『転生総理 岩波翔 ―日本を救うために最も嫌われた男―』
第一章 凶弾と再誕
2040年7月――
東京・新橋駅前は異様な熱気に包まれていた。スーツ姿のサラリーマン、スマホを掲げる若者たち、警備の制服に身を包んだ機動隊員の列。だが、その喧騒は、次の瞬間、銃声によって切り裂かれた。
「ドンッ!」
乾いた音がビル群に反響し、人々の視線が一点に集中する。
血に染まる演説台。倒れ伏す男――岩波翔。
「医療班っ!医療班呼べッ!」
警備の無線が飛び交う中、誰よりも早く駆け寄ったのは秘書の志水だった。
「先生っ……っ、先生!!」
岩波翔――72歳。
野党時代は「徹底的な政権批判」「K国依存からの脱却」を訴え、幾度となく政権交代を目指してきた政治家。かつて二度にわたり第二政党の党首を務め、冷静沈着で理論派、国防と経済主権に命を懸ける数少ない「保守本流のリアリスト」として知られた男。
だが時代は変わった。
日本は、経済的にK国の「準属国」と化していた。経済圏、サイバー技術、医薬品、通信網――すべてにK国資本が入り込んでいた。
岩波は、演説の最後にこう叫んだ。
「私たちは、未だ日本人です。誰の支配下にも入っていない。だから、NOと言えるうちに言おう。K国の属国になる前に、誇りを取り戻せ!」
その瞬間、何者かが発砲した。
額を撃ち抜かれ、男は崩れ落ちた。
そして、世界は暗転した。
「……あれは、夢か」
だが、夢にしては鮮明すぎた。死ぬ感覚まで確かにあった。
不意に、岩波は自分の身体に違和感を覚えた。動かない。目もはっきり開けられない。
「おぎゃああああああああ!」
産声。産科病棟の天井。
母の泣き顔。若い医師たちの声。
岩波翔は、生まれ変わっていた。
(まさか……俺は……生まれ変わったのか?)
混乱の中、確信はすぐに訪れた。
目の前にいる産科医が、20年前に亡くなった人物だったからだ。
(タイムリープ……? この顔、この匂い、確かに、これは……1950年代の日本だ)
しかも、自分の名前を耳にした時、その確信は絶対のものとなる。
「名前は……岩波翔くんで、いいんですね?」
(同じ名前、同じ人生の再スタート……これは運命だ)
第二章 内部破壊計画始動
小学校、そして中学・高校へと進む中で、岩波は己の記憶と知識を最大限に活用した。
歴史、政治、経済、技術。未来を知るというアドバンテージを、彼は「準備」のために費やした。
「俺の目的はただ一つ。日本を守ることだ。
だが、もはや外部からの破壊では意味がない。
敵は、内部にいる。」
そう、彼は知っている。
自由国民党という巨大な岩盤が、長年にわたって国の統治機構を麻痺させ、利権と惰性の温床となっていることを。
野党として戦っても潰せない。ならば方法は一つ――
「内部から喰い破る」
第三章 嫌われ者として
大学時代、彼は政治サークルから頭角を現し、自由国民党に入党。
決して目立たず、だが正確に仕事をこなす技術官僚型の政治家として評価され、三期目の衆院選で初入閣。
防衛相、官房長官、党幹事長と歴任し、国民人気と党内力学を味方にしながら、遂に総理大臣にまで上り詰めた。
だが――その瞬間、岩波翔は豹変した。
記者会見では油ぎった顔で登場し、マイクの前でご飯をクチャクチャ食べ、記者の質問には「うる際ですねぇ。あなた、舐めるんじゃないですよぅ」と慇懃にも下品に返す。
閣僚人事もひどかった。
・法相:元パパ活議員
・財務相:マルチ商法関与疑惑の元タレント
・防衛相:徴兵制をネット投票で決めようと言い出す若手
国民の支持率は急落。
テレビやSNSでは「最悪の内閣」「奇行総理」として連日叩かれる。
だがそれでいい。
「俺の目的は、自由国民党を自壊させること。そして、その瓦礫の中から、日本を再構築することだ」
第四章 大敗、そして警鐘
2025年、衆議院解散総選挙――
自由国民党は歴史的大敗を喫した。議席数は過半数を割り込み、支持率はついに20%を切った。野党連立による「次期政権構想」すら現実味を帯び始める。
だが、それでも自由国民党は依然として第一党であり、総理の椅子を保持していた。
歴史を知っている自分に取って、対抗馬と目されている注目の若手議員で農林水産省大臣の大河淳之介の無能っぷりは、国民人気とは裏腹に傀儡としても使えないため無視できる対象だ。
