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二人は今、クロス・ロードの交点にあたる、中央広場に来ていた。今からここで、姫君のお披露目があるからだ。
「さてと、もうすぐだよ」
カロは待ち遠しいのか、声は少し楽しそうだ。
「そう……だね」
対象的にスフィアは何故か落ち込み気味だ。
その時、一際大きな花火が上がった。まるで今からが祭の本番だと言わんばかりに。
そして鳴り響く楽器の音。
通りの奥にある城の橋が降り、そこを三台の馬車が通過していく。その馬車の中央のものに姫が乗っているはずだった。
「カロは……どうして姫を見たいの? やっぱり興味があるから? 珍しいもの見たさ?」
スフィアはどこか寂しそうに言った。そのスフィアの様子にカロは気付かず言う。
「ん? 何故かって? うーん、そうだな…… 難しい質問だね」
カロは適切な言葉が思い浮かばないのか、深く考え込んでしまった。
「興味とか、珍しいとかじゃないの?」
「興味……は近いかな。でも少し違う。う~ん……」
そんな風にカロが考え込んでいる間に馬車は広場に到着していた。一層花火は華やかさが増し、楽器もうるさいぐらいに掻き鳴らされる。
「あ、いよいよだ」
馬車は聖剣の前に一台、その左右に挟むように二台が止まった。その真ん中の馬車に姫が乗っているのだ。
グガァァァァァ――――!!
その時、辺りに獣の鳴き声が響き渡った。そして一瞬、辺りは闇に包まれる。そして、次の瞬間に中央の馬車が獣の爪によって破壊された。
「え……?」
「うそ……」
皆は目の前で何が起こったのか理解できなかったのか、呆然とその様子を眺めている。
グガァァァァァ――――!!
二度目の咆哮。その音で皆は正気に戻った。
「う……うわぁぁぁ!!」
皆が皆、我先にと広場から離れていく。広場は混乱と混沌に包まれた。
「あれは……マルコシアス!!」
スフィアはその姿を見て、名前を叫んだ。
『マルコシアス』
それは狼のような姿に背に羽を携えた魔獣だった。体長はゆうに五メートルを越え、その爪や牙は簡単に人を切り裂く。
「あ……あぁ……」
そんな中、カロは放心した状態で立ち尽くしていた。その顔は恐怖で引きつり、絶望を余すことなく表現していた。
「カロ! どうしたの!?」
「姫が…… 姫が…… そんな……」
カロにはスフィアの声が届いていないのか、茫然自失し、うわ言のように同じ言葉を繰り返した。
「カロ! どうしたの! カロ!」
スフィアは体を揺すり、必死に呼び掛ける。
「え? あ!」
その声でカロはやっと我に返った。
「スフィア! 逃げるよ!」
そしてすぐにスフィアの手をとり、走り出そうとした。しかし、抵抗を受けてカロは走り出せない。
「スフィア?」
「カロ、私達が逃げるわけにはいかないよ。まだみんな逃げきれていないもの」
スフィアは真剣にカロを見た。カロが周りを見渡すと、確かにその場は混乱し、皆が皆うまく逃げられていない。兵も駆け付けていないのか、マルコシアスは好き勝手に暴れていた。
「でも、それはスフィアのやることじゃ……」
「そうかもしれない。でも、戦う力があるのに、逃げるわけにはいかないの。ネル」
「はっ! ここに」
スフィアが虚空に声をかけると、突然人が現れた。その姿は黒い服で包まれ、性別さえわからない。しかし、声は確かに女性のものだった。
その現象にカロは言葉を失った。何が起こったのか、一瞬理解できなかったのだ。ただカロは、スフィアは普通の人じゃないと漠然と感じていた。
「私の剣を」
「はい。ここに」
ネルと呼ばれた女性は、スフィアの前に二本の剣を取り出した。片や太陽を模った黄金色の剣、片や月を模った銀色の剣だった。
