7.生き続ける幻想――宝石の人たち
『村の学校』と同時進行で浮かびあがってきた、
もうひとつの幻影の舞台――それが『宝石の人』たち。
――『宝石の人』って何なの???
誰かが頭の中に投下していった語句に疑問を懐く余裕もなく
――『オパールの猫』
――『シトリンの犬』
――『ピンクトルマリンの兎』
――『ラピスラズリの鼠』
――『本翡翠の鼬』……
といった感じに『天然石×鳥獣』が組み合わさることで
生まれたという不思議な存在たちが脳裏で演じるように。
―――――
寝室の隅に置いたエアロバイクを漕ぎながら空想に耽る時間
どんなに漕いでも決して前へ進むことのないペダルを右左…
踏む毎に姿を現していく幻影――『宝石の人』たち――は
豪快に笑う頼もしい性質の虎、人見知りっぽい兎など
個性的な面々が勢揃いしていたような気がします。
――その中でも不可解な宝石の人がふたり――
『カルサイトの羊』 そもそも カルサイト という石を知りません!
『パールの白文鳥』 美しい印象だけど、目に浮かぶ幻影の姿が…?
なぜか二人は黙して語らず、何を考えているのかも読めず
紫がかった濃紺の衣装、頭巾をかぶり、鼈甲の眼鏡をかけた
すでに男女といった区別から解き放たれた印象の老人が現れ
『あなたが羊の先生?』呼びかけても返事してくれません…。
腰まである黒髪を長く伸ばし白装束を着て俯いた性別不詳な
若者にはどう声をかけるべきか言葉も見つからない有様で…。
自分で考えたのか何なのか意味の分からない存在がいました。
自分で構想をよく練らないと動き出さない存在もいれば
好き勝手に動きまわる存在もいて、本当に不思議だけど
――『いる』――
素直に存在を認めなければならないインビジブルたちが
『宝石の人』でした。その中でも特徴的な姿だったのが
『ブラッドストーンのキメラ猫』です。三位一体の姿は
オレンジ色の蝙蝠の羽を広げ、尾から蛇が顔を覗かせる
青く煌めく瞳の白い猫でした。小さな羽を懸命に動かし
パタパタ移動していても猫の体が重いのか地面から僅か
数十センチしか浮いていない状態で目を細めていました。
キメラ猫は1型糖尿病発症者。弟であるガーネットの蝙蝠と
蝙蝠が執着して宝石の人にされたというペリドットの蛇と
融合した姿でないと膵臓の働きを維持できないとのこと…。
キメラ猫は幻影の街でラピスの鼠から『青空喫茶』の経営を任され
朝から晩まで店に来たお客にお茶とお菓子を作って出していました。
ランチタイムを過ぎた午後のひととき、訪ねてくる仲間たちのため
青空喫茶名物の『半月焼き』を出して持て成します。本日のお客は
ラピスの鼠でした。「ここは、俺が作った『西の市場』の出店じゃ
一番落ち着くイイ茶店だ。くれぐれも客に手抜きすることなく動け」
そう言って紅茶をグィッと飲み干した少し威張りたがりな上官殿に
辟易しながらも微笑んで会釈するキメラ猫は無口な性質みたいです。
大事な茶器が割れた夕方には、山裾にある島梟の庵を訪ねていって
細い目をさらに細めて島梟が登り窯で焼いた新しい茶器を持ち帰り
緩やかな下り坂から景色を眺め、青く澄んだ瞳を輝かせるのです。
キメラ猫を見ていると、もっとしっかり自己管理しようと
奮起…できない現実もありました。キメラ猫は理想的存在。
理想と現実、HbA1c…。注射を拒否して血糖値も測らない
不良患者はケトアシドーシス常習。高血糖をこじらせたら
また救急車で運ばれるのに、当時は無茶な生活を続けて…。
私は壊れたまま…。幻影と現実のはざまで揺らぐ灯でした。
――二〇〇九年六月、私の腕枕で横たわる『くったん』が
大きく息を三回吐き出し、六歳八か月の生涯を閉じました。
まだ外を自由に闊歩していた猫さんも知らない最後の詩…。