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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 3 ■
18/36

3-4

 リル=ウォーク。王宮内。

 学校や研修生らが住まう棟とは離れた別の、政務を執り行う棟の、陽の降り注ぐ中庭で、常に日陰となり得る所に円卓と椅子を置き、彼らはそこにいた。

「十八」

「七」

「二十一」

「三十三」

「四十五」

「二十四」

「六」

「十二」

「ビンゴ」

「何っ!?」

 がばっと身を起こし、彼が自分の手にある紙を覗き込んできた。そこには四角を二十五等分した中に数字が書き込まれ、所々斜線で消されている。それをよく確認し、数えると、彼は深々と嘆息する。椅子の上に腰を落ち着ける。

「ああ、今度こそ勝ちだと思ったのに……」

「十六勝七敗一分け。勝率六割六分六厘、と。ちなみにお前の勝率は、二割九分一厘。ふむ。見事だな」

「変に感心しないでくれ、ヌース。なんでこんな戦略も戦法もないゲームで大敗けしなきゃいけないんだ……」

「それは違うぞ、リオン。戦略はある。一つの数字を読み上げたとき、例えば二十二だったとするぞ。その時、微妙にお前の表情が変わるんだ。でも、お前の手は動かない。つまりお前の待っていたのは二十二ではないが、二十代だということは分かる。ならば、それを外して自分の欲しい数字を消していけばいいんだ。そうすれば、かなりの確立で勝てる」

「それはつまり、相手の表情を読み取れるというのが前提だろ?」

「そうだな」

「お前の微動だにしない表情を読みとれって……?」

「失敬な。私の表情はこんなにも変わるじゃないか。ほら、すました顔、考えている顔、ぼうっとしている顔、お腹が空いたと思っている顔、」

「もういい」

 もう一度ため息をつくと、『水の司』リオン=ビィノは手にあった紙と筆を目の前の机の上に置いた。椅子の背もたれに身を任せ、天を仰ぐ。

 とりあえず小休止かな、と、『夜の司』ヌース=マイレスも紙と筆を置いた。机の上に頬杖をつく。

 二人は、有喜という仲間が教えてくれたビンゴというゲームをしていた。

 四角を二十五等分し、一から五十の数字の中から二十五個好きな数を書き入れ、交互に一つずつ数字を読み上げ、読み上げられたそれを消していき、消された数字が縦横斜め、どの方向でも合わせて三つ揃ったら「ビンゴ」といって上がる、というゲームである。

 なぜ二人がこんなところでこんな風にほのぼのとゲームなんぞをしているかといえば、二人とも暇だったからに他ならない。

 『司』は原則的には、普段、王宮抱えの『精霊使い』や『浄化者』のようにどこかに出かける用事がない時は、昼の勤務時間には王宮内にいなければならなかった。

 ただ、『司』は王宮の一機関とされてはいるが事実上独立しているため、用がなければ王宮に来ない人もいた。それは王宮にいてもやることがない時の方が圧倒的に多いからだ。

 この日もヌースとリオンは律儀に王宮に来はしたものの、やはりすることなどなく、いつも『司』が屯している会議室で顔を会わせた二人は、ゲームでもしようと思い立ち、庭に――この明るい小さな中庭も『司』が勝手に自分たち専用にしてしまっていた――いるわけだった。

