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ロスト  作者: 江藤乱世
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 街より走り出たカロ、スフィア、白い少女は、街より少し離れた小高い丘に存在する木の根元に集まっていた。


「これぐらい離れればひとまず安心……かな」


 カロは走り続けて疲れたのか、木にもたれ掛かっていた。


「きっと大丈夫だよ。兵達も追ってきてないみたいだし」


 スフィアは息をきらしているカロとは対象的に、何故か元気だった。


「…………」


 白い少女は、息切れを通り越して、生きているのかどうかさえも怪しいほどにぐったりとしている。心なしか青白かった光が弱くなって、ただ白く見えた。


「さて、カロ。落ち着いたことだし、聞いていいかな?」


 スフィアはカロの隣に座り、そう切り出した。


「なに?」


「その子、一体何者なの? 聖剣があの子の中に消えちゃうし、カロは知ってるみたいだし」


 スフィアはちらりと白い少女に目線を向けてから言った。


 白い少女は相変わらずぐったりとしている。


「えぇっと……」


 カロは困ったように頬をかいた。言いたくないというよりは、言っていいのかと迷っているようだ。


「私は……聖剣の鞘……」


 その時、ぼそっと白い少女が呟くように言った。


「聖剣の……鞘?」


 スフィアは意味を理解するようにその言葉を繰り返す。カロは諦めたように溜息をついた。


「そうだよ。彼女は聖剣の鞘。聖剣と共にあることを義務付けられた聖女だよ」


「うそ……」


 スフィアも聖女のことについては聞き覚えがあったのか、驚いたように白い少女を見た。


 白い少女は相変わらず突っ伏している。そこには威厳も有り難みもなかった。


「本当はオルディスにずっと匿われてて、世間に知れていい存在じゃないんだけどね。今回は僕が聖剣を抜いちゃったから」


 そう言ってカロは苦笑した。


「そっか。それにしても、カロって物知りだね。一目見て……あれ? そういえば、あの子の名前は?」


 スフィアは突然途中で会話を切り替え、首を傾げた。


「さあ? そこまでは知らないよ」


 カロは困ったように、ようやく落ち着いてきた白い少女を見た。


「私に名前なんてない」


 少女はまるでそれが当たり前であるかのように言った。


「ないの? 名前が?」


 余程意外な答えだったのか、スフィアは驚いたように言った。まぁ、予想していたらいたでそれはおかしいとは思うが。


「私は聖剣の鞘。それ以上でもそれ以下でもない」


 白い少女は体の砂埃を掃いながら言った。


「そっか……」


 スフィアは寂しそうに、呟くように言った。


「ならさ、名前を付けてあげようよ。僕たちでさ」


 そんなスフィアを見兼ねたのか、カロはそう提案した。


「そうだね。あなたもいい?」


 先程の寂しそうな表情はどこへやら、嬉しそうに白い少女を見た。


「……好きにすればいい」


 断っても諦めないだろうと思ったのか、諦めたように白い少女は言った。


「何がいいかな。私とカロにちなんだものがいいよね」


「何故?」


「いいから」


(何故なんだろう……)


 カロはその事に首を捻りながら、素直に二人の名前をもじって考える。


(スフィア…… 僕の名前をふまえて……)


「フィルなんてどうかな?」


 カロは少し考え、そう提案した。


「フィル? 確かに可愛いけど、カロの名前が入ってないよ?」


「無茶言わないでよ。『か』と『ろ』なんて使えないよ。『カフィ』とか『スロア』とか考えたんだけど、しっくり来なかったし」


「う~ん…… でも……」


 それでもスフィアは納得がいかなかったのか、反応が鈍い。


「私、フィルがいい。二人の名前が入っているから」


(だから入ってないのに…… でも、本人が気に入っているならいいかな)