「……まだ足りん、このままではあの女が自由国民党を再建できるだけの土台が残っている」
閣議後、首相執務室の重厚な扉の向こうで、岩波はひとり呟いた。
(このまま辞任すれば、次に総理になるのは――山崎咲)
女性初の内閣総理大臣として歴史に名を残す政治家。
テレビ受けも良く、語り口も明快。国民的人気は高く、何より「保守の女帝」として党内の支持も厚い。
だが岩波は知っている。
前世で、彼女が進めた「日K技術共栄法案」により、日本は事実上、K国主導の経済・情報圏に組み込まれた。
日Kサイバー連携、共通医療プラットフォーム、K国通貨の部分流通――
その先にあったのは、日本の主権の喪失だった。
(彼女の「美しき日本」は、K国の影の中に消える日本だ)
このままでは、日本は再び“従属”の道を歩む。
今度こそ、それだけは避けなければならない。
第五章 マイケル・トンプソンとの密約
岩波は、かねてから一人の男と非公式の連絡を取り合っていた。
マイケル・トンプソン――
元・U国大統領。実業家出身で、暴言・強権・選民主義的スローガンで国を二分させながらも、保守層から絶大な支持を受けた人物。
彼もまた、第二の政治生命を得ていた。
「日本はK国の植民地になる。君もそう見ているだろう?」
トンプソンは岩波に語った。
その言葉に偽りはない。ただ、彼の目的は明確だった――
「K国を潰す。それが我が国の国益だ」
利害は一致していた。
だが、岩波にはひとつの迷いがあった。
(トンプソンと組めば、日本はU国の完全な持続的“属国”になる可能性がある)
それは、新たな支配の形に過ぎない。
だから岩波は条件を出した。
「私はU国には完全に従属しない。ただし、対K戦略の中で日本の独立回復を進める。それを尊重できるなら協力する」
沈黙の後、トンプソンは笑った。
「君は面白い。OKだ。まずは半導体と防衛技術を回そう。K国からの分離が始まるぞ」
第六章 もう一人の転生者
しかし、岩波の計画は順風満帆ではなかった。
山崎咲。
彼女もまた、どこか過去を知っているかのような発言を繰り返し始めた。
「日本は主権国家として歩む。あなたのように過去に縛られたやり方では、前には進めないわ」
岩波は戦慄した。
(まさか……彼女も転生者か?)
もしそうならば、彼女もまた前世の結末――K国による属国化を知っているはずだ。
だが、なぜまた同じ道を歩もうとする?
調査を進める中で、岩波は一つの仮説に行き着いた。
「彼女は、“K国こそがこの世で唯一安定をもたらす覇権国”と考えているのではないか?」
あの戦後日本の繁栄を支えた“対米従属”の代替として、
今度は“対K従属”を肯定し、世界秩序の安定化を図っている――。
それはある意味で、岩波よりも現実的で冷酷な保守主義だった。
第七章 自由国民党崩壊のカウントダウン
岩波はついに、決断する。
「これが最後の一手だ」
彼はスキャンダルの自作自演を含めた計画を練った。
・政治資金をパチンコ利権と絡めて不正運用
・ある宗教団体との曖昧な関係を“暴露”
・閣僚に対して「あいつは中央アジア人を見殺しにした」と公言
世論は一気に沸騰した。
「首相は狂ったのか!?」
「かつてない“下品な保守”が政権にいる」
自由国民党内では動揺が広がり、ついに党内から「岩波降ろし」の声が噴出。
数ヶ月後、岩波は自ら辞職を申し出た。
第八章 次の日本へ
総理を辞した岩波は、表舞台から退いた。
だが、彼が敷いたレールは残った。
・防衛産業の国有化
・k国通貨との連携禁止法
・国家データ主権基本法
・地方分権型のエネルギー独立制度
どれも国民には分かりにくいが、K国依存から脱却するための地雷であった。
そして、それらは山崎政権を強く制限する枷となっていく。
(いいか、山崎。
君がどんなに親Kでも、この日本はもう、完全には呑み込まれない)
そう――
たとえ誰が政権を取っても、“日本という国家”が骨格として独立を維持する仕組みを、岩波は作っていた。
第九章 孤独と勝利と――
誰にも理解されず、国民には嫌われ、歴史書には「暗黒の内閣」と記されるだろう。
だがそれでいい。
「俺の勝ちだ」
そう呟いた時、ひとりの青年が面会に訪れた。
