3.二人の訪問者の名は『地面』と『氷塊』
――二〇〇六年春――
四月の薄い陽光に包まれた居間の片隅で
フェレットたちの呟く声に耳を傾けるよう
懸命にブログの文章を綴っていました…。
――――― ?!
画面に表示されていく”茶色く、小さな文字”を見ていたはずが
スッと頭の中に投下された『四文字の漢字』を見ていたのです。
"地面"と”氷塊”
――困惑に囚われる中、思い出したのは
二人の男性が、病床に臥す私のもとを訪れたという夢――
体型や身形からして――「男性かな?」と、
かろうじて判断できたような、そんな印象でした。
私は病床に伏しているらしく、一人で寝台に横たわっていました。
掛け布団や枕の感触は、どこか遠くの記憶に溶けてしまったようで
思い出そうとするたびに、指先からこぼれ落ちていきます。
見まわしてみても、
薄灰色の、どこか古びた雰囲気を漂わせる壁の室内には、
目につくような調度品の影すらありませんでした。
殺風景というよりも、
「何かが最初から存在していない空間」――そんな印象です。
二人は、私の寝台の右手――壁際に並んだ椅子に座っていました。
そして、随分と長い時間……。
ただじっと、動くこともできない私を、黙って見守っていたのです。
そのうちの一人は、もう一人の付き添いであるように感じられました。
仕方なく――あるいは、そうする"義務"があるかのように。
追従せざるを得ない者の、静かで重い気配がありました。
誰かが私に、何かを語りかけていたようにも思えました。
けれど、そのたった一言すら、私は記憶していないのです。
なぜなら――
懸命に話していたはずのその言葉が、一切、聞こえなかったからです。
……それ以上に、私が不思議で仕方がなかったのは、
その男性二人の――首から上が、まったく見えなかったことでした。
そこに在るはずの二人の顔は、
まるで、そこに顔があること自体が禁じられているような
見えないというより、「見てはいけないもの」として封じられていたような
――恐怖よりも困惑が、胸の奥にじんわりと沁みていました。
思い出すたびに、喉と胸が詰まるようになり、
気づけば 涙が溢れて困惑する夢……。
あの夢に見た二人の訪問者が私の頭の中に そっと投下するように
伝えてくれた名が極めて非現実的な『地面』と『氷塊』だなんて…。
人間の姿だったのに人間としての名前ではなく『地面』と『氷塊』
『地面』は動かず、
『氷塊』は溶けずに留まる。
それぞれが“変わらない何か”として
病床の私に寄り添っていたのかもしれません。
人間の姿で 夢に現れることも出来るのに
決して顔を明かすことのない不思議な二人
二人の訪問者が"現れた目的"を知ることもなく、
私は毎日の雑事に追われ、空想を漂う日々を続けていました。