6
街より走り出たカロ、スフィア、白い少女は、街より少し離れた小高い丘に存在する木の根元に集まっていた。
「これぐらい離れればひとまず安心……かな」
カロは走り続けて疲れたのか、木にもたれ掛かっていた。
「きっと大丈夫だよ。兵達も追ってきてないみたいだし」
スフィアは息をきらしているカロとは対象的に、何故か元気だった。
「…………」
白い少女は、息切れを通り越して、生きているのかどうかさえも怪しいほどにぐったりとしている。心なしか青白かった光が弱くなって、ただ白く見えた。
「さて、カロ。落ち着いたことだし、聞いていいかな?」
スフィアはカロの隣に座り、そう切り出した。
「なに?」
「その子、一体何者なの? 聖剣があの子の中に消えちゃうし、カロは知ってるみたいだし」
スフィアはちらりと白い少女に目線を向けてから言った。
白い少女は相変わらずぐったりとしている。
「えぇっと……」
カロは困ったように頬をかいた。言いたくないというよりは、言っていいのかと迷っているようだ。
「私は……聖剣の鞘……」
その時、ぼそっと白い少女が呟くように言った。
「聖剣の……鞘?」
スフィアは意味を理解するようにその言葉を繰り返す。カロは諦めたように溜息をついた。
「そうだよ。彼女は聖剣の鞘。聖剣と共にあることを義務付けられた聖女だよ」
「うそ……」
スフィアも聖女のことについては聞き覚えがあったのか、驚いたように白い少女を見た。
白い少女は相変わらず突っ伏している。そこには威厳も有り難みもなかった。
「本当はオルディスにずっと匿われてて、世間に知れていい存在じゃないんだけどね。今回は僕が聖剣を抜いちゃったから」
そう言ってカロは苦笑した。
「そっか。それにしても、カロって物知りだね。一目見て……あれ? そういえば、あの子の名前は?」
スフィアは突然途中で会話を切り替え、首を傾げた。
「さあ? そこまでは知らないよ」
カロは困ったように、ようやく落ち着いてきた白い少女を見た。
「私に名前なんてない」
少女はまるでそれが当たり前であるかのように言った。
「ないの? 名前が?」
余程意外な答えだったのか、スフィアは驚いたように言った。まぁ、予想していたらいたでそれはおかしいとは思うが。
「私は聖剣の鞘。それ以上でもそれ以下でもない」
白い少女は体の砂埃を掃いながら言った。
「そっか……」
スフィアは寂しそうに、呟くように言った。
「ならさ、名前を付けてあげようよ。僕たちでさ」
そんなスフィアを見兼ねたのか、カロはそう提案した。
「そうだね。あなたもいい?」
先程の寂しそうな表情はどこへやら、嬉しそうに白い少女を見た。
「……好きにすればいい」
断っても諦めないだろうと思ったのか、諦めたように白い少女は言った。
「何がいいかな。私とカロにちなんだものがいいよね」
「何故?」
「いいから」
(何故なんだろう……)
カロはその事に首を捻りながら、素直に二人の名前をもじって考える。
(スフィア…… 僕の名前をふまえて……)
「フィルなんてどうかな?」
カロは少し考え、そう提案した。
「フィル? 確かに可愛いけど、カロの名前が入ってないよ?」
「無茶言わないでよ。『か』と『ろ』なんて使えないよ。『カフィ』とか『スロア』とか考えたんだけど、しっくり来なかったし」
「う~ん…… でも……」
それでもスフィアは納得がいかなかったのか、反応が鈍い。
「私、フィルがいい。二人の名前が入っているから」
(だから入ってないのに…… でも、本人が気に入っているならいいかな)
本人が気に入っている以上、スフィアはそれ以上文句を言うわけにはいかなかった。
「なら、フィルちゃんね。よろしくね、フィルちゃん」
だから、スフィアは白い少女の名前を『フィル』に決定した。
「よろしく」
フィルは名前で呼ばれて恥ずかしいのか、スフィアから顔を背けた。
「さて、夜もたいぶふけたし、そろそろ寝ようか」
「あ、そうだね。この辺は丁度いいし、ここで寝よっか」
スフィアはカロの意見に賛成し、カロが用意した荷物の中から毛布を取り出した。
「フィルちゃん、おいで」
そして、フィルを手招きする。
「…………」
しかし、フィルは何も言わず、毛布を取り出し、既に寝る体勢に入っていたカロの毛布の中に潜り込んだ。
「フィルちゃん?」
スフィアは不思議そうに首を傾げる。
「私は聖剣の鞘。主といるのが当然」
しかし、フィルはそれを気にした様子もなく、カロの毛布に包まる。
「むっ!」
その様子を見て、スフィアはむくれる。
カロはそんな二人の様子に、苦笑していた。
夜も明け、太陽が大地を明るく照らし出す頃。木漏れ日に顔を照らされ、スフィアは目を覚ました。
「ん~!」
スフィアは体を起こし、強張った体をほぐす。初めての野宿に体は凝り固まっていた。
「スフィア、おはよう」
スフィアが起きたことに気付いたカロは、スフィアの方を向き、挨拶をする。
「あ、おはようカロ。早いんだね」
カロは既に朝食の準備に取り掛かっており、今作り出した様子ではなかった。
「ん~…… まぁね」
