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堕天使の憂鬱

作者: 四条愛羅

以前、学校の部誌に載せた作品です。

 私は、自分を堕天使に例える事が多い。天使ほど清らかな人間じゃないし、だからといって、悪魔ほど冷酷でもない。しかし、堕天使に例えてしまうのは私自身、自分が『普通』じゃないと思っているからだ。

 冬になると、教室内でもマフラーをしている女子がいたり、そうじゃなくてもコートから手袋まで全身コーディネートして来る女子が多い。私も表面上は“彼女達”に倣ってお洒落をしている。それ自体は問題ないけど、“彼女達”のファッション自慢には加われないし、加わりたくも無い。正直、そんなのはどうでも良いとさえ思っている。それに、“彼女達”は仲間内―主に同級生―とお喋りするのが楽しいみたいだけど、私は先輩方や後輩の話を聞いて、学校生活の参考にしたり、或いは将来の自分を想像したりする方がよっぽど楽しい。

 こんな風に、私は“彼女達”とはちょっと『ずれて』いる。でも、“彼女達”にそれが知られる事が無いように生きている…、つもりだ。だから、少なくとも“彼女達”に冗談以外で『KY』と言われた事はないし、また、“彼女達”のことも『KY』と言う事は無い。

 だが、やはり同じことを感じる仲間は多いので、私は勝手ながらそんな仲間達―私も、だが―を『堕天使』と呼んでいる。そんな私達は、やはり憂鬱も多い。()()()が(・)か(・)な(・)り(・)()う(・)他人に合わせているのだから、当然、といえば当然だが…。

 「杏那(アンナ)ちゃん、おっはよ〜!」

「おっはよ〜!」

「…おはよう。」

いつものように、一日が始まる。“彼女達”に挨拶され、決して愛想が良いとは言えないけど、かといって愛想が悪いとも言えない挨拶を返す。

「ねえ、このヘアゴム、どう思う?」

「…良いんじゃない?」

「でしょ?これ、○○の新作でね…。」

また、始まった。“彼女達”の自慢大会。曖昧な笑顔で、半ば聞き流す。

「こっちのブランケットはね…。」

「同じの、持ってる〜!」

「…いいなぁ。」

…それにしても、いつもの事ながら、長い。本当に、長い。朝からため息もつけない。でも、“彼女達”の前で愛想笑いを崩すことは許されない。

「あ、藍李(アイリ)。おはよう。」

私は、藍李が来るまでは“彼女達”の相手をしている。藍李も『堕天使』の一人だ。私達が二人で話し始めると、“彼女達”の殆どは私の席から立ち去る。しかし一部の子は、

「今日何の授業だっけ?」

とか、

「そのマフラー、××のでしょ?いいよね〜。」

とか言ってくる。それでもその子達も気が済めば私の席から立ち去る。

「…杏那、お疲れ。」

「もうチョイ、早く来られない?あれ、退屈なんだけど。」

「ごめんごめん。」

藍李と二人で話す事は今の時期、この時間の唯一の気晴らしだ。寒いからわざわざ渡り廊下を渡ってまで先輩たちと話す気は起きないし、いつどのクラスに先生が来るか分からないから、他のクラスに行く気にもなれないからだ。


 「ふぉら、全員席付け〜。」

担任の微妙に間の抜けた声で、皆が席に着く。その後、藍李が号令をかけ(藍李は学級委員長である)、ホームルームが始まる。ホームルームとは言っても、ただ出欠を取るだけの、お粗末な物である。担任が伝達事項を忘れる事がしょっちゅうあると言えば、そのかなりのお粗末さがお分かり頂けるだろう。

 そして、“彼女達”はホームルームと一時間目の授業の合間にさえ喋りまくる。

「杏那ちゃん、次の授業だるくない?」

「…そう、だね。」

次の授業は、好きな科目なのだが、ここで

「そう?」

と言ってしまえば『KY』になるのは避けられない。“彼女達”にも、自分にも嘘をつく事で、今の居場所は確実な物になる。藍李も、同じような事を言われているのだろう。こちらをチラチラと見てくる。

「おい、お前ら、もうチャイムは鳴ってるぞ!」

教師の怒鳴り声。でも“彼女達”は、

「チャイムなんて鳴ってませんよ?」

と言う。教師がスピーカーのスイッチを確認すると、()の(・)()スイッチは切れている。

「おいおい…。」

と教師も諦め顔。この教師の授業の時は“彼女達”も、男子たちも大人しいけど、講師の授業では、こうは行かない。紙飛行機が飛んだり、手紙交換をしたり、とにかく授業は妨害される。おかげで、自分で勉強するか、授業を必死で聴こうとするかしない限り、毎日の授業にはついて行けない。

