7
到着した一つ目の村。カロ達は酒場にいた。しかし、そこはスフィアの想像していた酒場とは少し違っていた。
「みんな、暗いね……」
スフィアはカウンターにつきながら言った。
「そう? どこもこんなものだよ?」
カロは慣れているのか、それが当たり前と言わんばかりに答えた。
「でも王都では……」
スフィアは遠慮がちに周りを見ながら言った。
「王都は特別だよ。王都は魔物の脅威にさらされないような構造をしているけど、地方は魔物の脅威にさらされ続けてるから。いつもみんなびくびくしながら生活しなくちゃいけないんだよ。今年は実りも悪いみたいだし、その辺もあるだろうけど」
王都は双剣士レオパルディが作ったため、戦争に対する対策が一番重視されていた。
王都は東に位置する城の背後から左右に囲むように険しい山が存在し、唯一の通り道となる西には巨大な防壁が存在する。その為なのか、王都は魔物に襲われることは過去一度もなかった。祭の夜、マルコシアスに襲われるまでは。
「そんな…… 百年前の戦争で魔物の驚異は減ったって……」
「減っただけだよ、なくなったわけじゃない。弱い村になると、魔物一匹で滅んでしまうこともあるし」
カロの中では当たり前のことなのか、淡々とスフィアに語った。
カロの話を聞くうちに、スフィアは段々落ち込んでいった。
「あ、店主。一番安くて量のあるものを二人前と、お茶を三人分お願いします」
何故かカロは落ち込んでゆくスフィアを慰める事なく、注文していく。そして注文の品が出てくると、カロは手をつけずにじっと待っていた。
「私、知らなかった。世界がこんな事になっているなんて……」
「知らなかったは言い訳でしかない。知ろうとしなかった。周りの上っ面の平和だけを信じ、それに浸りきっていた。それが事実でしょ?」
スフィアの弱気な発言を、フィルは一刀両断する。その言葉にスフィアは何も言えなかった。
「フィル、さすがにそれは言い過ぎだよ。知らないなら知ればいい。まだ手遅れじゃないしね」
「……違う」
カロのフォローを否定したのはなんとスフィアだった。
「私は知ってなきゃいけなかった。その義務があったはずなのに……」
「スフィア?」
何故そんな事を言ったのかわからず、カロは首を捻る。
「そうね、あなたは知っているべき。ならこれからすること……わかる?」
「はい」
二人の間では完全に会話が成立していたが、カロには何の事だかさっぱりだった。
「さてと、お腹も空いたし、食べようかな」
スフィアはまるで今までのことがなかったかのように楽しそうに食べ始めた。
「……そうだね」
何も聞くべきではないと思ったのか、カロも一緒に食べ始めた。
三人は、お腹は減っていたらしく、瞬く間に料理を消費していく。
「さて、これからどうしようか?」
もうすぐ食べ終わるかと思われた時、カロが不意に口を開いた。
「どうするって、ネルの言っていたシュール・ラプスに向かうんじゃないの?」
スフィアはそこを目的地と定めているらしく、当たり前のように言った。カロの魔物退治の旅は目的地がないので、当たり前と言えば当たりまだが。
「そうじゃなくて、どうやって向かうかとか、資金をどうするかとか」
この町からシュール・ラプスに向かう道は二つ存在する。山を通過し、直接向かう道と、山を迂回し、国境を越える二通りの道があった。
「あ、そっか。でも資金はわからないけど、国境は越えられないよ?」
「え? なんで?」
「だって……」
スフィアは困ったようにフィルを見た。それだけでカロには言いたいことが通じた。
「?」
フィルはよくわからなかったのか、口の中のものをもぐもぐしながら首を捻る。
(そうか、身分証明がないと国境は越えられないんだっけ)
「じゃあ、道は決まったね。資金はどうしようか?」
「あれ」
話を聞いていないかと思っていたフィルが突然壁を指差した。いつの間にか料理を食べ終わっていたようだ。
二人はフィルの指差した方を見る。そこには一枚の文書が張られていた。
「魔物討伐の依頼?」
そこに張られていた紙にはそう記されていた。
いわく、
『エアルダの森に魔物が住みつくいているようです。確認の上、退治してください。御礼は差し上げます』
と記されていた。
「なるほどね、僕たちにはピッタリかな」
「だね」
「君達も賞金稼ぎかい?」
二人が紙を見ていると、店主が話しかけてきた。
「いえ、私達は――――」
「はい、そうです」
スフィアが否定しようとすると、カロはそれを遮り、肯定した。
「やっぱりね。それなら急いだ方がいいよ。少し前に別の賞金稼ぎが出発しているから」
店主はそれだけを伝えたかったのか、それだけ言うとカウンターの中に戻っていった。
「カロ、何で肯定したの?」
スフィアは不思議そうに首を捻る。
「そうした方が都合が良さそうだったからさ。スフィアも僕もフィルも、身元を探られたら困るだろ?」
カロ達は半ば逃亡するように王都から出発している。フィルに至ってはオルディス教の最高機密であることもあり、カロ達には探られては困る理由が多々あった。
「だから表向きは賞金稼ぎとしておいた方がいいと思ってね」
「確かにそうだね。じゃあ、これからはそうしよっか」
「二人とも、あまりゆっくりしていると、先を越される」
あまりにゆっくりしている二人にフィルは面倒臭そうな様子で急かした。
「あ、そうだった。カロ、急ご」
「うん」
二人は急いで支払いを済ませると、酒場を後にした。