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月夜の兎  作者: 望月あさら
■ 2 ■
14/36

2-7

 昼だというのに、その日はずっと暗かった。空を真っ黒な雲が覆い、大きな雨粒が降ってきていた。

 公一は傘をさし、木々の間にいた。目の前には、その身を雨にさらしながら両目を閉じ、立ち尽くす玲司の姿。少し離れた左隣には、やはり傘をさして玲司を見守る、有喜。

 昨日の夜、衰弱のために倒れた真恵を抱いて家屋敷に帰った玲司は、眠る彼女のそばに腰をおろし、そこで公一に、公一よりも、他の人よりもずば抜けて感覚が強いために何を彼が知り得たのか、それを話してくれた。公一の疑問に、答えてくれた。

「なんでサーナは『魔』に力を喰わせているんだ? 正気じゃないといったけど、それはどういうことなんだ?」

 玲司はずっと絨毯の上に視線を向けたまま、話をした。

 それは、こういう内容だった。

 ――真恵が『魔』に力を喰わせているという状態は、つまりは『魔』と契約を結んだということに他ならない。なぜ真恵は『魔』と契約を結んだのか。普段なら、『魔』に唆されたと考えることが出来る。『魔』の口車に乗ってしまったのだと、『魔』の本当の恐ろしさを知らないがために、契約を結んでしまったのだと。

 けれど、真恵は『司』候補生だ。『魔』を排除する立場にある者だ。意識して、考慮して『魔』と契約を結んだとは考えにくい。知らぬうちに契約を結ばされていた、しかも真恵の記憶が所々抜けていることから考えても、正常ではない、半ば操られた状態でそうされたと考えるのが一番妥当であろう。

 では真恵を操った物は何であろうか。一番最初に考えられるのが『魔』自身だ。けれど、あの『魔』は真恵の力を一度にたくさん喰えないところから見ても、かなり弱いものであると思われる。そんな『魔』が真恵を操る事が出来るだろうか。その答えは、否。

 次に考えられるのが、『魔』の宿っているマスコット。『魔』は人間の力を喰うために物に宿ることもある。その時、念の強いものに宿りやすい。それは人間に対してもいえることだ。それに、玲司はあの場に強い念を感じていたのだ。その念がマスコットのものであり、また、その念が真恵と『魔』をつなぐ媒介になり得るものであるなら……?

 『魔』が人間の力を喰うには一度人間の中に入らなければならない。しかし、人間の中に入るのはたやすいことでなく、その人間と『魔』の波長が合わない場合は、隙を見付けて入り込むことになる。

 隙は、警戒心の弱さであったり、その人間が心を許す物、者であったりする。もし、真恵がマスコットの念に、ひいてはマスコットに心を許したのであれば? それが、隙になる。『魔』と真恵を繋ぐものになる。しかも、マスコットがその念の強さゆえに『魔』と契約を結んでしまった真恵を操るというのも……不可能なことではない。真恵をとらえた念が真恵を操る……現状、充分に考えられることであった。

 それは、真恵と離れたマスコットを、真恵の『光の精霊』が守っていることからも考えられた。『魔』を『浄化』するために、マスコットを守る真恵の『精霊』を砕いても真恵に負担はかからないが、砕くと同時に再び『精霊』が守りを固めるということは充分にありえることだった。

 だから、『魔』を『浄化』するには真恵の意志で『光の精霊』の守りをなくさなければならず、そのためには真恵を正気に戻す必要があり、真恵を正気に戻すには、真恵がマスコットのどのような念にとらわれたのかを知り、それを知った上で彼女を説得する必要があった。

 そのために、玲司は有喜を呼んだ。マスコットが宿す念の内容を知るには、『霧の精霊』が使えたからだ。

 『霧』は幻、幻影、を司どり、彷徨っている思いを具象化することも出来た。玲司は『霧の精霊』により、念の内容を知ることを思い立ったのだ。

 今日の朝早くに玲司は有喜に電話をし、援助を頼んだ。有喜は無駄なことは一切いわず、それを承諾だけしたという。そして放課後、有喜と落ち合い、三人はここに来た。

 もちろん公一も『霧』を見ることを望んだ。しかし、今回のような状態で『霧』を見ることは、ともすれば真恵の心の奥深くに踏み込むことになるといわれ、仕方なく脇に下がっているのであった。

