29.心からの友人へ
「私は、殿下の部屋付きのメイドでした」
マレールをミアに返し、私たちはベンチに座った。
「殿下が毎年デビュタントの時期に、ご令嬢を部屋に連れ込むのは有名な話でした」
前にも聞いた話を、ミアがぽつりと話し出す。
「でも去年、殿下は国王陛下から厳しいお叱りを受け、謹慎になりました」
「それ、本当だったんだ」
陛下から謝罪はあったものの、私は日々神殿で浄化を行う身。ヘンリー殿下の謹慎を確かめる術もなかった。
私は改めて、国王陛下が私に誠実に対応してくださっていたことに感謝した。
「その間、出入りするメイドの人数も限られていました。私は殿下のお世話係として、他のメイドと交代しながら通っていました。……最初、口も開かなかった殿下は、私にその心内を話してくださるようになりました」
ヘンリー殿下はその美貌もあるが、女性を篭絡するのが上手いらしい、というのは何となくわかっていた。
「話をするうちに、殿下は悪女と無理やり婚約をさせられ、それでも彼女を愛そうと努力なさっている方なのだと知りました」
「うん?」
誰の話をしているのだろうか? 目を点にする私にミアが続ける。
「そんな殿下の愛が彼女に届くことはなく、その寂しさを他の女性で埋めていらっしゃると」
「うん??」
もう突っ込みたくなってきたが、私は我慢してミアの話の続きを聞く。
「こんなことは違うと苦悩されながらも、自分は弱いからと殿下は涙を流されておりました」
「…………」
さすがに絶句して、言葉が出なくなった。どうやらヘンリー殿下はオーウェンも顔負けの役者だったようだ。
「そんな殿下に同情し、愛情に変わっていくのはすぐでした。殿下も、やっと真実の愛を見つけたと愛を囁いてくださいました。それから、私は部屋に伺うたび、殿下と身体を重ねるようになりました」
「ぶっ……ごほごほっ……!」
心を落ち着かせようとミアが持ってきてくれた紅茶を口に運んでいた私は、思わず噴き出した。
殿下が何人も令嬢を連れ込んでいたのは知っている。
(で、でも……生々しすぎる!!)
口元をハンカチで拭う私の横で、ミアは淡々と続けた。
「殿下の謹慎が明ける頃、私はメイドをクビになりました。わけがわかりませんでした。確かに殿下と想いが通じ合い、愛し合っていたと思ったのに。私は殿下と話せる機会を待つため、城下町のパン屋で働いて過ごしました。そのうち、殿下の子を身ごもっているのがわかって……誰にも言えずにお腹だけが大きくなっていって……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。バカお……ヘンリー殿下はどんなに遊ぼうと、避妊だけはちゃんとしていたはずよね?」
想像よりも壮絶なミアの話に、一旦気になったことを聞く。
「……これは後でわかったことなんですが、殿下は入れ替わりのメイド何人かと関係をもっていたようなんです。その誰とも避妊をしていなかった。メイドなら容易に口封じができるからと」
「……やっぱりクズね」
ミアの話に辟易とした。
やはり彼は反省なんてしない。
「それ、何でわかったの?」
「ヘンリー殿下とハンナ様に聞いたからです」
「ハンナ!?」
バカ王子の運命の人(ウン人目)だ。
「私は偶然、街でヘンリー殿下を見かけました。慌てて追いかけると、隣にはハンナ様がいました。そのとき、初めて私のことは遊びだったのだと悟りました。殿下はハンナ様のために、関係のあったメイドを全員クビにしたと言いました。でも、私のお腹を見たハンナ様が、殿下に私を処分するよう言ったんです。命の危険を感じた私は、必死に逃げました。あとはあなたの知る通りです」
私が婚約破棄を受ける少し前に、ミアはそんな目にあっていたらしい。
「殿下の言うことを真に受け、婚約者のあなたを悪者にして、私は不貞を働きました! 申し訳ございませんでした!」
考え事をしているうちに、ミアがまた土下座をしていた。
「ミア、頭を上げて。私たち、出会えて本当に良かった。だって、ミアの命を助けられたんだもの」
「アデリーナ様……?」
顔を上げさせると、ミアは瞳に涙を溜めていた。
「もう、リーナって呼んでって言ったでしょ」
「でも……私は……。……罰を与えてください。マレール、この子に罪はありません。どうか、私にだけ罰を……」
震えるミアの横で、ベンチに寝かされたマレールが泣き声を上げた。
「じゃあ、笑って」
「は?」
ミアが目を点にして私を見つめた。
「私、ミアが笑っているところ、あんまり見たことないもの。それに、あなたが泣くからマレールも泣いてる」
あふれた涙を溢すミアに、私はマレールを抱いて手渡した。
「許して……くれるのですかっ……」
「許すも何も、私もあなたもあのバカ王子の被害者でしょ」
マレールをぎゅっと抱きしめ、泣きじゃくるミアの頭をそっと撫でた。
「バカ王子って……言葉遣いが悪いですよ……」
「それ……いつも私がオーウェンに言ってたやつだわ」
ずび、と鼻をすすりながらミアが言うので、私はおかしくなって笑った。
ミアも口元を緩めたが、私の顔を見て少し躊躇した後、私の胸に顔をうずめて泣いた。
「あんなでも、ミアは本気で好きだったんだもんね?」
「今はクズだってことわかっていますから」
慰めるように言えば、ミアから辛辣な言葉が出て私はまた笑ってしまった。
「私とオーウェンがミアたちを守るから」
「……ありがとうございます……」
ミアの背中を撫でて言えば、涙で声を震わせながらミアがお礼を言った。
「あ、でも1個だけ!」
「な、何ですか?」
がばっとミアを起こし、真剣な表情で見つめた私に、ミアが息を飲む。
「マレールはバカ王子に似ないように、ちゃんと良い子に育てようね!」
私は至って真剣に言った。ミアの子だから、良い子に育つに決まっている。でも、バカ王子譲りのオパールグリーンの瞳を持つマレールは、きっと見目麗しく育つに違いない。女の子を泣かせるような大人にはなって欲しくない。
そんな気持ちでミアに力強く言った。ミアはぽかんとしたかと思うと、急に笑い出した。
「ふふ……はははは、何ですか、それ!」
「……そんな笑うこと?」
ミアが笑ってくれたのは嬉しい。
(でも、笑いすぎじゃない?)
頬を膨らませる私にミアが言った。
「あなたの未来には、私とマレールが当たり前にいるのですね」
「え? そんなの当たり前――」
言い切る前に、ミアがマレールごと私の胸に飛び込んで来た。
「ありがとうございます、リーナ」
私は気味悪いと蔑まれ、誰からも見向きされなかった。友人さえいなかった。
このとき初めて、私はミアと本当の友人になれた気がした。




