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「フィル、間違いない?」
カロは木に背を預け、反対側からは見えないよう身を隠しながら、近くの茂みに隠れたフィルに問い掛けた。
「間違いない。まだ動く気配はないけど」
「じゃあ、僕が先に出るから、スフィアは僕と一緒に。ガジェルは指示と援護をお願い」
左右にカロと同じように隠れているスフィアとガジェルに、それぞれ指示を出す。皆が皆、魔物に対し風下に立っていた。スフィアがその意味に気付いているかは微妙だが。
指示に二人が頷いたのを確認すると、カロは相手を確認するため、覗き込んだ。
魔物は狼の形で、丁度ハスキー犬ほどの大きさのものが一匹だけで存在していた。
(獣型が一匹か。あれなら僕一人で十分かな)
カロはそう結論づけ、腰の剣を抜いた。
「いくよ」
カロの言葉を合図に、スフィアとカロは飛び出した。その瞬間に魔物も二人の存在に気付く。
「はっ!」
カロは駆け抜ける瞬間に右下から左上へ切り上げる。
しかし、カロの剣に大した手応えはない。
魔物はカロの右側へ跳び、回避したが、左後ろ脚だけに傷を負っていた。
(かすっただけか。だけど足を怪我すれば動きは鈍る)
「スフィア!」
「はい!」
スフィアはカロの意図を読み取り、着地しようとしていた魔物を右の剣で突く。
剣先は魔物の背から腹にかけて貫いた。
「離れろ!」
ガジェルの指示にカロとスフィアは魔物から距離をとる。その瞬間、地面から魔物に向かって刺が生え、貫いた。しかし、それでも魔物は瀕死の状態ではあるが、生きている。しかし、それはわざとだった。
「手応えないな。まぁ足しにはなるだろうが」
ガジェルは瀕死の魔物に近づき、短剣で突き刺す。するとガジェルの腕の紋様が赤い光を放った。
刺された魔物は徐々に干からび、最後は崩れ落ちた。
「それが呪紋……ですか?」
スフィアは少し怯えたように聞いた。
「そうだ。恐ろしいか?」
ガジェルはスフィアの様子に馬鹿にするように口元に笑みを浮かべて言った。
「…………」
スフィアは答えなかったが、怖れているのは誰が見ても明白だった。
「どうやら本当に一匹だったみたいだね。これで依頼は遂行できたかな」
「でも証拠が消滅したけど?」
カロもフィルも知っていただけはあり、怖がった様子は全くない。
「大丈夫だよ。多分……」
確証はないのか、カロは曖昧な返事をした。もとより証拠の破片を持って行けば、その破片に魔物が集まってくる可能性もある。証拠といえど、持ち帰るわけにはいかなかった。
「その辺は俺に任せろ」
「「?」」
酒場に帰ったカロ達は、早速報告していた。
「魔物を退治してくださったそうですね」
「あぁ。だから報酬を頂きにきた」
ガジェルはただ淡々と仕事の話を続けていく。
「そうですか。失礼ですが、証拠はありますか?」
それはカロ達が懸念したことだった。この世界では人を騙し、お金を巻き上げようとする人はいくらでもいるのだ。
「持ってきてほしいのか?」
「はい?」
そのガジェルの予想外の一言に、男は素っ頓狂な声を上げた。
「その破片に魔物が引き寄せられ、魔物が魔物を呼び、村が壊滅してもいいなら持ってくるが? それとも確認しに行くか? それまでは待っているから、俺はそれでも構わないぞ?」
ガジェルは完全に脅しにかかっていた。たが、別に騙しているわけではないため、カロもスフィアも何も言わない。
「い……いえ、結構です」
さすがにそこまでのリスクを負う気はないのか、ガジェルと男は奥へと入っていく。
「あれ、いいのかなぁ……」
スフィアは少しあくどいやり方に、不安げな声を出した。
「良いんじゃないかな? 騙しているわけじゃないんだし」
カロはそれが必要悪とでも言わんばかりに当たり前のように言った。
「私は騙しても良いと思う」
「いや、騙すのはどうかと……」
フィルのとんでもない一言に、さすがにカロは賛同できなかった。
そんな会話をしていると、ガジェルが戻ってきた。
「それじゃあ、物資を揃えて早く出発しよう。急げば次の村に着ける」
カロの提案に、皆が頷く。
こうしてガジェルを新たに加え、カロ達は次の村へ急いだ。
★
町にある一番大きな木よりさらに上空。地上からはかろうじて人の形をしているのがわかる高さに誰かがいた。
いや、『誰』ではない。明らかにそれは人間ではなく、魔物。それも魔人に分類されるものだった。背中に見える赤き翼がなによりの証拠だろう。
魔人は静かに地上を見下ろし、その視線はカロ達を捉えている。その視線はまるで値踏みをしているかのようだ。
「ふ……」
魔人は微かに笑うと、どこかに飛び去り、見えなくなった。