(二刀流…… やっぱりスフィアは貴族なんだ)
この街の貴族が剣を習う時、それは必ず二刀流のものになる。それはこの国の建国者、レオパルディにちなんだものだ。だが、平民のものがそんな正式に訓練をつめるはずもなく、必然的に二刀流は貴族の証となったのだった。
「ネル、一般市民の避難が最優先です。援護してください」
「はい」
「ま……待ってよ! 僕も手伝う!」
それはカロとしてみれば至極当然な判断だった。スフィアが危険な目に合うのは見過ごせない。しかし、危険からスフィアは逃げようとしない。ならば自らも戦うというのは当然の流れだった。しかし、
「ダメだよ。カロは武器がないでしょ。私達に任せて、カロは避難して。ネル、行くよ」
スフィアの言葉を合図に、スフィアとネルは魔物の元へ向かった。
(助けたいのに、僕の剣は自宅に置いたままだし、今から取りに行ったんじゃ間に合わない。どうしたら……)
カロはスフィアの言われた通りにすることが出来るはずもなく、かといって無防備なままでいけばスフィアに迷惑をかけるのは目に見えていた。
(武器…… 何か武器になるものは……)
カロは混乱に包まれる広場を見渡した。すると、中央に突き刺された聖剣が目に入った。
(あれしかない!)
カロに迷いはなかった。昔触れることさえも出来なかったが、そんな事は今のカロにとってどうでもよかった。今はスフィアを助ける方が重要だったのだ。
カロは急いで聖剣の元へ向かう。そして、人ごみを抜け、聖剣の横に立った。
魔物の戦いの場所が近くなり、スフィアが戦っているのを見ることが出来る。スフィアはなんとか無事だが、ぎりぎりという印象が強かった。
(早くしないと!)
カロは過去の事などもう気にしていなかった。今力が目の前にある。ゆえに力を求めた。
(剣よ、力を……)
「僕に力を……」
カロは右手を聖剣に伸ばす。
しかし、
「くっ……!」
カロの手は突然発生した白い電撃によって弾かれた。
(やっぱり……無理なのか?)
カロはがっくりと膝を突いた。その落胆の想像はたやすいだろう。
「無理。貴方に聖剣は握れない」
その時、鈴のように透き通る声がカロには聞こえた。その声は、この喧騒の中でさえはっきりと聞こえる。
カロは声に導かれるように顔を上げる。そこにはいつの間にか白色の服を着た少女が立っていた。
そう、何もかも白。
肌も白く透き通り、腰まである髪も白。服も白い。時折白が淡く青色に見えるのは光の作用だろうか。まるでこの世の存在でないかのように、少女は悲しげにそこに立っていた。
「君は……」
カロは尋ねるというより、思い出すように言った。
「わかっているよね? 貴方では無理なのだと」
「…………」
そんな事は言われるまでもなかった。カロにだってわかっている。絶対に聖剣は自分を認めないだろうと。
「きゃっ!!」
その時、カロの耳に届く短い悲鳴。その声は聞き間違いようのないものだった。
「スフィア!」
カロが慌てて見れば、スフィアはマルコシアスに吹き飛ばされたのか、倒れている。どうやら力を受け流せず、動けなくなってしまったようだ。ネルがなんとか守ってはいるが、長くはもちそうになかった。
(姫に続いて僕はスフィアも失うのか? 嫌だ……失っちゃいけないんだ。もう何も失っちゃいけないんだ!)
「頼む聖剣…… 今だけでいい。今一時だけでいい。僕に……力を貸して」
カロは改めて聖剣の前に立つ。頼みの綱。スフィアを助ける方法はこれしかないのだ。
白い少女はそんなカロを悲しそうな瞳で見ている。
「聖剣、君の主義には反するかもしれないけど、僕には必要なんだ」
そんなカロの言葉に白い少女は何も答えず、ただただ悲しい瞳でカロを見つめている。
(お願い…… 力を……)
カロは一心に祈りながら、聖剣へと手を伸ばした。