『君の為のサンタ』【掌編・恋愛】
『君の為のサンタ』作:山田文公社
「クリスマスに俺がサンタになってやるよ……」
彼が笑いながらそう言った。
「楽しみにしてるね……」
私も微笑んで答えた。
それは儚くて馬鹿げた約束だった……。
背の低いクローゼットの上に彼の写真が飾られていた。なぜだろうかそれだけを片づける気にならないのは……写真立てに飾られた彼と私は楽しそうに笑っている。
1ヶ月ほど前に彼から突然呼び出された。海の見える埠頭で黒い闇の向こう見える街の明かりが綺麗だった。彼は何か口ごもるように、それでいて何かを決心しているような雰囲気だった。雰囲気に浮かれていた私は彼がプロポーズでもするのかと思っていた。
「エリカ…すまない別れてくれ」
彼の突然の言葉を私は理解できずにいた。
「えっ?! それどういう事?」
「……他に好きな女ができたんだ」
彼は深く頭を下げていた。私はその場から逃げるようにして去った。それから彼と連絡を取っていない。思い出の品はほとんど処分した。何もかも捨てたけど、ただこの写真だけが残っていた。写真立てを手にして裏側にし彼の写真を取り出そうとしていると、扉がノックされた。
写真立てを再びクローゼットの上に戻して玄関へと向かった。
「エリカさん?」
ドアスコープを覗くと見知らぬ男が立っていた。私はドアチェーンをして恐る恐る玄関を開けた。
「エリカさんですか? 俺キヨトの……島村の友達の稲瀬って言います」
「稲瀬……さん?」
「突然訪問したのは島村に会って欲しいからです」
「でも私……彼から別れを告げられて、先月別れたんです」
稲瀬は苦い顔をして言葉を選ぶように悩んでから、私の瞳を見てハッキリと言った。
「それはあいつの嘘です!!」
彼は俯いてゆっくりと呟くように言った。
「お願いです……ヤツが好きなら、しばらくで良いんで時間をください」
稲瀬は俯いてるのではなく頭を下げていたのだった。
「……わかりました、着替えたらすぐに出ます」
そう言い私は玄関を閉めて、手早く着替えると稲瀬の車へ乗せられて病院へと向かった。
病院の奥に進むと、姿がすっかり変わった彼が居た。
「島村ね……もう助からないんだ」
彼の体からは色々なチューブやケーブルが伸びて彼の体に取り付けられていた。
「最近、うわごとのようにあなたの名前を呼んでいるから、俺どうしてもあなたに逢わせたかった」
私はゆっくりと彼に近付いていく。すっかりと色が抜け落ちたように白くなった彼が横たわっていた。
「エ……リカ」
苦しそうに私の名前を呼んで彼の手が宙に伸びていた。私はその手をそっと握りしめた。弱々しく握る彼の手は冷たかった。
「2ヶ月前の人間ドックでさ、血液の病気が見つかったって……キヨトから相談受けて、白血病だって診断されたのを俺に言ったんだ」
私は彼の手を強く握った。
「キヨト……心配かけたくないから嘘ついたって、それから入院して……最初はさ色々馬鹿言って、元気だったんだけど、どんどん具合が悪くなって、最近じゃずっとうわごとで名前呼んで、苦しそうにして……さ」
稲瀬さんが涙混じりの声で語り、何かを強く叩いた音がした。
「しばらく、側に居てやってください……」
私が振り返ると彼は頭を下げていた。顔をあげた彼は泣いていた。
彼はそれから何度か発作的に苦しそうにうなされつづけた。昼間になると彼の家族が見えた。私の事はもう話していたそうで会えるのを楽しみにしてる矢先に私に振られた事と、病気の事を打ち明けた事を話してくれた。
それから何度か目の朝を迎えたとき、彼は静かに逝った。私は優しく彼の頬を撫でて口づけして言った。
「よく頑張ったね」
白く染まった彼は幾分か安らかな顔だった。苦しそうな顔じゃない事が私には救いだった。不思議と涙はあまりでなかった。彼の親友の稲瀬さんは号泣していた。
私は彼ほど泣くことは出来なかった。
でも……違っていた。葬儀が終わり久々の自宅に帰りクローゼットの上に置かれた彼と私の写真を見た途端に涙が溢れてきた。どうしようもなく悲しくて、声が詰まるほどに苦しくかった。笑っている彼の写真と私がとても幸せそうだから、それがますます悲しかった。私は仕事も忘れて一人泣き続けた。会社の人が心配して家にやって来た時も私は泣いていた。目を真っ赤に腫らして、恥もなく涙を流して泣いた。一生分泣いたのかも知れない。どれだけか泣き続けたある日……。
「俺の為に泣いてくれてありがとう……もう泣かなくて良いからな……俺が悲しいのを持って行くからさ」
枕元でキヨトの声がした。私のおでこを優しく撫でた気がした。目が覚めたら私の涙は止まっていた。クローゼットに目をやると写真立ては消えていた。
「何でいつも勝手に決めるのよ!!」
私はすぐにキヨトが持って行ったのだと思った。私が写真立てを見るたびに泣いているのを見て持って行ってしまった……と。最後の思い出を持って行かれたためかわからないが、もう私は泣かなくなっていた。それから二日ほど休んで仕事へと出社した。事情を話すと有給を使って忌引扱いにしてくれた。
それからまた忙しい日々で彼の事は少しずつ色あせて行った。
ある日の事テレビで私と同じようなストーリーがドラマ仕立てで流れていた。私は思わず思い出して泣いた。
「思い出ぐらい帰してよ……」
呟くように言うと……カタン……どこからか音がした、それはクローゼットの後ろからだった。
クローゼットの後ろに写真立てが挟まっていた。手を伸ばしてそれを掴んだ。彼と私が笑った写真が写っていた。
「ありがとう」
私は宙に呟いた。
リン……と鈴のような音が鳴り響いた。ふとカレンダーを見ると12月24日だった。
「サンタさん……ありがとう」
私は窓の外へと呟いた。少しだけ雪が降り始めた……寒い夜だった。
「約束守ったね……さようなら」
そう言い私は写真立てから彼の写真を撮りだしてアルバムへとしまった。空っぽの写真立てをクローゼットの上に戻し、私は眠りについた。
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