第1話 絶望の夜会、あるいは新生の産声。
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王宮の夜会は、眩いばかりの光と香水の匂いで満ちていた。
しかし、その華やかさと香りはエルフレデ・カームにとっては毒でしかなかった。
カーム子爵家の長女、エルフレデ。
彼女は生まれながらにして『カーム家のガラス細工』と揶揄されるほどに虚弱であった。
生まれつき白い肌は貧血により血の気が引いて更に青白く、ドレスの裾から見える手首はあまりにも細く、まるで冬の枯れ枝のようだった。
彼女は体調不良であるにも関わらず、身体に鞭を打って今日の夜会の場に立っていた。
それもこれも、全ては婚約者であるセドリック・モンフォール侯爵令息のためであった。
今朝、珍しくセドリックから手紙が届いたと思ったら、内容は本日の夜に行われる王宮主催の夜会の参加だった。
カーム家にも王宮から招待状は届いており、本来なら参加はエルフレデの父親のみでエルフレデは虚弱を理由に欠席で返事を提出していたにも関わらず、セドリックがパートナー同伴でエルフレデの名前を書いて出席すると勝手に返事を出したらしい。
夜会に欠席のはずが強制参加となってしまったエルフレデ。
起床したら今日はいつもより少し体調が良いかなくらいで、無理は禁物であった。
エルフレデはセドリックに迷惑は掛けられないと心配する父親を宥めて参加したのだった。
「エルフレデ、もう一度言おう。君との婚約は本日、この瞬間をもって破棄させてもらう」
周囲の喧騒が、ぴたりと止んだ。
シャンデリアの光の下、セドリックは傲慢なまでに整った顔を歪め、エルフレデに冷徹な宣言を下した。
彼の瞳にあるのは、婚約者への慈しみではなく、明らかな嫌悪と軽蔑であった。
エルフレデは、震える膝を必死に押さえていた。
口元を隠す扇を持つ手さえ重く、視界がチカチカと明滅する。
「せ、セドリック様……。それは、わたくしが至らない、からでしょうか……?」
「それ以外に何がある? モンフォール家は王宮に仕える家系だ。それなのに、君はどうだ? 社交界は常に欠席で、やっと出席したと思ったら途中退席。一人で歩けないと騎士や侍女の腕にしがみついて虚弱のふりをする。そんな嘘つき女が我がモンフォール家の妻として、成り立つと思うか?」
セドリックの周りには見覚えがある令嬢たちが勝ち誇ったように寄り添っていた。
エルフレデには令嬢たちの名前を思い出す余裕はなかった。
周囲からは嘲笑と憐れみが混じった囁き声が漏れ聞こえる。
『やはり無理があったのだ』
『あんな死に損ない、モンフォール侯爵家には不釣り合いだ』
針のように突き刺さる言葉の数々。
エルフレデは、胸の奥が焼けるような痛みに襲われた。
だが、それは悲しみではなく自分の虚弱が招いた自責の念であった。
「申し訳、ございませんでした……。わたくしのような者が……モンフォール家の名を汚してしまい……」
エルフレデは、力なく頭を下げた。
涙さえ出なかった。
ただ、早くこの場から立ち去り、自室で横になりたかった。
(お父様に一言告げてから帰りましょう)
一緒に来た父親を探そうとエルフレデはふらつく足取りで出口へと向かった。
虚弱は嘘ではないとセドリックに弁明する気力はなかった。
だが、運命は、彼女にさらなる試練を――いや、決定的な転機を用意していた。
「死ね! 傲慢なるモンフォールの子孫!」
怒号と共に、会場の巨大なステンドグラスが爆砕した。
破片が宝石のように飛び散る中、天井から黒装束姿の刺客が舞い降りる。
声からしておそらく刺客は男。
刺客の狙いは明白であった。
呆然と立ち尽くすセドリックである。
刺客の掲げた魔道具が禍々しいどす黒い光を収束させていく。
それは禁忌とされる呪詛魔法の輝きだった。
「セディ様!!」
「!!」
その時、虚弱なはずのエルフレデの身体が本能のままに動いた。
身体が悲鳴を上げ、視界が狭まっていく。
それでも彼女は、一生分の力を振り絞って走った。
ドン!と鈍い音が響く。
エルフレデは細い両腕でセドリックを突き飛ばした。
セドリックの代わりにエルフレデが浴びたのは、逃げ場のないどす黒い魔力の奔流。
「エルフレデ!!」
全身の骨が砕けるような衝撃。
意識が闇に落ちる寸前、エルフレデはどこか安堵していた。
(ああ、最後に……誰かの役に、立てたわ……)
それが、エルフレデ・カームの“第一の人生”の終焉であった。
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