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6.まるおの旅立ちと“もうひとつの診断”

――二〇〇八年一月一日の夕方、まるおが静かにその生涯を閉じました。


その日もパートに出て働いて、帰宅してから様子を見守っていたのですが

タオルの寝床に入って眠っていたはずのまるおの呼吸が止まっていました。


なぜかその後の私が見た夢では、まるおは和室の隅に置いた整理棚の陰に

潜んでいて私が通りかかるとスッと姿を現したのですが、まるおの出現を

見ていたら、まるおは「どうしてボクのことが見えるの?」と言いたげな

表情で見上げていたのです。見えなくても――いる――存在になって…。



それから、春の強い風が吹く頃になった頃――



市内の内科医院で〈尿検査〉を受けた結果

すぐ 総合病院へ行くように言われました。



――明らかに”異常”がある。



それは理解しているのに、日々の変化が

どこか『夢の中』の出来事のようでした。



ひと口だけ飲むつもりで口にしたペットボトルの緑茶が一瞬にして空に。


昼食を食べ終えた途端、食器を片付ける気力もなく意識を失い眠る毎日。


一時間どころか たった十分で押し寄せる尿意、まるで水が通過していく

ホースにでもなった気分。あらゆる水分は飲み込むとトイレへの直行便。


慣れないパート勤務が祟ったのか どれだけ休んでも疲れが取れませんし

疲労が蓄積していくばかりの身体を持て余していました。楽になりたい。


泣きたくなったのに 目から一向に涙が出てきません。

口には 唾液がなくカラカラ。唾液が湧いてきません。


口を開けて中を観察したら、舌に亀裂のようなヒビがありました。

日照りの休耕田のような有様だと思いました。その翌日、病院へ。



そのとき判明した血糖値”586”は

歴史の年号を暗記するように刻み込まれ

自宅に帰ることも許されず、入院を告げられ…



『教育入院』という形で過ごさねばならなくなりました。



不治の病に罹患したという身体があげた悲鳴は

総合病院では明らかにされず、何か所かの病院を

転院した後、ようやく『1型糖尿病』と判明しました。



低血糖に苛まされた身体の震え

血糖値の変動による舌のしびれ

洗面所の床には大量の抜け毛が


インスリンが働かない身体は食べても

痩せていくばかり。太れる身体は健康の証。

最初の入院で測定された体重を見て驚きました。


蓄尿検査では、大きな検尿カップを手にしてトイレに入っても

一度では間に合わず、検尿カップ二杯分の量が出るほどでした。


入院しても外出して歩く運動も必要とされ

近隣のショッピングセンターまで行ったら

ドラッグストアで人生初めての低血糖発作。

誰にも助けを求められず、ブドウ糖を口に。


長らく自分の観察を怠っていた現実が病気によって判明し、

ずっと自分の異変から目を背けていたことが分かりました。


それが二〇〇八年五月までの入院生活で得た『私の現実』でした…。




長い入院を終え、帰宅したら玄関に愛猫の姿が!



『シャーッ!』



威嚇の鳴き声で出迎えられたことも

現在では愉快な思い出となりました。



―――――



それからは自分の意思では止めることも許されない

毎日の自己注射と自己管理、毎月の通院が必要になり

何があろうと、自分である限りずっと継続していきます。



もう季節の色どりを感じている余裕なんてありません。


『空想』を脇に置いて『現実』を少しずつ見ていこう。



――考えを改めないといけませんよね。『一病息災』で生きるために。



そう思うのですが、居間から隣の和室へ移動すると

何らかのスイッチが切り替わるようにして気を抜くと

村の学校の生徒たちが姿を見せ、それぞれの物語を演じ

幻影のドラマを見せられることに…。自分の意思とは違う

方向からの働きかけのように感じても、脳裏に映し出される

幻影たちのドラマの筋書きを綴る存在がいると明らかにできず

ひたすら頭の中に記憶し続ける『媒体』にでもなったみたいです。


今日も寝室で休んでいると、ふと現れた三組の生徒が寄宿舎の自室で

しなやかな身体を伸ばし寛いでいる様子を見せました。

この生徒は喘息の持病があるらしく、時々夜中に発作を起こし

村の診療所に担ぎ込まれたりします。

私自身が病気なのに幻影の病気が気懸りになり、

これは全部ウソなんだからと分かっていても、早く発作が治まって

寄宿舎に帰れるよう祈りたくなる気持ちで幻影を見続けるのです。

きっと何かの病気。頭か心に発症した不可解な幻影を伴う

効果のある治療薬を探すことさえ困難な病気に

罹患したのだと思うしかありません。


寝室から四畳半の和室に移動すると、『彼が○○君です』

頭の中に呼び掛ける声と、誰かが履いている足元がアップで映し出され

黒い靴紐が通された白いハイカットの靴を見せられました。

こんな自己紹介をする生徒まで現れるのですから苦笑するばかりです。


今度はあの生徒が現れ、オレンジ色に染まった屋上に立つと

得意なギターの弾き語りをはじめました。もう夕暮れです…。




フェレットたちの様子を見に行かないと。


『幻影』ではなく、見るのは『現実』!




私が罹患したらしい『奇病』は、想像を遥かに超えていたのです。

それは、頭の中で幻影が勝手に物語を演じはじめるような

――そんな“厄介な症状”でした…。

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