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召集の後、それぞれの場に帰らなかったのは公一とフィルだけではなかった。
召集をかけた張本人である『霧の司』と、漆黒の髪と目に褐色の肌の『夜の司』は、他の人間が部屋からいなくなってからも、茶をすすっていた。
その状態は有喜の方が故意に作った。ヌースは有喜が自分と話がしたいと思っていることに感付いて付き合っているにすぎない。
だから、二人の間には奇妙な静寂が流れていた。
有喜は机に軽く腰掛け、器を持つ手を膝の上に置いており、ヌースは茶を流し込みながら壁に左肩でもたれ掛かって、ぽっかりと開けられた小さな窓からまだ明るい外を眺めている。
部屋の空気はどこか張り詰めていた。それも有喜のせいだった。ヌースは和らかな表情で外を見、有喜の目は厳しい面持ちでどこを見るでもなかった。
その空気に耐えられなくなったわけではない。けれど、口を開くのをためらっているならこちらからきっかけを与えてもよかろう、と、先に言葉を発するのはヌースの方だった。
「それで? 有喜は何を心配しているんだ?」
有喜は器を見つめたままだった。中にはもはや何も入ってはいない。
それを脇に置き、有喜はとうとう口を開く。
「本当に、よかったのか?」
再び、静寂。一瞬の間。
ヌースが歩いた。飲み終えた器を他の器が置かれているところまで持っていく。
「よかったとは、何が?」
「本当に、今回の件でよかったのか? もう少し待てば、他の結果が得られたかもしれない」
有喜は真っすぐヌースを見ていた。背の高い彼女の横顔。彼女は視線を合わさない。かわりに、口元にうっすらと、笑みを浮かべている。
「別に時間がなかったわけじゃない。有余はあった。なのに……」
「告げてしまってからそのようなことをいっていても仕方ないとは思わないのか、有喜」
「まだ取り消しはいくらでもきく」
「本意でないことをそう口にするものではないな」
有喜はヌースの指摘に窮してしまった。
口を閉ざす。
「それに、この件については散々話したではないか。今更、決心が鈍ったなどといい出すつもりか?」
その通りだった。この件については有喜とヌースは充分に話し合ったはずだった。それからの、決定、通達。
なのに、今ここにきて有喜の心が揺れているのはなぜか。彼自身にも、分からない。
すると、ヌースは哀れみに似た笑みを声にのせる。
「……本当、つくづくお前は冷酷に撤しきれないと分かるよ。適任じゃないよな、まとめ役は。やっぱり、お前がこの役は、違う」
ヌースは軽く振り返る。優しい目の端で、あからさまに困惑する有喜の姿をとらえ、はっきりというのだ。
「安心しろ。これでいいんだ。本当にいいと、私は本心から思っているんだ。確かに、あの二人も将来的には独り立ちしなければならない。だが、今は二人で一つでいい。私もそのつもりで育ててきた。だから、これでいい」
「…………」
分かった、とだけ告げると、有喜はそれ以上何もいわなかった。器を手に立ち上がり、それを置き、部屋を出ていく。
ヌースはその背を静かに見送った。
微笑みを浮かべたまま、一つため息をつく。置かれていた瓶から空の器に水を注ぐと、それを飲み干す。また、ため息をつく。
そうして、彼女もゆっくりと部屋を出ていくのである。