 玲司は今、一人『霧』を見ていた。

 端からは、目を閉じじっと立っているようにしか見えない。

 有喜によれば、『霧』を見ているのは夢を見ているのに似ているということだった。

 そうして玲司が『霧』を見始めてからいくばくが経っただろう。

 雨に打たれ続ける玲司は全身雨水だらけになっていた。制服も水を吸い、重い色を放っていた。

「…………」

 公一は、玲司と真恵のことを三大陸世界の学校にいるときから知っていた。まだ、『司』候補生になる前から知っていた。

 特に真恵とは学校に入ってすぐから懇意にしていた。だから公一は、二人の出会いも知っていた。二人が今までどのように歩んできたか、それを知っていた。

 玲司は三大陸世界でも「変な奴」という目で見られていた。そんな玲司のそばにはいつも真恵がいて、二人はどういう関係なのかと、よく噂されたものだ。

 公一も、噂をした人間のうちの一人だった。端から見ていて、二人の関係ほど奇妙なものはなかった。仲間、という言葉も、友達、という言葉も、親友、という言葉も、しっくりきはしなかった。

 家族、というのがある意味合ってはいたが、見方をかえればそれもおかしな話だった。

 二人好きあっているのではないか、それがもっぱらの噂であった。けれどそれが噂の域を出なかったのは、二人が二人とも否定したことはあるが、最大の理由は、そう結論付けたはずの周囲の人間の中で、どうしても釈然としなかったからだった。

 公一もそのような人間の一人だった。公一は真恵とも玲司とも普通に話のできる貴重な人間の一人だったので、二人ともに自分の口から尋ねた。「お前はあいつのことが好きなのではないか」と。

 真恵は「違う」と答え、玲司は「違うと思う」と答えた。しかし、その後に二人とも同じ言葉を付け加えたのだ。

 ――あの人は、大切な人。誰よりも幸せになって欲しい人――。

 公一は、そういわれてしみじみと納得をしていた。二人の関係は一言でいい表わせられるものではない。けれど、お互いがお互いに抱いている感情は、きわめて純粋で真摯なものである、と。

 公一は今まで二人のことを暖かく見守ってきたつもりだった。特に玲司が、そのとばっちりで真恵も、何かと後ろ指差されることがあったが、そんな二人を弁護してきた。自分は分かっていると、必要ならばいってやった。

 なぜそんなことをするのか。二人とも自分の友達だから、それはある。だが、最たる訳は――多分、見ていて気持ちがいいのだ。二人のことを見ているのが、好きなのだ。信頼し合っている二人のことを見ていると、自分の方が幸せになれるのだ。

 だから、公一は二人のことを守りたいと思っていた。公一は二人が口をそろえて「恋愛感情はない」といっても、ずっとその関係のままでいられるはずはないことは分かっていた。しかし、それでもよかった。将来のことは、分からない。が、今の二人が、好きだった。守りたいと、そして、二人のそばでこんな関係を見ていたいと、思っていた。

「…………」

 公一は玲司を見つめる。彼の足元で雨にさらされている、白うさぎのマスコットを見つめる。

 暗い、木々の中。外部から隔離された静寂の空間。

 雨が、地を叩いていた。

 水しぶきを、上げていた。

 佇む玲司の指先から、水滴がしたたる。

 玲司の髪の毛から、水滴が落ちていく。

「――――」

 と、彼の目蓋が微かに動いた。

 ゆっくりと彼の黒目がちの両眼は開かれていた。

 視線が、少し空を彷徨った。

 その後、彼は動く。振り返ると、有喜に軽く会釈をする。

「ありがとうございました」

「……頑張れよ」

 有喜はそれだけいい、去っていった。

 公一はその背を見送ると玲司に駆け寄った。彼に傘とカバンを渡そうとするが、玲司はそれを無言のまま断った。

 眼差しが受け付けそうにもないものだったので、公一も傘とカバンを渡すことは諦める。代わりに、尋ねる。

「何が見えたんだ?」

 玲司が公一を見た。一瞬の後、目をそらす。地に視線を落とす。

 雨が激しく地を、木を叩く音の中、玲司は弱い声で答えた。

「過去が……四年前の、僕と、サーナが出逢った時の過去が、見えた」

「お前と、サーナが……?」

 あの時の、情景が?

「おい、レイ!」

 口を閉ざし、玲司は歩きだした。

 公一がその後を追っていこうとしたが、その前に、彼は一言だけをいい置く。

「悪い。しばらく一人にさせてほしい」

「――――」

 玲司の背が、木々の奥に消えていく。

 雨足は、弱まることを知らない。

 公一は、玲司のカバンと傘を抱え、彼の消え去った方を見つめ、そして、一人、立ち尽くしすしかなかった。

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