カロは何故かスフィアから目を逸らして歯切れ悪く答えた。その何処かおかしいカロの様子に、スフィアはじっと見つめた。
「もしかして……寝てないの?」
「はははは……」
カロは、答えることが出来ず、から笑いを漏らしす。
そう、カロは寝ていなかった。町の中とは違い、外では魔物に襲われる危険性は極めて高い。それなのに見張りも立てず、熟睡してしまうことは、命を捨てることに等しかった。
しかし、スフィアはそういったことに不慣れであるため、カロは気を使ったのだった。
「あなたが熟睡するから、カロは寝られなかったの」
白い少女、フィルは既に起きていたらしく、朝食の準備の為か、干し肉を切っていた。
「フィル、あんまりスフィアを責めたらダメだよ」
カロはフィルをたしなめつつ、無くなってきていた焚き火に木の枝をくべる。
「どういう事?」
二人の会話の意味が理解できず、スフィアは首を捻った。
黙っている気がなかったフィルは、スフィアに説明した。野宿がいかに危険であるかを。
「そう……だったんだ」
理由を知ったスフィアは申し訳なさそうに目線を伏せた。
「気にしたらダメだよ。スフィアはこれからゆっくり覚えていけばいいんだから」
「でも、フィルちゃんは知ってたよ?」
カロのフォローも全く意味はなく、余計にスフィアを落ち込ませた。
「知らないのなら仕方がない。これから覚えればいいだけのこと」
フィルは切るものが無くなったのか、カロの煮込む鍋を覗き込んでいる。
「そうだね。僕だって初めから知っていたわけじゃないから。スフィアもこれから慣れていこうよ。先は長いんだからさ」
カロは煮込んでいるスープの様子を見ながら言った。
「それで……いいのかな?」
「いいんだよ。さてと、スープが煮えたみたいだし、朝食にしようか。その前にあっちに小川があったから、顔を洗っておいでよ」
まだ納得していないスフィアだったが、カロはそれを気にさせないようにする為か、話を無理矢理打ち切った。
スフィアが顔を洗って戻ってきて朝食は始まった。初めは少しぎこちない空気だったが、食べ終わる頃には綺麗さっぱり流れていた。
「さてと……」
いち早く食事を終えたカロは、そばに置いておいた剣を持ち、スフィア達から距離を置いた。
「カロ、どうしたの?」
「ただの朝の鍛練だよ。一日でも怠けると剣が鈍るらしいから」
カロはよくわかっていないらしく、ただの習慣的に続けているだけというのが言葉から読み取れた。
「あ、私が相手になろうか? ただ素振りするよりは効率いいでしょ?」
スフィアも食べ終わったのか、立ち上がり、脇に置いてあった双剣を持ち、腰にさした。
(そういえば、スフィアってどのくらい強いんだろう? 旅の過程で危険な事も多いだろうし、そのための手合わせもいいかな。鍛練の効率がいいのも確かだし)
「そうだね、やろうか」
「うん」
スフィアはカロの近くに歩み寄った。
そして、双剣を抜き、左の月の剣を横に、右の太陽の剣を縦にし、クロスさせた形で構える。
(独特な構えだなぁ。ん? どこかで見た事あるような気が……)
カロはそんな事を考えながら、剣を両手で構えた。
「それでは、いきます!」
スフィアはいつもそうしているのか、一声かけてから攻撃を仕掛けた。
「え? はやっ!」
カロはあまりに速いスフィアに、避けるだけで精一杯だった。
(速いっ! けど、ついていけるっ!)
しかし徐々に慣れてきたのか、カロには段々と余裕が出てくる。
「やっ! せいっ!」
スフィアは斬るというより、刺すことを主体とした攻撃を繰り返す。どうやらスフィアは『突き』を主体とした剣術のようだ。
(なんで? 私の方が押しているはずなのに、当たらない)
スフィアからみればカロは防戦一方だったが、実はカロはタイミングを計っているに過ぎなかった。
「せやぁ!」
カロはスフィアの行動を完全に把握したのか、攻撃の合間に剣を右手だけに持ち替え、素早くスフィアの剣を左右に弾く。その衝撃で、スフィアの手から剣は離れた。
「え?」
そのあまりのスピードに、スフィアに一瞬隙が生まれた。カロはその隙を逃さない。
「やっ!」
カロはその勢いのまま、スフィアの足を払い、体勢を崩す。
「勝負あり……だね」
そして、スフィアの首に剣を当てた。
「カロ、強いんだね」
「まぁ、仕事の内だしね」
カロは剣をひき、スフィアを立たせた。
「私、これでも腕に自信あったんだけどな」
スフィアは弾かれた剣を回収しつつ言う。
「終わった? そろそろ出発しない?」
当然のように食べ終えていたフィルはそう促した。
「あ、そうだね。あまりゆっくりしてると、次の町に着けなくなる」
カロは剣をしまい、出発の支度を始めた。
何故かフィルはカロの手伝いをする事なく、スフィアに近づいた。
「スフィア、カロとの手合わせは今日でやめておきなさい。貴女じゃカロの練習にならないから」
「え?」
「フィルもスフィアも話してないで、荷物片付けてよ」
聞き返そうとスフィアだったが、カロに遮られ、全く聞けなかった。
(一体どういうこと? そんなにカロと実力差があるっているの?)
そう疑問に思うが、その事を聞くことは出来なかった。