイ。今日の『魔』との戦い、見せてもらったよ。君の感覚の鋭さと『浄化力』の強大さには、正直驚かされた。君は紛れもなく『浄化者』だ。また、君は今日、『精霊使い』とも呼ばれる存在にもなった。そして君は、人間だ」

「…………」

「――レイ。君は、『司』にならないか?」

 その一言で場の空気が張り詰めた。

 レイの肩が、ぴくん、と動いた。

 サーナも両目を見開いていた。

 『司』。

 その言葉の呪縛に、思考力が奪われる。

 ただ茫然と、それを告げたヌースのやわらかい顔を見つめるしかない。

「…………」

 そんな彼女の真っ黒の目が、サーナを、とらえる。

「それと、……サーナ。君も」

「――え?」

「二人一緒に、『司』にならないか?」

 ――『司』。

 自分が、『司』に……?

 『司』。

 『土の大陸』の重鎮。

 『魔』に対する人間の、最後にして最強の壁。

 人類の宝。

 『精霊』に愛された者。

 その肩書きだけで、人々はその人を敬う。

 誰も、疎かには出来ない、その存在。

 絶対を得ることの出来る、人間。

 絶対の、存在者。

「――――」

 サーナは今まで、『司』になりたいとそれほど願ったわけではない。『司』という肩書きの重さはなんとなくではあっても知っていたし、それに何より、他の人のように『司』に対して憧れの情を抱くことが出来なかったから。『司』になりたい人はいっぱいいる。だから、そのような人がなるべきなのだと、そう思っていた。

 自分は『司』のような堅苦しいものにはなりなくないと思っていた。自分は、一介の『精霊使い』で充分だと思っていた。

 いや、今でもそれは思っている。

 思っている……けれど。

 『司』――絶対の、存在者。

「――わたし――」

 レイがサーナを振り返った。

 斜め上からは、ヌースが優しい眼差しをくれる。

 ベッドから立ち上がった。足元は覚束なかったが、それでもかまいはしない。よろよろと数歩歩むと、レイのいるベッドに手をついた。

 サーナは怯むことなくヌースを見上げる。

「私、決めたわ。私、『司』になります」

 そして、レイの目を真正面からとらえる。

「だから、君も『司』になるのよ」

「…………」

 黒い目があからさまに戸惑う。

 何も彼は答えを示さない。

 迷い……不安。

 そんなものが、奥でごちゃ混ぜになっているのが見えた。

 何に対してなのか、それはサーナには分からなかった。けれど、サーナは告げるのだ。

 自分の信念を、彼にぶつける。

「レイ。あなたが闇夜の魔物なら、それでもいいじゃない。それでも、あなたなんだから。だから、……あなたが闇なら、私は月になるわ。闇夜を照らす、月になる。私はあなた次第で輝くの。――そう、決めたのよ、レイ」

 だから、自信を持て、と。

「――――」

 レイは少し顔を伏せた。

 かすかな静寂の中、彼は口を開く。

「……一つ、教えてください。そう感じたので、確認をください。今日会ったあの『魔』が、僕をここに連れてきてくれた『精霊使い』を、殺したんですね?」

「…………」

 沈黙が、レイに答えを告げた。

 彼は、徐に顔を上げ、ヌースに視線を向ける。

「――『司』に、なります」



 ここから全ては始まった。

 それは、四年前のこと――。

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