 本人が気に入っている以上、スフィアはそれ以上文句を言うわけにはいかなかった。


「なら、フィルちゃんね。よろしくね、フィルちゃん」


 だから、スフィアは白い少女の名前を『フィル』に決定した。


「よろしく」


 フィルは名前で呼ばれて恥ずかしいのか、スフィアから顔を背けた。


「さて、夜もたいぶふけたし、そろそろ寝ようか」


「あ、そうだね。この辺は丁度いいし、ここで寝よっか」


 スフィアはカロの意見に賛成し、カロが用意した荷物の中から毛布を取り出した。


「フィルちゃん、おいで」


 そして、フィルを手招きする。


「…………」


 しかし、フィルは何も言わず、毛布を取り出し、既に寝る体勢に入っていたカロの毛布の中に潜り込んだ。


「フィルちゃん?」


 スフィアは不思議そうに首を傾げる。


「私は聖剣の鞘。主といるのが当然」


 しかし、フィルはそれを気にした様子もなく、カロの毛布に包まる。


「むっ!」


 その様子を見て、スフィアはむくれる。


 カロはそんな二人の様子に、苦笑していた。




 夜も明け、太陽が大地を明るく照らし出す頃。木漏れ日に顔を照らされ、スフィアは目を覚ました。


「ん~!」


 スフィアは体を起こし、強張った体をほぐす。初めての野宿に体は凝り固まっていた。


「スフィア、おはよう」


 スフィアが起きたことに気付いたカロは、スフィアの方を向き、挨拶をする。


「あ、おはようカロ。早いんだね」


 カロは既に朝食の準備に取り掛かっており、今作り出した様子ではなかった。


「ん~…… まぁね」


 カロは何故かスフィアから目を逸らして歯切れ悪く答えた。その何処かおかしいカロの様子に、スフィアはじっと見つめた。


「もしかして……寝てないの?」


「はははは……」


 カロは、答えることが出来ず、から笑いを漏らしす。


 そう、カロは寝ていなかった。町の中とは違い、外では魔物に襲われる危険性は極めて高い。それなのに見張りも立てず、熟睡してしまうことは、命を捨てることに等しかった。


 しかし、スフィアはそういったことに不慣れであるため、カロは気を使ったのだった。


「あなたが熟睡するから、カロは寝られなかったの」


 白い少女、フィルは既に起きていたらしく、朝食の準備の為か、干し肉を切っていた。


「フィル、あんまりスフィアを責めたらダメだよ」


 カロはフィルをたしなめつつ、無くなってきていた焚き火に木の枝をくべる。


「どういう事?」


 二人の会話の意味が理解できず、スフィアは首を捻った。


 黙っている気がなかったフィルは、スフィアに説明した。野宿がいかに危険であるかを。


「そう……だったんだ」


 理由を知ったスフィアは申し訳なさそうに目線を伏せた。


「気にしたらダメだよ。スフィアはこれからゆっくり覚えていけばいいんだから」


「でも、フィルちゃんは知ってたよ?」


 カロのフォローも全く意味はなく、余計にスフィアを落ち込ませた。


「知らないのなら仕方がない。これから覚えればいいだけのこと」


 フィルは切るものが無くなったのか、カロの煮込む鍋を覗き込んでいる。


「そうだね。僕だって初めから知っていたわけじゃないから。スフィアもこれから慣れていこうよ。先は長いんだからさ」


 カロは煮込んでいるスープの様子を見ながら言った。


「それで……いいのかな?」


「いいんだよ。さてと、スープが煮えたみたいだし、朝食にしようか。その前にあっちに小川があったから、顔を洗っておいでよ」


 まだ納得していないスフィアだったが、カロはそれを気にさせないようにする為か、話を無理矢理打ち切った。


 スフィアが顔を洗って戻ってきて朝食は始まった。初めは少しぎこちない空気だったが、食べ終わる頃には綺麗さっぱり流れていた。


「さてと……」


 いち早く食事を終えたカロは、そばに置いておいた剣を持ち、スフィア達から距離を置いた。


「カロ、どうしたの?」


「ただの朝の鍛練だよ。一日でも怠けると剣が鈍るらしいから」


 カロはよくわかっていないらしく、ただの習慣的に続けているだけというのが言葉から読み取れた。


「あ、私が相手になろうか? ただ素振りするよりは効率いいでしょ?」


 スフィアも食べ終わったのか、立ち上がり、脇に置いてあった双剣を持ち、腰にさした。


(そういえば、スフィアってどのくらい強いんだろう? 旅の過程で危険な事も多いだろうし、そのための手合わせもいいかな。鍛練の効率がいいのも確かだし)


「そうだね、やろうか」


「うん」


 スフィアはカロの近くに歩み寄った。


 そして、双剣を抜き、左の月の剣を横に、右の太陽の剣を縦にし、クロスさせた形で構える。


(独特な構えだなぁ。ん? どこかで見た事あるような気が……)


 カロはそんな事を考えながら、剣を両手で構えた。


「それでは、いきます!」


 スフィアはいつもそうしているのか、一声かけてから攻撃を仕掛けた。


「え? はやっ!」


 カロはあまりに速いスフィアに、避けるだけで精一杯だった。


(速いっ! けど、ついていけるっ!)


 しかし徐々に慣れてきたのか、カロには段々と余裕が出てくる。


「やっ! せいっ!」


 スフィアは斬るというより、刺すことを主体とした攻撃を繰り返す。どうやらスフィアは『突き』を主体とした剣術のようだ。


(なんで? 私の方が押しているはずなのに、当たらない)


 スフィアからみればカロは防戦一方だったが、実はカロはタイミングを計っているに過ぎなかった。


「せやぁ!」


 カロはスフィアの行動を完全に把握したのか、攻撃の合間に剣を右手だけに持ち替え、素早くスフィアの剣を左右に弾く。その衝撃で、スフィアの手から剣は離れた。


「え?」


 そのあまりのスピードに、スフィアに一瞬隙が生まれた。カロはその隙を逃さない。


「やっ!」


 カロはその勢いのまま、スフィアの足を払い、体勢を崩す。


「勝負あり……だね」


 そして、スフィアの首に剣を当てた。


「カロ、強いんだね」


「まぁ、仕事の内だしね」


 カロは剣をひき、スフィアを立たせた。


「私、これでも腕に自信あったんだけどな」


 スフィアは弾かれた剣を回収しつつ言う。


「終わった? そろそろ出発しない?」


 当然のように食べ終えていたフィルはそう促した。


「あ、そうだね。あまりゆっくりしてると、次の町に着けなくなる」


 カロは剣をしまい、出発の支度を始めた。


 何故かフィルはカロの手伝いをする事なく、スフィアに近づいた。


「スフィア、カロとの手合わせは今日でやめておきなさい。貴女じゃカロの練習にならないから」


「え?」


「フィルもスフィアも話してないで、荷物片付けてよ」


 聞き返そうとスフィアだったが、カロに遮られ、全く聞けなかった。


(一体どういうこと? そんなにカロと実力差があるっているの?)


 そう疑問に思うが、その事を聞くことは出来なかった。

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