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ロスト  作者: 江藤乱世
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「聖剣、君の主義には反するかもしれないけど、僕には必要なんだ」


 そんなカロの言葉に白い少女は何も答えず、ただただ悲しい瞳でカロを見つめている。


(お願い…… 力を……)


 カロは一心に祈りながら、聖剣へと手を伸ばした。


「くっ……!」


 しかし、やはりというか当然というか、拒絶されてしまった。


「だから、あなたには無理」


 それを見て、服も、肌も、髪も白い少女は悲しそうに呟く。


「…………」


 その時、カロのこめかみがぴくりと動いた。そして、ふっと笑う。


「あぁ、そっか。そうだよね。僕が使えるわけないんだよね……」


 カロは自嘲的に笑った。そして、いきなり目付きが鋭くなる。


「でも、これで諦められるほど、僕は潔くないんだ。君がそのつもりなら、僕も勝手にやらせてもらう」


 カロは、今度は聖剣の柄を両手で握る。白い電撃みたいなものがカロを襲うが、もうお構いなしだ。


「はあぁぁぁ―――!」


 カロは思いっきり踏ん張り、聖剣を抜きにかかる。だが、聖剣は当然のようにびくともしない。


「あああぁぁぁぁ―――!!」


 白い電撃で皮膚は焼け、服はぼろぼろになっていく。それでもカロはやめなかった。



 ミシッ―――!!



「え?」


 だが、その時変化は起きた。聖剣を支えていた台座にひびが入ったのだ。


「スフィアは! 絶対に護る!」


 ひびは徐々にその傷口を広げていく。


「ああぁぁぁぁ―――!!!」


 そして、その亀裂は徐々に大きくなり、


「抜けろー!」


 カロがそう叫んだ瞬間、台座は砕け、聖剣は完全にカロの手中に納まった。カロは力尽くで聖剣を抜いたのだ。


 カロはそれを数度試すように振る。


「よしっ!」


「…………」


 その光景を、少女は唖然として見ている。


「じゃあ、借りてくね」


 カロはまるで友達から借りたかのように簡単に言い、スフィア達の方に走った。


「あぁ…… これも運命か…… なんて残酷」


 唖然としていた少女は、悲しそうにぽつりと漏らしたが、誰もその言葉を聞いてはいなかった。


(スフィア!)


 カロはマルコシアスに向かって走った。眼前ではスフィアとネルが既に追い詰められている。


 マルコシアスは右前足を振り上げ、今にも振り下ろそうとしていた。


「やめろー!」


 まさに間一髪。カロはぎりぎりでマルコシアスの爪を受け流した。


「お前は!?」


「カロっ! ……え!?」


 スフィアとネルの反応は概ね同じだった。まずカロが来たことに驚き、そしてカロの手にある武器を見て驚いていた。


「スフィア、ネルちゃん、もう大丈夫だよ」


 カロはいつもの様に笑うと、聖剣を構えた。


「いくよっ! 聖剣!」


(おそらく、僕に開放できるのは一回きり。それに、僕の体が堪えられるかどうかわからない。それでも、やるしかない!)


「聖剣よっ! 産声を上げよ!」


 カロは聖剣を構え、叫んだ。


 まさにその瞬間だった。カロの周りに柔らかな光が漂い始め、それがカロを包み込む。そして、カロの持つ聖剣に吸い込まれていった。それと同時に聖剣に付けられた青白い石が強く光ったかと思うと、聖剣が輝かしい光を放った。


(あれが聖剣…… なんて優しい光なんだろう)


 スフィアはその光景を心温まる思いで見つめている。ネルもスフィアと変わらない状態だった。


(ぐっ……!)


 スフィア達には確認できなかったが、カロは先程の白い電撃をも越える激痛に襲われていた。それは、聖剣の拒絶にほかならなかった。


(大丈夫、いける!)


「はぁっ!」


 カロは勢いをつけ、上段から真っ縦に聖剣を振り下ろし、マルコシアスの右前足を切り付けた。すると、まるで豆腐を切るように、たやすくマルコシアスを切り裂いた。



 ガアァァァァ―――!!



