2.『山』『学校』しつこく繰り返す声
当時むつ市で暮らす私は四畳半の和室に大きなケージを置き
三匹のやんちゃなフェレットたちのお世話をしていました…。
ニュージーファーム出身の大柄なオス――『くったん』
山形県某市から里子に迎えたセーブル――『まるお』
まるおの相棒である赤い瞳のアルビノ――『はち』
朝夕、三匹をケージから出して遊ばせるのが日課でした。
狭い四畳半の和室、その白い壁をぼんやり眺めていると
――『山』――
――『学校』――
――『山』――
――『学校』――
……繰り返す その声に、私はただ戸惑うばかりでした。
――『山』――
――『学校』――
それって、もしかして”山にある学校”のこと?
――『山』――
――『学校』――
”山あいにある集落の小さな学校”のこと?
――『山』――
――『学校』――
二つの言葉が、心の奥で何かを呼び起こすように響き合い
いつの間にか――山あいの村に建てられた
『小さな寄宿舎付きの学校』が、私の中で形を成していったのです…。
――『山』――
――『学校』――
生徒は『赤』『緑』『青』のスカーフを結んだ
ふるめかしい印象のセーラー服を着た生徒たち
そしてクラスの生徒たちは――
クラスの担任となる先生たちは――
その学校の校長先生は――
フェレットたちの相手をする時間だというのに
頭の中は広がっていく空想の世界へ旅立っていき
あれこれと〈設定〉を考えるようになっていました。
―――――
それから一年も経たないうちに学校の生徒たちは
イキイキと目を輝かせ、学校や集落の中を
元気よく駆け巡るようになったのです。
その山あいの集落は――『村』と呼ばれていた
『村』は自然豊かで『温泉』が湧き
上流には『淵』と呼ばれる深淵があり
村内には下流のような広い川幅の流れが
生徒たちは放課後、水量豊富な村の温泉に
肩まで浸かって勉学で疲れた心身を癒し…
『カプッ!』――『痛っ!』
背中に走った小さな痛みに反射的に振り向くと
おやつをねだる『はち』が背中から咬みついていました。
「ごめん、バイトなめる?」
チューブから濃い色の蜂蜜みたいな栄養剤をしぼりだして与えると
三匹は喜んで舌を伸ばして舐めとり、お互いの舌まで舐めあう有様。
体格の大きい『くったん』が誰より食い意地の張った三匹の弟分で
小柄な『はち』が注意深く見守るお兄さん役を引き受けていました。
『まるお』はマイペース。お腹を満たすと自分の好きな家具の裏に
潜り込み、念入りに毛づくろい開始。窓の景色は、日が暮れてきた
オレンジ色に照らされ、夕食の支度に取り掛かろうと立ち上がると
大湊ネブタの囃子を練習する音色が どこからか響いてくるのです。
津軽だけの『ねぶた祭り』だと思っていたのに、
聴こえてくる囃子は決して勇ましい印象ではなく
落ち着いた佇まいの優雅さを感じました。
県の右側の地域の祭囃子は、黙って聴いているだけで
自然と背筋が伸びるような気持ちになるのが不思議。
――夕食を済ませ、日課になったウォーキングへ出発!
川が辿り着く終点となる海がすぐそばに広がっている田名部川
遊歩道を歩くお供は目に視えないけど〈いる〉アイドル衣装の
美少女たちだったり、村の学校の生徒たちの誰かが同行したり
iPodから流れる音楽を一緒に聴く仲間のようになっていました。
こうして、現実と空想の境界が少しずつ曖昧になり
それを大して不思議とも思わなくなる日常が、
いつしか私の“普通”になっていたのです…。