春になったら
長い冬が終わり、少しずつ花が咲き始める頃。俺は山奥にある別荘に向かっていた。1年ぶりに訪れるが、昨日までに清掃は済ませてもらっていたため、綺麗にはなっている。しばらくはここに住み込みとなるため、食料品や日用品の類を運び込んでいた。
「うーん、春斗~。お腹空いた~」
片付けをしていると、急に玄関の扉が開き、桜が入ってきた。
「あれ、桜さんもう目が覚めちゃったんですか? まだ咲いていなかったと思ったんですが」
「なんだか1輪だけ咲いちゃったみたい。あわてんぼうなんだからね~」
桜はそう言いながら、ソファに座り、眠そうにしている。
「そうだったんですね。もう数日はかかるかと思っていたので。今ここだけ片づけたら食事の準備しますね」
俺の仕事はこの桜さんの世話だ。桜さんはこの別荘にある桜の木の精だ。桜が咲くと同時に現れ、桜が散ると再び眠りにつく。毎年、春になると訪れるイベントのようなものだ。代々、家業として受け継いでおり、数年前から俺の役割となっている。
俺は手早くキッチン周りを片付け、桜さんの食事を準備した。起きたばかりだから朝ごはんってことでいいだろうと思い、スクランブルエッグとサラダ、パンを用意した。
「わーい。美味しそうね」
机に準備すると桜さんはすっきりと目が覚めた様子でパンにかぶりついている。
「あんまり慌ててると詰まらせますよ」
「まぁ、私がそんなそそっかしいことすると思っているのかしら」
「去年は最後にこれだけ!って慌ててクロワッサン食べてあやうく喉に詰まらせかけてましたよ」
「そ、そんな昔のことは忘れなさい!」
そんなやり取りをしていると、桜は少し落ち着きを取り戻したようで、おとなしく残りの朝食を食べている。
俺はそれを横目に黙々と片付けの続きを始めた。
「ふー。美味しかった。ご馳走さまでした」
桜が食事を終える頃には、片付けもほとんど終了していた。食器を片付け、紅茶を出した。紅茶をゆっくりと飲みながら、桜はこの一年何があったかを聞いてきた。俺はできる限り詳細にこの一年に起きた世間の出来事、俺の身の回りでの出来事などを語った。桜はそんな話を楽しそうに聞いている。たわいもないような話だが、一年近く眠っていると世の中は変わっていることが多いため、楽しいと前に話してた。俺は話下手だから最初の頃は苦労したが、何年も繰り返すうちにだいぶ話すことにも慣れてきた。
話を終えると桜は「やっぱり一年も経つと世の中は変わるわね~」と言い、今度はテレビを見始めた。リモコンでチャンネルを変えながら、「この番組変わっちゃったの」や「見たことな人が多いわ」など呟いている。
なんとなく手持ち無沙汰になってしまったため、一度桜の木を確認するためにドアノブに手をかけた。
「危ないわよ」
という桜の声と同時に玄関の扉が勢いよく開き、俺はその扉に激突した。
「い、いてぇ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
顔を上げると目の前には高校生ぐらいの少女が立っていた。
「……扉を開けるときは人がいるかもしれないから静かに開けてくださいね」
俺は精一杯、声を荒げないように気をつけながら一言だけ言った。
「ご、ごめんなさい」
少女は明らかに落ち込んでいる様子だ。
「まぁ、いいじゃないの。さぁさぁ、お客様こちらのソファにお座りください。春斗、お茶の用意をしてちょうだい」
桜は俺の様子に笑いを堪えながら少女をソファに座らせた。少女は戸惑いながらも桜に言われるままソファに座った。俺は桜に言われた通り、紅茶の準備を始めた。
「さぁ。どんなお話を聞かせてくれるのかしら」
桜の元には度々訪ねてくる人がいる。その人々はみな、何かしらの悩みを抱えてやってくる。どこかで噂を聞いた人が最後の希望の場所としてやってくる。桜はそんな人たちの話を聞き、時にはアドバイスをしたりしなかったり。ややいい加減だ。
「えっと。ここに来たら探しモノを見つけてくれるって聞きました。おばあちゃんの形見を見つけてください!」
「形見? それは一体どんなものなのかしら」
「これなんですけど……」
少女はそう言いながら、鞄の中から小さな箱を取り出した。大切に保管されていたのだろう。年季が入っているが綺麗なデザインだ。
箱の中からは小さなブローチが出てきた。中心には小さな花が埋め込まれている。押し花のような物だろうか。
「まぁ、素敵なブローチね。これが形見なの?」
「そうなんです。だけど足りなくて……」
「足りない?」
