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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 序 ■
2/36

序-1


   そばにいて。


   いつまでも。


   私のそばにいて。


   手を伸ばせば、

   あなたに触れられる。


   名を呼べば、

   あなたが応えてくれる。


   そんなところに、いて。


   私のそばに。


   私を見守って。


   私を見つめて。


   いつまでも、


   いつまでも、


   そばにいて。



   そしてそんな約束を、


   私にちょうだい。








―――――――――――――――――――――――――――――――――







 十月の秋晴れの昼のことだった。

 四限終了のチャイムと共に鷹巣森中学校の各教室では号令がかけられ、教師は退室し、生徒は教材を片付け昼食をとろうと机をがたがたと動かし始めていた。

 通常、どのクラスでも男女を問わず数人が集まって昼食をとる。鷹巣森中学校は給食ではなく弁当だ。だから、何人かが集まっては各自が家から持ってきた弁当箱を突き合わせ、食事をする。

 教室を出て昼食をとる者もいないわけではない。が、自分たちの教室で昼食をとることが基本的に定められており、その上、学校内の良い場所というのは最上級生である三年生の一部が陣取ってしまっているので、ほとんどの一年生はどんなに外が気持ち良く晴れていようともおとなしく教室にいる。

「あれ? 真恵(さなえ)どこ行くの?」

 しかし、彼女だけは別だった。

 クラスの友達がいつものとおりに机を移動させようとした矢先、はっきりとした作りで華やかな感じすらする顔の彼女は、自分の可愛らしいお弁当箱を抱え、教室を出ていこうとしたのだ。

 きょとんとした表情の友達に顔を向けると、彼女はいつもと同じ軽い調子でこたえる。

「あー、ちょっと今日は他行くねー」

 他ってどこ? と重ねて尋ねる友達を尻目に彼女――伊藤真恵は一年七組の教室を出ていった。

 トイレに行ったり手を洗いに行ったりと何かとわらわら人のいる廊下を歩き足を止めたのは、1-5というプレートの掛けられた教室の入り口だった。

 開け放たれている扉から中の様子を伺う。

「お、伊藤じゃん。久しぶり。何だ? 誰かに用か?」

 斜め下からそう声をかけてきたのは、一年五組の男子生徒。入り口の脇の机が彼の席らしい。横向きになって椅子に座り、真恵を見上げている。

 確かこいつは戸田といった。前期、真恵と同じ保健委員で、何度か一緒に仕事をしたことのあるようなないような。

 まあ、真恵にしてみればどうでもいいこと。

「うん。探し人」

 軽くそうとだけ応えて真恵は視線を教室内に向ける。ぐちゃぐちゃになってしまった机の間を縫って、真恵の目は一人の姿だけを求めていた。

 いつも目にしている見慣れたその姿、痩せた体に少し長めの黒い髪の――いた。窓際の列の後ろから二番目。

 真っすぐ前を向いている机に彼はついている。

 見付けだすと同時に真恵は足を教室の中に進めていた。このクラスの生徒が、見覚えのない、しかし黒にしては薄い色彩の髪と目なのでどうしても目立ってしまう彼女に視線を向けるが、真恵は構う事無く向かっていく。

 目標である彼は窓の外に視線を向けていた。クラスの生徒のほとんどが真恵に注目する中、本人だけが気に留めていない。

「レイ」

 あちこち向いている机の合間を縫ってなんとかそばまで行くと、真恵はそう声をかけた。そこでやっと彼の目が真恵をとらえた。

 黒目がちの両眼があからさまに驚いている。

「……さー、……さ、なえ。どうして、ここに?」

 当たり前の反応。予測され得た反応。だから真恵はお弁当箱を抱えていない右手をだんっと何も乗せられていない彼の机に叩きつけ、真剣な眼差しで彼の目をじっと覗き込むのである。

「珍しくぼうっとしていたみたいね。レイ。……お弁当、食べないの?」

「……食べる、よ」

「食べるって、いつ食べるの?」

「……お腹が、空いたら」

「そのお腹が空くのはいつなの?」

「…………」

「その頃はまだ周りの人も食べているの?」

「…………」

「周りで食べていなかったら、一人で食べる気なの?」

「…………」

 彼は沈黙。

 この反応もまた、真恵には充分予測されたことではあった。

 そのためやはり、彼女はもう一度手を机に叩きつけると周りのことなど全く気にせず声を張り上げるのである。

「不健康っ! ちゃんとお昼を取らないのも一人で黙々と食事するのも不健康なのっ!」

 だんだんっ。

 思わずクラス中が沈黙。そして注目。

 だがこんなことを気にしてめげてしまうような彼女ではなかった。

 彼が勢いにおされ、ただでさえ口下手なところ輪をかけて何もいい出せないでいるのをいいことに、容赦なく言葉を重ねるのである。

「何でレイがお昼を食べないのか知らないけど、何で一人なのか……まあ、なんとなく分からないではないけど、それを私としては認めるわけにはいかないのよねっ。だからっ、さあ! 今日はいい天気よぉっ」

「…………」

 真恵の右手人差し指が差した先は窓の外。

 彼がそれを自らの目で確認している隙に、真恵は彼の机の横に掛けられていたサブバックをあさっていた。取り出すのは彼の弁当箱だ。

「……あ……」

「今日は一緒に食べましょ。ね?」

 外は気持ちいいわよぉ、と口にしながら、一年五組の全生徒注目の的となっているのにも全く構わず、真恵は二つのお弁当箱を抱え男子生徒を一人ひっぱって、にこやかな表情で教室を出ていくのだった。

自サイトでは「1-1」として掲載している前半部分がこの「序」に含まれています。

自サイトと同じ掲載方法が理想なのですが、「序」だけで載せようとしたら文字が全然足りなくてはじかれてしまい、かといって、「序」にこれ以上文字を増やすのはただの無駄ではなく改悪となるので苦し紛れの策です。

妙な「序」になってしまい、申し訳ありません。

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