 マルコシアスの苦悶の叫び。カロはそこに二撃目を加える。


「終わりだ!」


 カロは体勢を低くし、マルコシアスの下へ滑り込んだ。そして聖剣を突き上げ、マルコシアスの喉ん貫く。


 叫びにならない叫びが辺りに響く。そして、マルコシアスはその場に倒れ込んだ。


「はぁ…… 終わった」


 カロは呟くようにそう言うと、聖剣を地面に突き立て、それにもたれ掛かった。


「カロ!」


 嬉々とした声にカロが顔を上げると、スフィアがすぐ近くに来ていた。


「すごいね。マルコシアスを一人で倒しちゃうなんて」


 スフィアは本当に嬉しそうにカロに話しかけた。ネルはスフィアの後ろに控え、我関せずといった様子で立っている。


「ははは…… 聖剣のお陰だよ」


 それに対してカロは疲れたように返す。声にまるで力が入っていなかった。


「あ、そういえば、カロが聖剣抜いたんだよね? 前抜けなかったって言わなかった?」


 スフィアはなおも嬉しそうに語りかける。だが、カロは弱々しく微笑んだだけだった。


「カロ?」


 スフィアは先ほどから反応の鈍いカロが心配になり、カロの体に触れた。


「え……」


 スフィアの手に伝わる感触。それはざらっとした何かが焼けたあとのような感触だった。


「カロ! ねぇ、カロってば!」


 スフィアは必死に呼び掛ける。そんなスフィアにカロはやっぱり優しく微笑みかけた。


「ごめんスフィア…… ちょっと無理しすぎちゃった……」


 カロの手から聖剣が離れ、倒れて澄んだ音を立てる。


 そして、カロはその場に倒れた。


「え? カ……カロ? ねぇ、カロってば!?」


 スフィアはカロの体を揺すり呼び掛けるが、全く反応がない。良くみれば全身は焼きただれ、まるで火事から避難してきた人のようになっていた。


「大丈夫。死んではいない」


 そんなスフィアに鈴のように透き通った声が届いた。スフィアは無意識に顔を上げ、その人物を見た。


「あなたは……」


 そこにいたのは真っ白な少女。その少女はその場の喧騒に違和感を覚えるほど静かに立っていた。


「聖剣よ、鞘が欲す。汝のあるべき場所へ」


 少女が不思議と通る声でそう言うと、聖剣は光の粒子となり、少女の体に吸い込まれた。


「貴様、何者だ?」


 今まで事の成り行きを見守っていたネルがスフィアを庇うように前に出て、そして白い少女を睨みつけた。だが、白い少女は全く気にした様子はない。


「私の事より、まずはこの子の事が先。でしょ?」


 そう言って白い少女はカロを示す。


「そ……そうだよ、ネル。まずはカロをどうにかしないと」


 その場の険悪な空気を感じとったのか、スフィアがその空気を払拭するように言った。


「しかし……」


 しかし、ネルは困ったような声をだし、スフィアを見た。だが、スフィアは断固として譲らない。


「駄目。カロを運ぶのが先」


「その必要はない」


 今度は白い少女がスフィアの行動を遮った。


「私が、治す」


 そして続けてそう言った。


 スフィアやネルがその言葉の意味を理解する前に、白い少女はカロに近付いた。


 そして二人が見守る中、白い少女はカロの胸に触れた。するとそこから淡い光が広がり、それがカロを包み込む。そして、その光が消えると、カロのまぶたがぴくりと動いた。


「ん……」


 カロはゆっくりと目を開け、スフィア、ネル、白い少女の順に見た。


「カロ!」


 スフィアは座り、カロに抱き着いた。


「よかった! いきなり倒れるから驚いたんだよ!」


「ス……スフィア!?」


 カロはそんなスフィアの行動に驚いた。それと同時に恥ずかしさが込み上げてくる。


「スフィア…… あの……その……」


 かといって突き放すわけにもいかず、カロは狼狽しながら周りを見た。その瞳がぴたりと白い少女で止まる。


 カロはそっとスフィアを引き離すと、立ち上がり、白い少女と向き合った。


「君が助けてくれたんだね。ありがとう」


 カロはそう言って深々と頭を下げた。


「仕方ない。不本意とはいえ聖剣を抜き、私の主になったんだから、助けないわけにはいかない」


 しかし、白い少女はそれが当たり前だと言わんばかりにカロの言葉を突っぱねる。


「そっか。ありがとう」


 それでもカロは続けてお礼を言った。


「ねぇカロ、その子は?」


 当然気になったスフィアは白い少女についてカロに尋ねた。


「スフィア様、お時間がありません。詳しくは落ち着いてからにしてください」


 しかしそれをネルが遮り、何かを急かすように言った。


「ネル、どうしたの?」


 スフィアには事情がわからないのか、首を捻る。


「例の件、やはり内部に情報を流した者がいるようです」


「そっか、やっぱり……」


 ネルの報告にスフィアの表情が曇る。その表情には悲しさと寂しさが見てとれた。


「つきましては、右回りにシュール・ラプスにお向かいください」


「わかったわ。すぐに出る。でも、ネルはどうするの?」


「私は裏切り者が誰なのかを特定します。それまではくれぐれもお気をつけて」


「わかったわ」


 それで話は終わったのか、ネルは未だに混乱のおさまらない人込みの中へ消えていった。