 授業が終われば、次は体育だというのにまた“彼女達”に話しかけられる。

「そっちの部活って、今どんな事やってんの?」

「話し合い。」

「へえ〜。」

“彼女達”も、興味あるから聞いて来るんだろうけど、やっぱり

「へえ〜。」

で済まされると苛立つ。しかし、そこでも耐えねば『KY』になってしまう。抑えねば。

「藍李ちゃん、生徒会は?」

「引き継ぎも終わったし、今は…正直、暇。」

「へえ〜。」

女子更衣室でも苦労するよ、全く。

 体育は、女子は合同でバスケットボール。グループでのフリースロー練習をした。『堕天使』同士でグループは組めたが、練習の合間にも“彼女達”は話しかけてくる。ウザイ、ウザすぎるよ。

「フリースロー、どう?」

「まあまあ、かな。」

事実は、言えない。今日は調子が良くて6本中5本入ったなんて言えば、それこそ『KY』だ。“彼女達”の調子が良いかどうかなんて、分からないから。彼女たちが離れると、

「うわ、琳音リンネ、決まりすぎじゃん!」

「まあ、琳音とトモ亜未アミは運動神経抜群だから。」

「杏那も、調子良くない?」

「良いよね、二人とも。」

千瀬チセだって、この間めっちゃ入ってたじゃん!」

と、『堕天使』同士の本心での会話を(あくまで小声で)する。“彼女達”と話すよりも、『堕天使』同士で話す方が、よっぽど楽しい。それは、私にとって変わり様の無い事実だ。

 その後の休み時間も、私達はお互いに話し、“彼女達”とは話さなかった。

「琳音、お疲れさん。」

「杏那と藍李、あのクラスでよく頑張れるよね。そっちの方がよっぽど『お疲れ』なんでしょ?」

「はんっ。」

藍李は鼻で笑い飛ばした。

「あのクラスでは、別人だもん。過酷じゃない訳無いじゃん。」

「まあ、藍李の言うとおりだね。『杏那ちゃん』とか、馴れ馴れしく言われたくない。」

…もちろん、“彼女達”に聞かれないような場所で話している。そうじゃなければ、“彼女達”にとっての『KY』になってしまう。

 その後の授業でも、休み時間でも、“彼女達”のテンションは止まる所を知らない。そして、巻き込まれ続ける。冗談じゃねえよ。

 昼休み、私は先輩方とトランプをしながら、互いの学年の情報について話した。

「…愛羅アイラ先輩のとこって、そういう状況ってありますか?」

「うーん…。うちらの所は、仲良くしたくない人と仲良くしなくても、何とかなるかなあ。」

「いいですね。」

「あ、もう8分だよ。教室戻んないと。」

「マジですか?それじゃ、失礼します。」

「んにゃ、放課後ね〜。」

 午後は、“彼女達”が眠くなる授業が二時間。私達は余裕で起きていられるのに、何がどう違うと眠くなれるんだろう?思ったとおり授業中“彼女達”はすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。“彼女達”にとってどうだったかはともかく、とにかくこの二時間は私にとって平和に終わった。私達はさっさとHRを済ませて帰ろうとする。

「また明日ね〜!」

「また明日。」

「あ、ちょっと杏那ちゃん待ってくれない?」

「…どうしたの?」

「掃除当番代わってくれない?」

…私が暇だと思い込んでいるは時々私に頼んでくるが、あいにく私はそんなに暇じゃない。馬鹿じゃないの、“彼女達”って。

「ごめ〜ん。今日は委員会あるから。」

「そっか〜。ごめんね〜。」

無難な笑顔で“彼女達”に謝ると、私は委員会に向かった。

「こんにちは。」

「おっ。お疲れ。」

「あ、杏那、こっちだよ。」

「あ、分かりました。んで、今日は何を?」

「…書類の分別かな〜。今日は大掃除するつもりだし。」

「確かに大掃除しないとまずいですね。」

仕事に取り掛かろうとしたとき、私が知る唯一の『天使』、幼馴染の柚祈ユキが声をかけてきた。

「…大丈夫?何か、顔色悪いけど。」

「柚祈、大丈夫だって。いつも、この、位…。」

そう言ったものの、私がこの時最後に見たのは、駆け寄ってくる『天使』の姿だった。


…ここは、どこだろう?一応、記憶を確認。私は那珂守 杏那。中二。…その時、『天使』が私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?さっき、杏那が倒れて、びっくりしたよ。」

「…面目ない。」

私は思いっきり、苦笑した。ただし、冗談は当社比40%増しで。

「無理、しないでよ?」

とは、愛羅先輩。どうやら、本気で二十分ほど気を失っていたらしい。

「大丈夫?」

「当たり前でしょう?」

「そう、なら…良いんだ。」

「ありがと、ね。」

『天使』は私の荷物を持ってきてくれた。重いのに、馬鹿正直な奴。だから、いい奴なんだろうと思う。

(でも、何で“彼女達”に振り回されて私が疲れなくちゃいけないのよ…?)

そう思ったが、“彼女達”がきゃあきゃあ言いながら通るのを見て、言うのは止めることにした。まだ何年間か、“彼女達”と過ごしていかなければならないのだから。今の私には、藍李や柚祈、琳音に千瀬、燈や亜未がいる。一人じゃない。きっと、私は大丈夫。皆と共に、明日も生きていけるだろう。

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