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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 3 ■
24/36

3-10

 チェイル家から、コウイの瞬間移動能力を使って飛んだヌースは、民家の屋根の上に降り立っていた。

 瞬間移動の方は、コウイの方向音痴のために一度失敗をし、どこだか分からないところに辿り付いたりなどして、結局、二度飛んで目的地に落ち着く結果となっていた。

 瞬間移動で降り立った先は、人がちゃんと立てる足場の良いところであるべきで、足をつけたところが屋根の上というのは本来失敗と呼ぶのだが、目標がよく見えるので、ヌースが成功としたのである。

 ヌースは屋根の上に直立し、斜め下の光景をじっと見下ろしていた。隣では、二度の瞬間移動のために疲れ果てたコウイが、しゃがみこんで荒く息をしている。

「……あ、れ? サーナとレイ……? なんだ。めちゃくちゃ苦戦してるじゃん……」

 ヌースと同じ光景を見下ろしての言。

 息があがり切っているために、その言葉がどのような評価を含んでいるのかは分からなかったが、コウイの性格からして、蔑みではないのだろう。

「当たり前だ。偵察部の『精霊使い』が一人やられているからな」

 視線は動かさず口にした。この事実をコウイは知らないはずだった。実際、コウイは知らず、

「偵察部の……『精霊使い』?」

 と、何かに引っ掛かったようではあったが、ヌースはわざわざ答えない。コウイが何かに気付き、その推測を確かめたいのなら尋ねればよいだけのこと。こちらから情報を垂れ流しにする謂れはなかった。

「それにしてもさぁ、見ていられないよぉ。うわぁっ。血、出てるじゃん、血。痛そー」

 確かに、血。少年の背中ににじんでいる。地に強く背から叩きつけられ、その上で擦られたのが効いているのだろう。

 そんな彼の前で必死になって『結界』を張っている少女は、少年の背中のことにまだ気付いていないようである。

「なんだよ、あの『魔』。反則じゃん。リル=ウォークにあんな強いのいるなんてさぁ。駄目だよ、駄目だよ。あーあ。サーナも辛そうだー、無残だぁ」

 コウイが感情のこもらない口調で要領の得ないことを呟き続けていた。

 ヌースも彼の意としているところは分かりすぎるほど分かっていた。だが。

「そうだな。無残だな。コウイ。加勢にいくか?」

 と、コウイの努力に応えようとはしない。コウイも、俺じゃあ状況そう変わんないよ、と、尻込みをしてしまう。尤も、その判断は正しいものであるのだが。

 ヌースは動こうとはしなかった。屋根の上で直立し、足元で繰り広げられている戦いを見つめたまま。

 確かに、その攻防は惨憺たるものといえた。あまりにも一方的なものであった。勝敗は誰が見ても決まっていた。しかも、その先には確実な死が待っている。

 コウイの、加勢したくても自分が加わったところで何が変わるわけではないという葛藤と、動かない自分への苛立ちも、納得のいくものであった。

 早く手助けをしたほうがいい、取り返しの付かなくなる前に、救出した方がいい、それは確かにそうである。

 しかし、ヌースは動かない。

「おい、ヌース!」

 そんな時、下からリオンが翔んで上がってきた。

 チェイル家からの距離と到着までの時間を考えたら、彼がずっと走ってきたことは分かった。が、リオンの息はさほど上がっていない。

 彼はヌースの隣に立ち、やはり、下を見た。

「リオン。街の様子はどうだった?」

 ヌースは問う。

「何の変哲もなし。いつもどおり。ほとんどが異変に気付いていないな」

「そうか」

 やはり、と、思う。

 一人の『精霊使い』を殺すことの出来る『魔』がリル=ウォーク内にいると分かっていながら今まで見つからなかった。それは、『魔』が周りに違和感を与える事無く潜伏できる能力を持っているからだと考えられた。『魔』が、自分の存在を極力他に知らせずに済む術を持っているのだ、と。この場合もそうだ。これほど派手にやっているのに『精霊使い』でも『浄化者』でもない人たちには何の違和感も与えない。これがこの『魔』のやっかいな所であり、最大の力であるのだ。

 このような推測は、ヌースたちの間で為されていたことであった。だからヌースもリオンも、やはり、とだけ思う。

「――しかしまあ、一度網に引っ掛かっちゃえばこっちのものだな。さて。あいつらだけでは荷が重かろう」

 リオンが神経を集中する。

 一つ深呼吸すると、彼は口を開く。

「わが名はリオン。わが名を刻印す――」

「待て、リオン」

 『精霊』を呼ぼうとしていたリオンをヌースは遮った。リオンが不思議そうな目でヌースを見る。

「待てって……早くしたほうがいいんじゃないのか? あのままじゃ、可哀想じゃないか」

 それに、コウイが続く。

「そうだよ、ヌース。なんで助けてやらないんだよ。いくら何でも酷いよ」

「酷い……酷い、か」

 酷いといったら酷いのかもしれない。苦しい思いをわざと長引かせているのだから。そこから解放させる術を、自分は持っているというのに。

 わざと、苦しめている。

 苦しめている。

「ヌース。どういう考えがあるのかは知らないが、どう見ても彼らだけじゃ無理だ。どんなに待ったって、良い結果は得られっこない。むしろ最悪の事態になりかねない。なのに、お前は手出しするなというのか?」

 最悪の事態。本当に?

 本当に、その結末しかないのか?

 ヌースは見つめる。

 彼らを見つめる。

 『魔』の攻撃が止んだ隙に逃げ遅れた二人。 彼女が『結界』を張る。

 保たない。

 『魔』から放たれる空気の塊。

 それを、彼が身を呈して止める。

 彼が彼女を守る。

 守り、守られ、それが、逆転し――、

「コウイ」

 蹲ったままの彼の名を呼んだ。彼が反応を示すのを待って、ヌースは問う。

「あれが、レイとサーナ、なんだな?」

 僅かな間の後、返事は来る。

 それは、「是」。

「ヌース?」

 リオンの当惑した声。

 ヌースは視線を動かさない。

 必死に戦う彼らを見つめたまま、おもむろに口を開き、二人に告げるのだ。

「もう少し時間をくれ。大丈夫。大丈夫だ。二人で戦えば、彼らは勝つ。この状況を乗り越えられる。大丈夫さ。――二人で戦えば、な」

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