 二人口を閉ざしじっとしていると、柔かな風が吹き抜けていった。この庭に据えられている小さな池の中で魚が跳ねる。水の音がする。頭上では、木の葉が擦れ合う音。

 そんな所に、――騒音は文字通り飛び込んできたのだ。

「ちょっと知ってる!?」

 突如として机のすぐ脇に、人。

 ふわふわの赤毛に大きな茶色の瞳の彼女は、目をますます見開いて、どんっ、と両手を机に叩きつけてくれた。

 ヌースとリオンはその音で顔を彼女に向ける。二人とも、彼女が突然この場に現われたことに驚きなどしない。

 彼女は『伝令の司』。瞬間移動能力を持っているのだから。それにこのような登場のしかたはいつものことでもあるのだ。

「何を知っているかって?」

 情報通でもある彼女、フィル=ユイカに頬杖をときながらヌースはわざわざ尋ねる。別にこちらから尋ねずとも、彼女は勝手に喋ってくれるのだが。

「ほら。今さ、学校の『精霊使い』『浄化者』進路の年少級に、変わった男の子、いるじゃない」

「ああ。あの、偵察部の『精霊使い』が連れてきたっていう、彼?」

 確認を入れるのは、リオン。

「彼とは、誰だ?」

 話の流れを遮って聞くのはヌース。

「そうか。ヌース一昨日まで外にいたから知らないのね」

 ヌースは一昨日まで一ヵ月以上かけて『水の大陸』ある国まで『魔』の排除に出かけていたのだ。だから、話が見えてこない。

「一ヵ月前ぐらいかな。偵察部の『精霊使い』がね、帰りがけに男の子を拾って学校に入れたんだけど、それがかわいそうな子なのよ。物心つくかつかないかぐらいの頃に両親と別れてある家に預けられたんだけど、その家では家畜同然の扱いを受けて、家の主人にはいたぶられて、挙げ句の果てにはその家が『魔』に狙われたものだから、彼、贄にされてね。その時『浄化』の力に目覚めるし、長年虐げられたお陰で感情をうまく表現できないし、人に警戒心とかないし、周りと馴染めるはずがないし、でね。あと、噂によると、『精霊』が語りかけているのに契約を結ばない、とか」

「契約を、故意に結ばない……?」

「そ。なぜかは知らないけど。そういう話よ」

「それと、彼の場合、一番の悲劇は、彼の過去は学校の上層部と彼を連れてきた『精霊使い』だけしか知らないはずなのに、なぜか広まってしまっているって事だな」

「そうよね」

 何時の間にか広まっていたわよね、とフィルとリオンが首肯きあっている。

 ヌースはそんな二人の話を聞き、「ふむ」とだけ声にした。右手を顎の下に添える。視線を二人の友から外すと、斜め下に流す。

「その彼が、どうしたって?」

 話を元に戻し先を促すのはリオンだった。フィルはいう。

「そう。それでね、その彼を連れてきた『精霊使い』、彼を学校に入れた次の日から姿見せなくって、夜逃げか!? なんて統轄部の方で騒いでいたらしいんだけど、昨日、死体で見つかったって」

 ヌースが視線をフィルに移す。

「死体!? どこで!?」

 彼女は、目を丸くし声を上げるリオンを見ている。

「リル=ウォーク。彼の家にある池の中」

「……死因は?」

 抑揚のない声でヌースは尋ねた。

 フィルの目が自分に向く。

「衰弱死。多分、『魔』よ」

 『魔』。

 リル=ウォークには『精霊』による『結界』が、王宮にいるそれ専門の『精霊使い』によって張られていた。

 リル=ウォークが、『魔』の排除に積極的に当たる人々の中心部で、神聖視すらされている王宮を抱える都市のため、『魔』の脅威となり、狙われやすいためだ。

 もちろん『結界』も『水の大陸』の国が『精霊使い』を雇いその者に張らせるものとは訳が違う。

 絶対的に強固な、どのような『魔』であっても侵入することが出来ないほどの性能を持つ『結界』なのだ。

 なのに、『精霊使い』がリル=ウォーク内で『魔』に殺された?

 本来、絶対にありえない、あってはならない事態だ。

 『精霊使い』が殺されるということも、『魔』がリル=ウォーク内に侵入しているということも。

「それは、裏付けが取れているのか?」

 ヌースが問う。フィルは答える。

「偵察部の上層が出向いて痕跡を確認したって。これ、ついさっき統轄部に報告されたことなの。だから、対策はただ今検討中。多分、『精霊使い』と『浄化者』、総動員でしょうね」

 リル=ウォークに住む人間は、強固な『結界』の存在を知っているので、『魔』に対する警戒心が弱い。そのため、『魔』に狙われたらやすやすと犠牲になってしまうことは目に見えていた。

 しかもどのような形であれ、リル=ウォークの『結界』内に侵入し、偵察部の、ではあるが、れっきとし訓練の施された『精霊使い』を殺すことの出来る『魔』なのだ。力のほども容易に推測はついた。

 そして王宮が全力で排除に乗り出すということも。

「と、いうことは、こっちにも出動要請が来るって事かね?」

 リオンが淡々と呟く。フィルは「でしょうね」とだけ口にし、ヌースは再び頬杖をついた。

「…………」

 三人の間を心地よい風が吹き抜けていった。

 それに伴い、頭上の木葉がさわさわと揺れた。木漏れ日も揺れる。

 リオンもフィルも、口を開こうとはしなかった。二人ともそれぞれに視線を固定し、周囲に注意を払ったまま、微動だにしない。

 ヌースも動かなかった。

 リオンの肩越しに見える、建物の中に続く木の扉に目を向けたまま、風に身を委ねていた。

 そして、両目を微かに細める。その時に、

「――『司』殿」

 扉は開かれ、一人、落ち着いた年輪を感じさせる声の男が姿を見せたのだ。

 『司』三人は同時にその男の深い皺の刻まれた顔を見る。

 王宮抱えの『精霊使い』『浄化者』組織の、上層部の一人の顔を。

「内々に、お頼みしたいことがございます」

 ヌースは頬杖をとく。

 彼女は断ることは出来ないであろう、その頼みごとの厄介さを思いやり、一つ、ため息をついていた。

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