表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

8.春の開幕、幻影劇場

ふわりと巡ってくる春――それは、二〇一四年。


むつ市から青森市に越してきて〈二度目の春〉を迎えた頃です。



青森市の春といえば『合浦公園』の桜まつり。公園の先には

砂浜の広がる海を見渡せるのです。むつ市も青森市も海が

身近な自然でしたが、青く広がる陸奥湾を眺めた後は

落ちていた綺麗な桜を一輪拾って愛猫のオミヤゲに。



薄紅に染まる桜を頭に載せた猫さんは、

不思議そうな眼差しを向け、画像に収まりました。


挿絵(By みてみん)


吹き付ける風も心地好く、どこかの土の匂いを運んできて

季節の移ろいを感じ取れる幸せに心から感謝していました。




――と思っていたはずなのに――



その頃から消えかけていたはずの宝石の人たちに村の学校の生徒たちが

自ら綴ったと思われるシナリオで主に日曜日の早朝、物語の幻影を

映画のように 燈し出すようになりました。私の空想を超えて

動き出したのですから、不可解としか言いようないけど

それでいて、どこか懐かしい気配が漂います…。



彼らが演劇を始めた理由は?――が空想を忘れたから?



疑問符を付けた言葉を投げかけても 夢の世界に映る彼らには

届いておらず、自分の意思が働かない夢を見せられるのです。



《村の学校一組副級長〈潤〉と順の姉が登場する夢》


村の墓地の脇に佇む 小さな家屋、

そこが通学生であり寄宿舎生でもある潤の自宅。

炭酸が混じって白く濁る水風呂から手を伸ばし

こぼれ落ちるしずくが 印象的に始まりました…。


――順に姉が五人いるのは知ってるけど、潤と逢うなんて?



《眼鏡で文字と出会った虎さんが夜間学校の教師になる夢》


字を知らぬ文盲だと囁かれていた宝石の人たちの

盾として活躍する虎さんは、極度の近眼のせいで

書物の字が読めなかっただけなのです。校長の孫、

劉遼の父親が誂えた眼鏡をかけたことで見る間に

虎さんの知的好奇心が養われていき、最終的に…。


――豪快に笑っていた虎が眼鏡を掛けた途端、知的な印象に。



《街の理髪店跡に事務所を構える赤毛の霊感探偵の夢》


インビジブル事件の犯人を明らかにしたのは、雨が降る

間際の空模様から晴れ渡る青天に切り替わる瞳の持ち主

リンバラの名推理。事件解決のため路線バスに乗り込み

ふらついた足取りで現れる探偵は二合瓶を片手に持ち…?


――事件は無事解決したけど、リンバラは…依存症かもね。



想像を超えて複雑怪奇で悲喜交々の幻想物語は、登場人物全員が

学校のある村から姿を消すことで静かに物語の幕を下ろしました。


BGMも効果音もない『意思』だけで伝えられていく映像は

街にある共同墓地に一緒に葬られてしまう二人の卒業生や

こじんまりとした新居で新婚生活を送る順と坂田さん…。

その二人の新居で茶色い長椅子に腰かけ、こちらを見る

新たな宝石の人にさせられた 三組の生徒と双子の弟が

極めて印象的で、字幕などのエンドロールがない代わりに

みんながお膳を並べて座敷で宴会する様子まで見せられ…?


全部ひとまとめにしたら、ここに書き尽くすのは困難なほど

長い物語になります。ようやく荒唐無稽な長い演劇の終了…?



アンコールを望んでなくても、移動する車の助手席に乗ってる最中

映像を見せられるのですから困惑させられました。やるべきことに

集中できず、少し気を抜けば誰かが現れて演技を見せるのですから。



こうして次々頭に叩き込まれていく幻影たちの物語は

記憶媒体の私が思い出そうとすれば、水が湧くように

次々浮かび上がってくる都合のいい記憶となりました。



春に始まった『幻世の物語』は、初夏を迎える頃に幕を下ろし

現在 この部屋に残されたのは、愛猫の穏やかな寝息だけ――



空想に耽っていられません。現在の生活を疎かにできないし

ごく普通の日常生活を続けていくことを目標にして生きよう!



――幻影を乗り越え、現実を見る――



毎日、インスリンの針をそっと打ち込む。

血糖値は風のように波打ち揺れ動くけど、その風も日常…。


青森市に越してくる直前まで〈線維筋痛症の疑いあり〉との診断で

歩くのも大変だし、身体の痛みを訴えるうちに痛む箇所が移動する

謎の痛みに苛まされていました。リリカなどの処方薬を服用しても

効き目が感じられずにいた二〇一二年の夏…。色々と試したうえで

某三環系抗うつ薬がやっと効いてくれたのです。現在では「アレは

何だったんだろう」と思い返すだけの『過ぎた話』に変化してくれ

安堵しています。ローズクオーツの桜文鳥の病を経験するなんて…。

スーパーで買い物しようとしても、入り口から数歩の野菜売り場で

疲れ切って帰ったことがあったのも、とっくに忘れ去っていました。



「あおん」


白い鈴を首輪に付けた愛猫が寝床にしているロフトベッドから

下りてきて、こちらを見上げました。幻影劇場に囚われないで

しっかり前を向こう。猫さんの頭を撫でられる幸せが一番大切!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