 スフィアはそれを見届けると、カロの方を見た。


「ごめんね、話し込んじゃって」


「別に気にしてないよ。それより、スフィアは街を出るの?」


 カロは話を聞いていたのか、そう聞いた。


「うん。ちょっと不安だけど……」


 本当に不安なのか、スフィアは表情を曇らせた。


「なら一緒に行けるね」


「え?」


 しかし、カロの言葉にスフィアの不安は吹き飛んだ。


「カロも一緒に来てくれるの?」


「当然だよ。それに、僕は聖剣を抜いてしまった。その責任は果たさないといけないから」


「あ……」


 その一言で、スフィアは思い出してしまった。聖剣を抜いたということは、これから魔物達と戦わなくてはいけないということに。


「そっか……」


 それは過酷で残酷な使命。その事を思い、スフィアは悲しくなった。


「二人とも、出るなら早くしないと、あの騒ぎでこの街、封鎖される」


「「あっ!」」


 白い少女の急かすような声にスフィアとカロは今の状況を思い出した。


「行こう! スフィア!」


「うん!」


 カロはスフィアの手を握る。すると、スフィアは力強く頷いた。


「君も」


 カロは微笑み、白い少女の手を握る。


「仕方ない」


 白い少女は渋々といった様子で握り返す。そして、三人は走り出した。


 途中カロの家に立ち寄り、いつも使っている剣を掴み、急いで王都の出入口となる門へ向かった。


 門は先程の広場の魔物から逃げてきた人と、事態を知らず、今から入ろうとしている人達でごった返していた。


「どうしよう……」


 その様子を見て、スフィアは不安げに言った。とても出られるような状態には見えなかったからだ。


「スフィア、こっち」


 カロは少し周りを見渡すと、迷わずある方向に向かった。スフィアはわけがわからずその後に続く。


「エイデルさん!」


 カロは今誰かに指示を出していた人に声をかけた。


 呼ばれたことに気付いたのか、一人の男性がカロを見た。


「ん? カロか? ちょっと待ってろ」


 エイデルと呼ばれた男は指示を終え、カロの方を向いた。


「どうした? 手伝いか? 何故かは知らないが、大勢一斉に出ようとしてるから、その整理を手伝ってくれるなら非常に有り難いんだが…… ん? そちらの方々は?」


 エイデルと呼ばれた男はスフィアと白い少女を見て言った。


「あ、私はスフィア・ヴォルトです。よろしくお願いします」


「…………」


 スフィアは丁寧に答えたが、白い少女は無関心だった。そんな様子にエイデルは肩をすくめる。


「俺は一応この王都の自警団の団長をやらせてもらってるエイデル・ヴァンフェンブルグだ。名字は長いからエイデルでいいよ」


 そしてエイデルは、自己紹介した。


「エイデルさん、そんなに話している時間はないんです。お願いしますから、何も言わずに僕たちを王都から出してください」


 カロは本当に一秒でもおしいらしく、単刀直入にそう切り出した。


「おいおい、無茶を言うなよ。この状態を見れば無理だってわかるだろ?」


 エイデルは呆れた様子で言った。


 だが、カロは諦めるわけにはいかなかった。この期を逃し、国の騎士団が出てくれば、当分外に出れなくなるのは必至だからだ。


「わかってて承知で頼んでいます。お願いします!」


 だからカロは頭を下げた。


 エイデルは困ったように頬をかいた。


「……わかった。おまえらの身元保障は俺がしてやる。そうすればすぐに外に出られる」


 エイデルは諦めたようにそう言った。


「ありがとうございます!」


 カロはもう一度頭を下げる。


「ただし、条件がある」


 しかし、エイデルはそこで言葉を続けた。


「……なんですか?」


 ただで通れるとは思っていなかったのか、カロは少し間を置いて答えた。


「何故今なんだ? もう少し後じゃ駄目なのか?」


「それは許されない」


 そこで初めて今まで黙っていた白い少女は口を開いた。


「この者はまがりなりにも聖剣を抜いた。ならば、今はほんの一時さえも惜しい」


「な……!」


 エイデルは驚愕し、カロを見た。


「ごめん…… そういうことなんだ」


 カロは自分が言うことを取られたためか、ばつが悪そうに言った。


「マジ……なんだな?」


 エイデルの真剣な問いかけに、カロは真剣に頷いた。それを見て、エイデルは盛大な溜息をつく。


「わかった。そういう事情じゃ仕方がない。早く行け」


「え? 手続きは?」


「そんなものこっちでいくらでも作ってやる。だから早く行け。本当に時間がない」


 エイデルの目線をたどると、そこには既に王国騎士団の姿が確認できた。


「行こう!」


 カロは何かをふっ切るようにそう強く言うと、二人の手を取って走り出した。


 カロが門をくぐり、雑踏の中に見えなくなるまでエイデルは三人を見ていた。


(運命って残酷だな。まさかおまえが聖剣を抜くことになるなんて…… 本当に残酷だ……)


 エイデルは、一人心の中でそう呟く。あまよくば、カロの行き着く先が幸せであってほしいと願いながら。

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