「あなたのやり方は間違っていた。でも、守ろうとしたものは……理解できる気がします」
彼は、岩波が密かに育てていた若手議員――次の時代の種だった。
第二部:再誕の日本 ―次世代の旗手たち―
第一章 若き継承者・風間新
総理辞任から1年。
岩波翔は政界を去り、表向きは郊外で静かな隠遁生活を送っていた。だが、その男の意志は、確実に次の世代へと継承されていた。
その名は――
風間新。
35歳。元地方議員。岩波が総理時代から秘かに育ててきた“後継候補”であり、唯一その裏戦略を理解していた人物。
「日本はもう、右でも左でもない。自立か、従属か――それだけだ」
風間は全国を遊説し、既存政党とは距離を置いた新たな政治団体を立ち上げた。
その名は:
「民権共和会」
理念は三つ。
1.真の国家独立(経済・防衛・情報)
2.ボトムアップによる社会再設計(地方主権の強化)
3.大衆迎合ではない、熟議による政策決定
「ポピュリズムを超えた、自律的共和国としての日本を作るんだ」
そう語る風間の背後には、密かに岩波翔の影があった。
第二章 山崎内閣の崩れゆく均衡
一方、女性初の内閣総理大臣として登場した山崎咲。
その人気は高く、一時は「第二の大河」とさえ称された。
だが彼女の改革は、目に見えぬ形でK国依存を再強化していた。
・教育データのクラウド化 → K国系IT企業が受注
・地方銀行の再編支援 → K国マネー流入
・大学研究費の増額 → 共同研究にK国機関を優先
さらに、決定打となったのは、**「日本K国経済相互協定」**の締結。
これは、前政権・岩波が敷いた「K国通貨の遮断法」と真正面から衝突する法案だった。
世論は割れた。
「経済重視」のメディアは賛美するが、技術者や若手官僚からは不満が噴出する。
そんなとき、風間新が動いた。
第三章 暴かれた「静かな占領」
「みなさん、“植民地”は戦争によってではなく、資本とデータで進行するんです」
国会前の演説で風間が訴えた。
彼は独自ルートで入手した「デジタル主権喪失に関する秘密報告書」を公開。
その中には、複数の政府システムがすでにK国共産党系企業によって“裏から”操作可能な状態にあることが記されていた。
爆発的な注目が集まる。
そして、山崎内閣は窮地に追い込まれる。
総辞職ではなかったが、「信任できない」として野党から不信任案が提出される。
このとき、風間は動かず、ただ一言こう言った。
「私の目標は“倒閣”ではなく、“脱属国”だ」
第四章 新しい政権の胎動
風間はついに新党「民権共和党」を旗揚げ。
理念に賛同した若手官僚、地方首長、元経済人らが参加し、メディアの外側から支持を広げていく。
特徴的だったのは次の3点:
•議員任期の厳格な上限(最大3期)
•政党助成金の透明化・返還制度
•地方自治体との政策連携契約(憲法改正に相当)
「これは革命ではない。これは、国家の**再起動**だ」
次の衆議院選挙、風間率いる民権共和党は第三党として登場し、躍進する。
そして――
「次の内閣は、連立による“国民会議内閣”を作るべきだ。与党・野党の垣根を超えて、本当に国家のためになる政治を」
風間の提言は、山崎与党との連立ではなく、「保守・リベラルの統合」による超党派政府を生む形に向かっていく。
第五章 岩波翔、最後の手紙
その年の夏、岩波翔は静かにこの世を去った。
新聞にはわずか数行の訃報。
だが、その書斎には、風間宛の手紙が残されていた。
「お前の目指す国は、もう“属さない”ことを前提として動いている。
だが、属さないということは、自立という痛みを伴うことでもある。
それでも歩みを止めるな。
私は最悪の総理だったが、最良の礎になれたなら、それでいい」
風間はその手紙を読み終え、静かに目を閉じた。
最終章 再誕の国へ
数年後、日本は新たな憲法草案の国民投票を迎える。
そこには、こう明記されていた。
「いかなる国の軍事的・経済的影響下にも入らぬこと。
ただし、対等なる協定・連携は妨げぬ」
国民の意識は変わった。
依存ではなく、協調の中で生きる国家。
「日本は、再び自らの足で立ち始めた」
かつて誰よりも嫌われた男――岩波翔。
その炎は、次の世代へと確かに受け継がれたのだった。