「はい。母が言うにはこのブローチは2つセットになってるものみたいなんですけど、家中探しても見つからなくて。だからどうにか見つけられないかなと」
少女は縋るような思いでここまで来たのだろう。話しながらも視線を俺や桜、持ってきたブローチにとあちこち不安そうに向けている。
「なるほどね。うーん。もう少し情報は無いかしら? 同じ形のものなのかしら」
「それが……。母に聞いてもよく覚えてないって言っていて分からなくて。ただおばあちゃんが大事にしていたことだけは覚えてるんです。大事なものならちゃんとした形で残してあげたいんです」
少女は必死に訴えているが話を聞いている限り、状況はかなり厳しそうに感じる。
「桜さん、押し花の状態でも声って聞けるんですか?」
「流石に無理よ〜。直接触れないと分からないし、もう少し生じゃないとね」
桜は植物に触れるとその声を聞くことができる。予想通りこのブローチの花では無理そうだ。だからって生って言い方はどうかと思う。少女もキョトンとしている。
「ま、ここで悩んでてもしょうがないしあなたのおばあちゃんの家にでも行ってみましょうか」
桜の元に相談事が来ると度々今回のように外出する事になる。そんな時も必ず付き添いをしなければならない。以前1人で散歩に出かけてそのまま帰ってこなかったこともあった。方向音痴であることや植物の声を聞いてそのままふらふら導かれてしまうため、行動監視も仕事のうちだ。桜いわく、「いつの間にか景色が変わっちゃうから思ってた道と違うんだもん」と訳の分からないことを言っていた。
俺の運転で、少女の祖母の家まで向かっていた。車内では桜が必要以上にずっと少女に話しかけている。今回は目覚めてすぐにお客さんが来たこともあってかなりテンションが高いのだろう。少女は顔に疲労と戸惑いが見え隠れしている。
「着きました」
少女の祖母の家は車で30分程だった。人の気配がなく、しんと静まり帰っている。
「この家はどうなるの?」
「……もうすぐ取り壊しになります。片付けが終わったら。だから何としても見つけたいんです」
家に入るとだいぶ片付けが進んでいるのか大きな机や箪笥などが残っているだけだ。これだけ片付いているということは取り壊しまで数日という可能性もありそうだ。
桜は部屋の中を壁や柱に触れながら見て回っている。俺も何かしらヒントになりそうなことはないか見渡したり、箪笥を開けてみるが、何も入っていない。この調子だと畳をひっくり返すことにもなりそうだ。流石にそこまでの重労働はしたくないため、早めに見つけたいところだ。
「うーん、手掛かりが何もないからどこを探したらいいか検討もつかないわね」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
少女は諦めてしまっているのか俯きながら謝るだけだ。なんとかしてあげたいとは思うが……。
「この家には庭はないんですか? 庭じゃなくても大きな木があれば十分ですが」
「庭ですか? それならこの家の裏に。だけどもう全部枯れちゃってますよ」
「枯れてても植物があるってことよね! 見せてちょうだい!」
少女に案内されて庭に向かった。そこにはほとんど手入れされることなく枯れてしまった植物が無造作に生えているような状態だった。
「おばあちゃんが元気だった頃はまめに手入れしてたので綺麗だったんですよ。季節に合わせて色んな花が咲いてました。そこの大きな木は桜なんですよ。もう病気になっちゃってるみたいで切り倒さなきゃいけないみたいなんですけどね」
桜だと言っていた木は枝につぼみもなく、もう今年咲くこともないのだろう。
「うんうん。枯れてるけどまだ大丈夫そうね」
桜は枯れた木に向かって歩いて行った。そして、幹に手を当て、静かに目を閉じた。
「あの……。何をしているんですか?」
「桜さんは植物と会話することができるんですよ。なにか聞いてるんじゃないかな」
「……。そうなんですか」
少女はよく分からないという顔でこちらをみてくるが、これ以上説明もできないのでその顔に気づかないことにする。
しばらく桜のことを眺めていると話が終わったのか、ゆっくりと目を開け、幹から手を離した。
「分かったわよ。形見の場所」
「ほ、本当ですか! 一体どこに!」
「この木の根本みたい」
桜が指差した先はなかなか固そうな地面だった。
「えっと、スコップとかってあります?」
少女にスコップを探してきてもらい、さっそく地面を掘り返そうとするが、やはり固い。しかも持ってきてくれたスコップは子供用なのか小さめで持ちにくい。
