ベッドの上から真実を暴露する
開けた窓から入ってきた優しい風が、頬を撫でて通り過ぎていく。
窓の外から聞こえるのは、愛しい我が子たちの楽しげな声。
私は普段からベッドにいることが多く、邸の外に出ることはほとんどない。
今もベッドの上で、夫に渡すためのハンカチに、刺繍をしている。
私の夫はバクスター子爵家の当主、ロレンツォ。
私は妻のルシンダ。
夫と結婚して、10年になる。
夫も私も華やかな場は苦手なので、ほとんどの期間を領地で過ごしている。
農業がメインの領地だけど、自然豊かで静かなところが気に入っている。
私の夫は過保護だから、いつも私の心配をしている。
そのことが、いつも心苦しく感じる。
夫は私に何でも話してくれるけど、私は夫に隠していることがある。
言おうかどうか迷って、結局こんなにも長い年月が過ぎてしまった。
日々罪悪感が募って、心を重たくする。
私は少し前に風邪を拗らせた。
まだ完全に治っていない。
だから、心が弱くなっているのかもしれない。
もう10年経った。
そろそろ限界が近い。
夫に、全てを話そう。
侍女に夫を呼んできてもらう。
「どうしたんだ?話があると聞いたが。」
「仕事中にごめんなさい。どうしても今言っておきたくて。」
「……命が危ないとかではないよな?」
「大丈夫よ。」
夫は心配性だ。
私がすぐ死ぬのではないかと、心配する。
「ずっと、隠してきたことがあるの。」
「何だ?」
「実は私、あなたを嫌って、憎んでいたの。」
「は……?」
「私の本当の名前はルルベル。ルシンダの双子の妹よ。」
何故私が姉の名を騙ったか、夫に真実を告げた。
元々は、私の姉と夫が婚約者だった。
傍目から見ても、仲のいい婚約者同士。
私は姉を取られた気分だった。
身体が弱かったのは、姉の方。
私は至って健康体。
姉のふりをするため、病弱を装っていたのだ。
ある時、事件に巻き込まれた姉は、純潔を失った。
それに耐えきれなかった姉は、自ら命を絶った。
私は、姉を守れなかった夫を憎んだ。
でも何より憎かったのは、自分自身だ。
父は外聞が悪いと、事件のことも姉の自殺も隠した。
私と姉の立場を入れ替え、姉を病死にした。
私と姉は双子で、両親さえも間違うくらいそっくりだった。
好みも、嫌いな物も、癖も、全て同じ。
だからこそ、入れ替えがなったのだ。
その日から、私はルシンダになった。
夫も、姉の婚約者ではなく、私の婚約者になった。
絶対に言うなと父に脅されていた私は、それを告げることなく、そのまま結婚した。
けれどずっと心苦しかった。
夫が本当に愛しているのは、姉なのに。
姉の婚約者を奪ってしまった。
同時に憎かった。
姉を守れなかった事もそう。
そして、どうして私と姉を見分けられないのか。
憤りを感じていた。
隠している私の方が悪いのに。
「無表情で、無神経で、口下手で、寝相が悪くて、気遣いができなくて、良いところなんて何もなかったのに。なのに気がついたら、好きになっていた。愛していたの。あなたが愛しているのは姉だと知りながら、愛してしまった。ごめんなさい……」
「………………」
沈黙がその場を支配した。
俯いた夫の表情は、わからない。
きっと怒っているのだろう。
当然だ。
あなたにはその権利がある。
離縁を言い渡されても、不思議ではない。
「確かに、君の姉に好意を持っていた。だが私が恋に落ち、愛したのは君だ。それは間違いない。覚えているか?結婚して、君が初めて怒った時のことを。」
「ええ。」
「その時、とても綺麗だと思った。私のために怒ってくれる君が、とても綺麗で衝撃的だったんだ。あの時に私は、恋に落ちたんだ。それからは、君への愛が増すばかりだった。過去に好意を持ったのが姉の方でも、今は君を愛している。それだけは、揺るがない。」
私の目を見て言い切る夫に、言葉が出なかった。
いくつもの涙が頬を濡らす。
申し訳なくて、嬉しくて。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「もう良いんだ。そんな事。これからはもっと話をしよう。君のことも、私のことも、そして姉君のことも。」
「ええ、ええ。」
お姉様、ごめんなさい。
あなたの婚約者を奪ってしまって。
愛してしまって。
それでももう、引き返せないの。
許してとは、言わない。
許さなくて良い。
けれど私は、この人と、愛おしい夫と生きていくわ。