「早くしないと日が暮れるわよ」
「分かってますって」
苦戦してると桜が急かしてくる。
「本当にここで合ってるんですか?」
「間違いないわ。この子が言ってるんだもの」
「というか、なんでこんな木の根元なんかに埋めたんでしょうね」
「それは、持っていてほしかったみたいよ」
「持っていてほしかった?」
桜はさっき木と会話したことを教えてくれた。
「この木はずっとおばあさんたちを見守っていたらしいわ。その形見のブローチはよくおじいさんとおばあさんが一つずつつけていたらしいわ。でも先におじいさんとが亡くなって、しばらくしてからおばあちゃんはその根元に埋めたみたい」
「なんでそんなことを?」
「見守っていてほしいと言いながら埋めたそうよ」
事実は分からないけれど、ずっとそばにいた木におじいさんへの思いを重ねたのだろうか。
その時、スコップにこつんと固いものが触れる感触があった。手で周りの土をどかすと小さなブリキの缶が出てきた。開けてみると小さなブローチが入っていた。
「これが形見の片割れなのかな?」
「多分……。見るのは初めてなので」
「貸してちょうだい」
少女に確認してもらおうとしたが、自信がなさそうだ。
桜の言う通り、俺は持っていたブローチを渡した。少女の持ってきていたブローチも受け取り、二つを横に並べた。デザイン的には対になっているようで左右対称だ。
「あ、缶の中にまだ何か入ってますよ」
缶の中には封筒が入っていた。俺は少女にその封筒を渡し、開封してもらう。
中には一枚の写真が入っていた。
「これ、おばあちゃんとおじいちゃんだ」
写真には若い男女が写っていた。恐らく、この桜の木を背景にして撮ったものだ。
「裏に何か書いてあるみたいよ」
少女が写真を裏返すとそこには達筆な文字で『また、会いましょう』と書かれていた。
「おばあちゃんの字です。おばあちゃんは本当におじいちゃんが好きだったんですね」
「おじいさんは早くに亡くなったの?」
「私が小さい頃だったので10年ぐらい前でしょうか。だからおじいちゃんのことはほとんど覚えてないんですよね。おばあちゃんから聞いた話ばかりで」
「なるほどねぇ」
そう言うと、桜は再び桜の木に触れた。
突然、枝につぼみが現れ、ふくらみ、桜の花が咲いた。
「こ、これは何が起こったんですか……」
満開になった桜は風に乗せて花びらがちらちらと舞っている。
「また咲きたいって言うから少しだけお手伝いしたのよ。おばあさんはいつもこの木を部屋から見ていたみたいね。ずっとずっとそばにいるって。何があっても大丈夫だよって。伝えたかったのね」
桜は木からの言葉を受け取っているのか、目を閉じながら言葉を続ける。
「おばあさんもいなくなって寂しいし、自分も限界だけど、きっと実咲ちゃんにもたくさんの幸せが待ってるからね」
「名前……。ありがとうございます」
少女が涙を流しながらお礼を伝えると風がより一層強く吹き、花びらが視界を遮るくらい舞い上がった。辺り一面のピンクの景色に染まり、最後の花びらが落ちるとともに桜の木はみるみる萎むように枯れてしまった。本当に最後の力だったのだろう。
「もう何も聞こえなくなってしまったわ」
「ありがとうございました。このブローチはおじいちゃんとおばあちゃん、あとこの桜の木の絆だったんですね。これからも大事にしようと思います」
「そうしてあげてね」
その後、少女はもう少しこの家で過ごしてから帰るとのことで俺たちは帰宅することになった。
「あー、疲れたー。お腹空いたー。早くご飯食べたいー」
「疲れたって桜さん何もしてないでしょう。俺が土を掘り返したりしたんだから」
車に乗った途端に桜は文句ばかり並べている。まぁ少女の前では言わないように気を付けていただけマシかもしれない。
「木と話したときに力使ったから疲れたんです~。それよりそれより、お昼はオムライスが食べたいわ」
「オムライスですか? 朝にスクランブルエッグ食べましたけど大丈夫ですか?」
「食べたいんだから良いんです~」
「分かりました。帰ったらすぐに準備しますね」
「じゃあもっとスピード上げちゃいましょ!」
「法定速度は守りますよ」
食べるものが決まったからか桜はご陽気だ。帰ったら食事の準備以外にも仕事は山盛りだ。目覚めた初日から自由奔放なお嬢様である。
今年は桜さんのもとにどんな相談がきて、どんな場所に出向くことになるのか。
まだ春は始まったばかり。
終わり




